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ミクロダイブ・エマージェンシー~第13微細医療班の処方箋~  作者: 白黒鯛
第3章 深淵の眼差し

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第19話:亡霊の牙

朝日が差し込む寮の一室。

昨日の「強制リフレッシュ休暇」の余韻が、あかりの心にはまだ温かく残っていた。


「よし、今日も頑張ろう!」


鏡の前で制服の襟を整え、あかりは自分に気合を入れる。

パンケーキの甘い記憶と、公園で見かけた凪の穏やかな横顔。それらは、過酷なミクロの世界で戦い続けるための、何よりの糧になっていた。

しかし、その平穏は、枕元で鳴り響いた端末の「緊急アラート」によって無残に引き裂かれた。


「えっ……第2班が、オペ失敗……?」


画面に躍る文字を、あかりは何度も見返した。

第2微細医療班。

第1班の氷室礼たちに次ぐ実力派として知られるベテラン揃い。その彼女たちが、オペに失敗して患者を「バルバルスデッド」化させたという。


あかりが急いで病院の地下四階、微細医療局へ降りると、フロアは騒然としていた。

第2班のオペレーションルームは閉鎖されていて、その入口を屈強な警備員が守っている。彼らはバルバルスデッド対応要員でもあり、法律により銃器での武装を認められていて、腰に拳銃を下げている。

本物の銃で武装した警備員を初めて目にして緊張するあかり。その横を通り抜けて駆け込んだ第13班のオペレーションルームは、かつてないほどの重苦しい沈黙に包まれていた。


モニターには、異形と化して殺処分された元患者の無惨な姿と、機能を停止して転がる第2班のオペレーターたちの生体情報が映し出されている。


「……信じられない。あの第2班が、手も足も出ないなんて」


先に到着していた沙也加が、青ざめた顔でモニターを見つめていた。美穂と結衣も、言葉を失っている。


第2オペレーションルームの隅では、第2班の担当医が、血の気の引いた顔で床に崩れ落ちていた。


「わからない……何が起きたのか、さっぱりわからないんだ……!」


第2班を任されるだけあって優秀な微細医療専門医である彼は、呆然自失となって震える声でうわ言のように繰り返す。


「バイタルは安定していた。侵食率も許容範囲内だった。なのに、突然……何もない空間から、目に見えない『刃』が飛んできた。一瞬で、第2班のリンクが切断されたんだ。まるで、透明な亡霊に襲われたみたいに……」


「――『亡霊』なわけがあるか。医学にオカルトを持ち込むな」


冷徹な声が、オペレーションルームの空気を切り裂いた。

いつものようにベッドに腰掛け、羊羹の包みを剥いている凪だ。

しかし、その瞳には昨日公園で見せた穏やかさは微塵もなく、獲物を狙う猛禽のような鋭さが宿っていた。


「先生、原因がわかったんですか?」


あかりの問いに、凪は手元のタブレットを放り投げた。そこには、ノイズだらけの戦闘記録を高度に解析した画像が映し出されている。


「第2班の記録から抽出した、たった3フレームの異常値だ。……見ろ。血飛沫が宙に舞った瞬間、そこに『本来あるはずのない屈折』が生じている」


画面を拡大すると、虚空にうっすらと、獣のような、あるいは虫のような、禍々しい輪郭が浮かび上がっていた。


「光学迷彩。それも、生体組織レベルで光を完全に透過・屈折させる、進化したバルスだ」


「見えない……敵?」


美穂が小さく息を呑む。

バルスとの戦いは、常に視覚情報が生命線だ。それが見えないということは、死神に背後から首を撫でられるのを待つに等しい。


「奴の名は仮に『インビジブル』とでもしよう。第2班を全滅させた、見えない暗殺者だ」


凪は残りの羊羹を口に放り込み、無表情に告げた。


「第2班は事実上の活動休止。患者の命を奪い、精鋭を食らったそいつは、今も体内の深淵で次の獲物を待っている。……次は、俺たちの番かもしれん」


あかりは、震える手を強く握りしめた。

短い臨時休暇で感じた陽光が、遠い過去のことのように感じられた。

微細医療局に、真の絶望が忍び寄ろうとしていた。

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