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ミクロダイブ・エマージェンシー~第13微細医療班の処方箋~  作者: 白黒鯛
第3章 深淵の眼差し

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第20話 敗北の喧騒と静寂

港区のベイエリアにある、要塞のごとき外観を持つ国立バルス研究センター。

その大会議室には、日本の対バルス戦略を担う官学の代表たちと、研究センター附属病院を初めとする全国の微細医療指定病院の代表たちが一堂に会していた。


重苦しい空気の中、正面のホログラムスクリーンには第2班が壊滅した際のリプレイデータが繰り返し流されている。


「現状のセンサー技術、および既存の索敵アルゴリズムでは、この新型――『インビジブル』を捕捉することは不可能です」


壇上に立つのは、附属病院第1微細医療班のオペレーターであり「最強」の呼び声高い氷室礼だった。

最前線に立つオペレーターの筆頭格として意見をもとめられた彼女は冷徹なまでの態度で、データを指し示す。


「視覚、赤外線、生体波動。そのすべてを無効化する特性を持っています。現段階での強行出撃は、オペレーターの精神汚染ノイズを招くだけでなく、さらなるバルバルスデッドを量産する結果に繋がるでしょう。……結論を申し上げます。現状、我々にインビジブルを打倒する術はありません」


その断言に、会場は騒然となった。

第13班から欠席している凪の代わりに出席していた沙也加は、座席の肘掛けを強く握りしめた。

あの「絶対零度」の氷室礼が、戦う前から敗北を認めるような発言をするなど、想像もしていなかったからだ。


「ところで……凪宗一郎はどうした! この緊急事態に、なぜ専門医の一人が出席していない!インビジブルの存在は彼が特定したのだろう」


中央に座る政府高官が、苛立ちを隠さず机を叩いた。


「相変わらずの不遜な男だ」「あのような社会性のない人間に、現場を任せておいていいのか」と、周囲からも非難の声が次々と上がる。


(単に八つ当たりじゃない……)


沙也加は唇を噛んだ。凪を非難する人々の顔を見れば、不安、恐怖を凪に転嫁しているのはすぐにわかる。

沙也加は反論しようと身を乗り出した。だが、それよりも早く礼の静かな声が響いた。


「……凪宗一郎は、この会議で解決策が見つかるとは最初から考えていないのでしょう」


礼の視線が、一瞬だけ沙也加に向けられた。そこには、周囲の凡庸な官僚たちへの蔑みと、不在の男に対する奇妙な信頼が混在していた。


「既に計算を始めているはずです。今はただ待ちましょう」


(そうよ……先生が、ただサボっているわけがない)


沙也加は深く息を吐き、背筋を伸ばした。


「時間の無駄だからお前が代わりに出ろ。俺は行くところがある」


そういい残して姿を消した凪宗一郎は、言葉で安心させる男ではない。結果ですべてを黙らせる男なのだ。


その頃、国立バルス研究センターの地下にある一角。

かつて凪が在籍していた当時のまま放置されている、埃を被った個人研究室。

そこには、会議の喧騒など届かない静寂があった。


「……あー、うるさい。うえの奴らの声が、地盤を伝ってここまで響いてくるようだ」


凪は、暗い部屋の中で十数枚のモニターに囲まれ、凄まじい速度でキーボードを叩いていた。机の上には、すでに数本分の羊羹の空き殻が散乱している。

彼の瞳は、もはやモニターの文字を「見て」はいなかった。膨大な数式と、微細世界の力学、そしてバルスの進化パターン。それらを脳内の仮想空間で衝突させ、数億通りのシミュレーションをミリ秒単位で繰り返しているのだ。


「目がダメなら、別の場所で見ればいい……。だが、通常のソナーじゃ解像度が足りない。ハミングバードの回転数、振動波形、それを空間共鳴させるための媒介……」


凪の指が止まる。

一瞬の静寂の後、彼の口角が不敵に吊り上がった。


「……見えた。これなら『見える』ぞ、お前たち」


彼が導き出したのは、既存の微細医療の常識を覆す、あまりにも無謀で、けれど唯一の「処方箋」だった

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