第26話:一閃、空(くう)を斬る
「……もう、逃がさない」
あかりの脳内には、ハミングバードが奏でる高周波の反響によって、インビジブルの無様な姿が克明に描かれていた。
沙也加の弾丸で左の機動脚を砕かれた敵は、透明な体を引き摺りながら、ルナの神経叢へと逃げ込もうとしている。そこを破壊されれば、患者のピアニストとしての生命は終わる。
「沙也加さん、追い込んで!」
「任せなさい……。逃げ道は、ここだけよ!」
沙也加が放った牽制の三連射が、敵の退路を正確に断つ。インビジブルはたまらず反転し、唯一の障害であるあかりへと、残された巨大な鎌を振り下ろした。
「あかりちゃん、危ない!」
美穂の叫びが響く。だが、あかりの心は驚くほど静かだった。
氷室礼との訓練で味わった、あの圧倒的な敗北感。
あの時、礼の剣が「静」であったなら、今の自分の剣は「動」の極致。
空間のすべてを震わせ、敵の存在を「音」として完全に掌握する――。
「……ハミングバード、最終振動形態」
あかりは突進してくる見えない死神に対し、あえて剣を構え直さず、真っ向から飛び込んだ。
目の前に迫る、透明な鎌の風圧。
しかし、あかりのソナーは、その鎌の根元、装甲が最も薄い「核」の振動を捉えていた。
「そこだっ!!」
あかりの剣が、空間を切り裂く。
ただの斬撃ではない。超高速回転の振動を一点に集約させた、高周波の錐だ。
ガギィィィィィィィン!!
虚空で激しい火花が散り、強固な光学迷彩の装甲が、ガラスが割れるような音を立てて砕け散った。
「……捉えた。チェックメイトだ」
凪の低い声が、勝利を宣言するように重なった。
あかりのハミングバードが、インビジブルの胸部に深く突き刺さる。
そこから流し込まれた超高周波の振動が、バルスの体内細胞を内側から破壊していく。
敵の光学迷彩が完全に剥がれ落ち、その醜悪な、けれどどこか脆い本体が白日の下に晒された。
「ギ、ギギ……ガアアアアアッ!」
インビジブルの断末魔が、ルナの体内世界を震わせる。
あかりは全身の力を込め、そのまま剣を振り抜いた。
「はああああああっ!」
一閃。
透明だった「死神」は、まばゆい光の粒子となって霧散し、ルナの腕から消え去っていった。
「ターゲット、完全消滅を確認。……オペ、終了です」
結衣の安堵に満ちた報告が、静かになった作戦室に流れる。
あかりは膝をつき、大きく肩で息をした。手元のハミングバードは、過負荷でオレンジ色に熱を帯びている。
「……やった、わね。あかりちゃん」
美穂が駆け寄り、あかりの体を支える。
「ええ……。みなさんのおかげです」
モニター越しに、凪が気怠げに椅子に背もたれを預けるのが見えた。
「……やれやれ。俺の設計した処方箋を、ここまで力技で使いこなすとはな。合格点だ、お前たち」
そう言う凪の顔には、昨日公園で見た時のような、わずかな、けれど確かな充足感が浮かんでいた。
オペレーションルームに、再び平穏な静寂が戻ってきた。




