第21話:絶対零度の鏡
「……合同訓練、ですか?」
微細医療局内の第13班オペレーションルーム。
凪が発した突飛な提案に、あかりは耳を疑った。
相手はあの氷室礼率いる第1班。病院の最高戦力であり、あかりたち第13班にとっては雲の上の存在だ。
「インビジブルの捕捉法には目星がついた。だが、見えたところで斬れなきゃ意味がない」
凪はモニターに複雑な波動グラフを映し出し、羊羹を一口齧る。
「奴の移動速度は、既存のバルスの三倍。視覚が戻った瞬間、反射速度の差で首を飛ばされるのがオチだ。だから、最強の『静』を持つ第1班の動きを、その身に叩き込め」
翌日。微細医療局フロアにあるシミュレーションルームには、第13班の面々と、それを見下ろすように立つ氷室礼の姿があった。
「凪先生から話は聞いているわ。……正直、時間の無駄だと思うけれど」
礼の言葉は冷たく、鋭い。彼女の周囲だけ温度が数度下がったかのような錯覚を覚える。
「あなたの『熱情』は、暗闇では自分を焼くノイズでしかない。それを証明してあげる」
訓練内容は、全センサーをオフにした「完全暗転」状態での一対一。
「開始!」
凪の合図とともに、あかりの視界は漆黒に染まった。
その直後、空気を切り裂く鋭い音が響く。
「しまっ……!」
あかりがハミングバードを振り上げた瞬間、衝撃が走った。礼の模擬刀が、あかりの喉元でピタリと止まっている。一度も触れることすらできず、完敗だった。
「……遅い。あなたは音を探そうとしている。それでは間に合わない」
礼の気配は、暗闇の中で霧のように掴みどころがない。
「氷室さんは……どうやって『視て』いるんですか?」
あかりが息を切らしながら問うと、闇の中から静かな声が返ってきた。
「視てなどいない。世界の揺らぎを、ただ『受け入れている』だけよ」
その後も、あかりは何度も地に伏した。礼の動きは一切の無駄がなく、まるで凪が直接操っているかのような、精密機械じみた「静寂の剣」だった。
(ダメだ……今の私じゃ、氷室さんに追いつけない。でも……)
あかりは、凪が言った「ノイズ」という言葉を反芻する。
礼が「静寂」を極めて周囲と同化するのなら、自分はその逆――圧倒的な「動」で、世界を震わせればいいのではないか?
「……先生、ハミングバードの回転数を、共鳴限界まで上げます!」
「ほう。焼けても知らんぞ」
凪の不敵な笑い声が通信機越しに響く。
あかりが剣を構え、出力を最大に引き上げると、超高速回転する刃がキィィィィンと高周波の絶叫を上げた。その振動波が壁に反射し、あかりの脳内に「音による立体図」を映し出し始める。
「これだ……ハミング・ソナー!」
暗闇の中、霧のように潜んでいた礼の輪郭が、超音波の反響によってクッキリと浮かび上がった。
「――そこっ!」
あかりの一撃が、初めて礼の模擬刀を弾き飛ばした。シミュレーションルームに、火花が散る。
「……計算外の動きね」
照明が戻った訓練室。礼は床に落ちた模擬刀を見つめ、それからあかりを見た。
その瞳には、以前のような無関心ではなく、未知の数式に出会った学者のような、僅かな興味が宿っていた。
「合格だ」
モニター越しに、凪が気怠げに、けれど満足げに告げる。
「あかり、お前のノイズが『目』になった。次は、その目でインビジブルの心臓を射抜く番だ」
あかりは痺れる手を見つめ、確信した。
最強の背中はまだ遠い。けれど、自分たちにしか描けない「旋律」が、確かにここにあるのだと。




