第18話:戦士たちの休息
「――というわけで、明日は全班員に『強制リフレッシュ休暇』が発令されました!」
沙也加の明るい宣言が、朝のオペレーションルームに響いた。
連日の激闘、特に前日の美穂の親友救出劇という大きな山場を越えた第13班。
上層部も、彼女たちの神経が焼き切れる前に休ませるべきだと判断したらしい。
「あかりちゃん、そういえば私たち、まだちゃんとした歓迎会をしてあげてなかったわよね?」
美穂が、いつもの穏やかな微笑みを取り戻して言った。昨日の「最恐の盾」の片鱗はどこへやら、今の彼女は春の陽だまりのようなお姉さんだ。
「えっ、あ、そんな! 気にしないでください!」
「ダメよ! せっかくだからパーッとやりましょう!」
結衣が意気揚々とスマホを取り出し、話題のカフェの予約画面をあかりに見せた。
「先生はどうするんですか?」
沙也加が、定位置のベッドでミノムシのように丸まっている凪に視線を向けると、白衣の中からくぐもった声が返ってきた。
「……面倒くさい。パスだ。俺は重力と日光のない場所で死んだように眠る。……うるさいからこれ持って今日はさっさと帰れ」
そう言って凪が放り投げたのは、まとまった金額の入った封筒だった。
「相変わらずねぇ……。じゃあ先生、お言葉に甘えて、私たちは休暇を満喫してきます!」
沙也加が苦笑しながら、あかりの背中を押した。
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翌日。四人が向かったのは、病院から少し離れた場所にある、SNSで話題のオープンカフェだった。
地下四階の殺菌臭と電子音の世界から一転。そこには、桜の残り香と、焼き立てのスコーンの匂い、そして平和な笑い声が満ちていた。
「おいしーいっ! 人気のパンケーキって、こんなに幸せな味がするんですね……!」
あかりは、山盛りのフルーツが乗ったパンケーキを頬張り、目を輝かせた。訓練学校時代の質素な食事や、凪から渡される「燃料」としての羊羹とは、あまりにも対照的な味だった。
「ふふ、あかりちゃん、口の横にクリームがついてるわよ」
美穂がそう言ってペーパーナプキンを差し出した。
「でも……昨日の今日で、こうして奈緒の無事を聞きながらお茶ができるなんて……。本当に、オペレーターになって良かった」
美穂の言葉に、沙也加と結衣も深く頷いた。
それから話題は、あかりの失敗談、沙也加とエリカの訓練学校時代の珍事件、そして「凪先生のプライベート」という永遠の謎まで。
ミクロの戦士である彼女たちも、この時ばかりは普通の、年相応の女性たちに戻っていた。
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「あー、食べた食べた! 心のシンクロ率が120%くらいになった気がするわ!」
結衣が伸びをしながら、夕暮れ時の街を歩く。
病院へ戻る近道として、四人は大きな公園の中を通り抜けることにした。
オレンジ色の夕陽が並木道を染め、家路を急ぐ子供たちの声が遠くで響いている。
「……あら? あのベンチ、見覚えのある後背位が……」
沙也加が足を止め、指を差した。
並木道の隅、ひっそりと佇む古い木製のベンチ。
そこに、クシャクシャの頭を晒し、白衣を脱ぎ捨てて黒いシャツ姿になった凪宗一郎が座っていた。
「凪先生……?」
四人は顔を見合わせ、物陰からこっそりと様子を伺った。
凪は、片手に剥き身の羊羹を持ち、膝の上に分厚い古本を広げている。
時折、羊羹を齧りながら、ページを捲る指先。その表情は、いつもの不機嫌そうなものとは違い、その名のようにどこか凪のような平穏さに満ちていた。
「……あ、先生。本、読んでる。あんなに穏やかな顔、初めて見ました」
あかりが小声で呟く。
「……本当。羊羹を燃料じゃなくて、ちゃんと『おやつ』として楽しんでるみたいね」
美穂も、微笑ましそうに目を細めた。
普段、彼女たちの命を背負い、何万通りもの計算を脳内で繰り広げている不遜な男。
彼にとっても、この静かな夕暮れと、一本の羊羹、そして一冊の本こそが、明日を生きるためのリフレッシュなのだ。
「……声、かけない方がいいわね」
沙也加が囁いた。
「ええ。私たちの先生にも、休息は必要だもの」
四人は、凪の平穏を邪魔しないよう、足音を忍ばせてその場を去った。
夕陽に照らされた彼女たちの影が、長く、けれど軽やかに地面に伸びていく。
「さあ、戻って明日の準備をしましょう! 明日からも、第13班は絶好調よ!」
あかりの弾むような声に、三人が力強く応える。
地上の平和を守るために、彼女たちは再び、誇りを持って地下深くの戦場へと戻っていく。




