第1話:桜色の宣誓、深淵へのエレベーター
四月一日。
国立バルス研究センター附属病院を囲む桜並木は、今日という日を祝うように満開の花弁を散らしていた。
講堂で行われている入職式。真新しい紺色のスーツに身を包んだ二十人ほどの新入職員の中で、天宮あかりは背筋を伸ばし、膝の上で拳をぎゅっと握りしめていた。
「……本日より、諸君は人類を守る砦の一員となる」
院長の訓示が、天井の高い講堂に厳かに響く。
周囲に座る同期たちの顔ぶれは、研修医、看護師、医療技術者や事務職員として採用された者ばかり。皆、誇りと不安の入り混じった表情で前を見つめている。
だが、その中で「オペレーター」としてこの場にいるのは、あかりただ一人だった。
三月、国立オペレーター訓練学校を卒業した同期生は、わずか十二名。
「同調因子」という、選ばれた女性にしか備わらない特殊な適性。そして三年にわたる過酷な訓練に耐え抜いた彼女たちは、まさに「希少種の戦士」として日本各地の微細医療指定病院へと分散配属されていった。
その中でも、バルス対策の中枢であり、世界最先端の症例が集まるこの「国立バルス研究センター」へ配属されたのは、あかり一人だけだ。
(……私に、務まるのかな)
ふと、訓練学校の卒業式で来賓の氷室礼が見せた、あの氷のように澄んだ眼差しを思い出す。
第1微細医療班のエース、氷室礼。オペレーターを目指す者にとっての生ける伝説。彼女がいるこの場所に配属されたということは、それだけで「期待」という名の巨大な重圧を背負うことを意味していた。
式の終了後、同期たちがそれぞれの配属部署へと案内され、賑やかに講堂を去っていく。
「天宮あかりさんですね。こちらへ」
事務的で冷徹な響きを持つ声に呼ばれ、あかりは一人、他の同期とは違う方向へ歩き出した。
案内役の人事職員は、病院の案内図にも載っていない、厳重なセキュリティゲートの先へと彼女を導く。
「あの……他の皆さんは上(一般病棟)へ行きましたけど」
「貴女の職場は上ではありません。より『現場』に近い場所です」
職員が差し出したカードキーにより、重厚な金属製の扉が開く。そこにあったのは、一台の専用エレベーターだった。
ボタンは一つしかない。
【地下4階:微細医療局】
エレベーターに乗り込むと、職員は同乗せず、外から一礼した。
「幸運を、オペレーター。今の平和な景色を、よく覚えておくことです」
重い電子音と共に扉が閉まった。
ガタン、と腹の底に響く振動と共に、エレベーターが下降を始める。
鏡のようなステンレスの壁に映る自分は、まだどこにでもいる十八歳の少女に見えた。だが、腰のベルトには国家資格保持者の証であるIDデバイスが鈍く光っている。
地下1階、2階……。
一階降りるごとに、地上の春の陽光が、桜の香りが、遠い前世の記憶のように薄れていく。
代わりに、冷たい殺菌臭と、電子機器が発する微かな重低音が、足元から這い上がってきた。
(……やるんだ、あかり。私は、命を救うためにここに来たんだから)
あかりは大きく息を吸い、肺を冷たい空気で満たした。
地下4階。
到着を告げる無機質なチャイムが鳴り、ゆっくりと扉が開く。
その先に待っているのが、白衣の天使たちが微笑む清潔な医局などではないことを、彼女はまだ知らない。
そこは、人体の小宇宙を戦場に変える者たちが集う最前線だった。




