第25話:ハミング・ソナー
「美穂さん、下がってください。……ここからは、私が『盾』になります」
あかりの静かな、けれど芯の通った声に、肩を負傷した美穂が目を見開いた。
「あかりちゃん……? でも、敵は見えないままなのよ」
「いいえ、見えます。……いえ、『聴こえる』んです」
あかりはハミングバードを正眼に構え、深く息を吸い込んだ。脳裏にあるのは、氷室礼のあの言葉。
「あなたの熱情は、暗闇では自分を焼くノイズでしかない」
(……だったら、そのノイズを世界中に響かせてやる!)
「先生! リミッターを解除します。ハミングバード、超高周波モード……最大出力!!」
「フッ、言ってくれる。……システム、強制オーバーライド。焼け付いても知らんぞ、あかり!」
凪の指先がコンソールを叩き、あかりの剣に膨大なエネルギーが注ぎ込まれた。
次の瞬間、ハミングバードはこれまで聞いたこともないような、鼓膜を突き刺す高音を上げ始めた。
キィィィィィィィィン!!
超高速回転する刃が、ルナの体内空間そのものを激しく振動させる。
それはもはや「剣」ではなかった。空間全体に音の波を放射する、巨大な「ソナー(探信儀)」だ。
「……っ、何これ!?」
結衣のモニターに、異常なまでの波形データが流れ込む。
「あかりちゃんの剣から出た超音波が、血管の壁や組織に反射して……体内の精密な3Dマップを再構築してる!?」
あかりの意識の中で、世界が変貌した。
光を透過させるインビジブルの体も、質量がある以上、音の波を跳ね返す。
漆黒の闇の中に、音の反響によって形作られた「空白の影」が、不気味に浮かび上がる。
「見つけた……!」
インビジブルが戸惑うように身を捩った。自分の「透明」という絶対の優位性が、目の前の少女の放つ「騒音」によって剥ぎ取られていくのを感じたのかもしれない。
「沙也加さん! 10時方向、距離30! 敵は左側の鎌を振り上げてます!」
「……見えたわ、あかりさんっ!」
暗闇の中で、沙也加のジャッジメントが唸りを上げた。
あかりが「音」で指し示した座標。そこへ向かって、沙也加の精密な弾丸が虚空を切り裂く。
「ギィィィィッ!?」
何もない空間から、断末魔のような高周波の叫びが響いた。
沙也加の弾丸が、インビジブルの関節部分に命中したのだ。
「逃がさない……!」
美穂が負傷した腕を抑えながら、再び盾を構える。
「結衣ちゃん、敵の機動低下を確認して!」
「了解! 敵、ダメージにより光学迷彩にバグ発生! 座標確定、逃走経路……予測完了よ!」
オペレーションルームで結衣の指が躍る。凪の計算と、三人の感覚が、今や一本の細い糸のように完全にリンクしていた。
「……あかり、今の感覚を忘れるな」
凪の声が、確信を持って響く。
「氷室の『静』がお前に教えたのは、お前自身の『動』を制御するための鏡だ。……叩き込め、そのハミングを!」
「はいっ!!」
あかりはソナーが描き出す「敵の核」を見据え、一歩大きく踏み出した。
もはや視覚などいらない。世界を震わせる自分の鼓動と、仲間の声が、勝利への道をハッキリと照らしていた。




