第17話:アイギスの咆哮
第13班は、あの日以来、病院内での評価を劇的に変えていた。
「実力未知数の新規チーム」から「死の淵から生還させる切り札」へ。
連日のオペを鮮やかに完遂し、あかりの剣技も、沙也加の精密射撃も、その精度を増していた。
だが、この日の緊急要請は、いつもと空気が違った。
「美穂さん……?」
あかりが声をかけると、メインモニターを見つめる如月美穂の背中が、微かに、けれど激しく震えていた。
運び込まれたのは、一人の女性患者。搬送データの氏名欄を見た瞬間、美穂の時間が止まった。
「佐倉、奈緒……」
奈緒は、美穂の友人だった。
高卒で国立オペレーター訓練学校に入った美穂は、中学卒業から訓練学校に入るオペレーターが多いこの世界では珍しい経歴の持ち主だ。
高校在学中に「同調因子」の保持が判明した際、周囲が「命を懸けるなんて」「特別な人間の仕事だ」と反対する中、唯一「美穂なら、その力でたくさんの人を救えるよ」と笑って背中を押してくれたのが、奈緒だった。
「凪先生!!」
美穂が叫んだ。いつもの穏やかなお姉さんの面影はない。
「第5班が担当する予定の彼女を、私に……第13班に任せてください! お願いします、あの子を……奈緒を、私の手で救わせて!」
「……美穂、落ち着け。私情でダイブ枠を奪うのは規律違反だ」
凪はいつになく真剣な表情で、美穂を見据えた。
「規律なんてどうでもいい! 彼女がいたから、私はここにいるんです! 私の全てを懸けて、彼女を守らせてください!」
美穂の瞳に宿ったのは、燃えるような執念だった。凪は一度だけ溜息をつき、端末を操作した。
「……第5班には、俺から『機材トラブルで13班が代行する』と伝えておく。美穂、失敗すればお前はライセンス剥奪だぞ。……行くか、沙也加、あかり」
「もちろんです!」
「美穂さんのためなら、どこへでも!」
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『各員、ダイブ。ターゲットは脊髄神経叢。……侵食率、85%。時間がないぞ』
凪の合図と共に、美穂たちは奈緒の体内へと潜行した。
そこに広がっていたのは、親友の身体を内側から食い荒らす、無数のバルスの軍勢。脊髄という繊細な場所に、巨大な「砦」が築かれていた。
『あらあら……私の大事な友達に、何てことしてくれるのかしら』
美穂の声が、冷たく、深く、神経を逆撫でするような重低音を帯びた。
バルスの大群が、侵入者を排除しようと一斉に牙を剥く。
「美穂さん、援護を……!」
「いいえ、あかりちゃん。あなたはコアだけを見ていて」
美穂が巨大な盾『アイギス』を前面に展開した。
だが、その使い方はこれまでとは全く違っていた。
「私の友人を傷つけた罪……その身で、贖いなさい」
美穂はアイギスを構えたまま、回避することなくバルスの真っ只中へと突進した。
数千、数万のバルスがアイギスの表面を腐食させようと群がる。しかし、美穂の怒りに呼応するように、盾のナノマシン層が狂気的な密度で圧縮されていく。
『――エリア・デストロイ、リミッター解除。共鳴周波数、最大固定』
ドォォォォォォォンッ!!!
盾の中央部から放たれたのは、もはや音響兵器という生易しいものではなかった。
脊髄の神経を完璧に保護しつつ、その外側にいるバルス「だけ」を分子レベルで霧散させる、指向性の破壊波動。
「……消えなさい」
盾が唸りを上げるたび、バルスの軍勢が、まるで巨人に踏み潰された虫のように無造作に、一瞬で消滅していく。
その圧倒的な破壊力、一切の攻撃を通さない鉄壁の意志。
それは、仲間を守るための「聖域」であり、敵を塵に帰す「断頭台」だった。
『……こいつは驚いた。美穂のやつ、シンクロ率が100%に張り付いてやがる』
凪の驚嘆の声が聞こえる中、美穂が切り開いた「無」の空間を、あかりが駆け抜けた。
無防備になったコアを一閃。
奈緒を蝕んでいた闇が、美穂の咆哮と共に完全に消え去った。
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リターン後。
美穂はポッドから出ると、そのまま廊下のベンチに座り込み、顔を覆って泣いた。
それは親友を救えた安堵と、かつて自分を励ましてくれた言葉への、精一杯の返礼だった。
「……美穂さん、お疲れ様です」
あかりがそっと肩にタオルをかける。
美穂は少しだけ顔を上げ、いつもの穏やかな、けれどどこか一段と強くなった微笑みを浮かべた。
「ありがとう、あかりちゃん。……私、この盾で、もっともっと、大切なものを守っていくわ」
これが、後に「第13班の最恐の盾」として語り継がれる、如月美穂の真の覚醒だった。




