表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

第1話:桜色の宣誓、深淵へのエレベーター

四月一日。

国立バルス研究センター附属病院を囲む桜並木は、今日という日を祝うように満開の花弁を散らしていた。


講堂で行われている入職式。真新しい紺色のスーツに身を包んだ二十人ほどの新入職員の中で、天宮あかりは背筋を伸ばし、膝の上で拳をぎゅっと握りしめていた。

「……本日より、諸君は人類を守る砦の一員となる」

院長の訓示が、天井の高い講堂に厳かに響く。

周囲に座る同期たちの顔ぶれは、研修医、看護師、医療技術者や事務職員として採用された者ばかり。皆、誇りと不安の入り混じった表情で前を見つめている。

だが、その中で「オペレーター」としてこの場にいるのは、あかりただ一人だった。

三月、国立オペレーター訓練学校を卒業した同期生は、わずか十二名。

同調因子シンクロ・ファクター」という、選ばれた女性にしか備わらない特殊な適性。そして三年にわたる過酷な訓練に耐え抜いた彼女たちは、まさに「希少種の戦士」として日本各地の微細医療指定病院へと分散配属されていった。

その中でも、バルス対策の中枢であり、世界最先端の症例が集まるこの「国立バルス研究センター」へ配属されたのは、あかり一人だけだ。

(……私に、務まるのかな)

ふと、訓練学校の卒業式で来賓の氷室礼が見せた、あの氷のように澄んだ眼差しを思い出す。

第1微細医療班のエース、氷室礼。オペレーターを目指す者にとっての生ける伝説。彼女がいるこの場所に配属されたということは、それだけで「期待」という名の巨大な重圧を背負うことを意味していた。


式の終了後、同期たちがそれぞれの配属部署へと案内され、賑やかに講堂を去っていく。

「天宮あかりさんですね。こちらへ」

事務的で冷徹な響きを持つ声に呼ばれ、あかりは一人、他の同期とは違う方向へ歩き出した。

案内役の人事職員は、病院の案内図にも載っていない、厳重なセキュリティゲートの先へと彼女を導く。

「あの……他の皆さんは上(一般病棟)へ行きましたけど」

「貴女の職場は上ではありません。より『現場』に近い場所です」

職員が差し出したカードキーにより、重厚な金属製の扉が開く。そこにあったのは、一台の専用エレベーターだった。

ボタンは一つしかない。

【地下4階:微細医療局】

エレベーターに乗り込むと、職員は同乗せず、外から一礼した。

「幸運を、オペレーター。今の平和な景色を、よく覚えておくことです」

重い電子音と共に扉が閉まった。

ガタン、と腹の底に響く振動と共に、エレベーターが下降を始める。

鏡のようなステンレスの壁に映る自分は、まだどこにでもいる十八歳の少女に見えた。だが、腰のベルトには国家資格保持者の証であるIDデバイスが鈍く光っている。

地下1階、2階……。

一階降りるごとに、地上の春の陽光が、桜の香りが、遠い前世の記憶のように薄れていく。

代わりに、冷たい殺菌臭と、電子機器が発する微かな重低音が、足元から這い上がってきた。

(……やるんだ、あかり。私は、命を救うためにここに来たんだから)

あかりは大きく息を吸い、肺を冷たい空気で満たした。

地下4階。

到着を告げる無機質なチャイムが鳴り、ゆっくりと扉が開く。

その先に待っているのが、白衣の天使たちが微笑む清潔な医局などではないことを、彼女はまだ知らない。


そこは、人体の小宇宙を戦場に変える者たちが集う最前線だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ