第16話:二人の境界線と甘い報酬
「リターン……完了ッ!」
結衣の叫びと共に、地下四階の静寂を破って6基のダイブ・ポッドが同時に開いた。
白濁した蒸気の中から這い出したオペレーターたちは、一様に肩で息をしていた。
6人同時ダイブという前代未聞のオペレーション。その精神的負荷は、地上に降り立った瞬間に重力となって彼女たちの全身にのしかかる。
「……あー、死ぬかと思った。脳みそが沸騰して、耳からポップコーンでも出るかと思ったぞ」
指揮席で凪が椅子を回転させ、ぐったりと項垂れた。その顔は幽霊のように真っ白だが、モニターには「患者:意識回復・バイタル安定」の文字が誇らしげに輝いている。
ポッドから出たエリカは、濡れた髪を乱暴にかき上げると、真っ先に隣のポッドに座る沙也加を睨みつけた。
「……最っ低。あんたのあの、回りくどいハッキング弾のせいで、私のプログラムの同期が0.1秒遅れたじゃない」
「何言ってるのよ。あんたが私の射線を遮るように突っ込むからでしょ。昔からそう、あんたは猪突猛進すぎるのよ、エリカ」
二人はダイブ・スーツのまま、通路で火花を散らす。しかし、その声にさっきまでの殺気はない。ただの、意地っ張りな同期生の言い合いだ。
「おい、お前ら。うるさいぞ」
凪がのそのそと歩み寄り、二人の間に無造作に手を差し出した。
その手には、第13班お馴染みの、銀色のパッケージに包まれた練り羊羹が二本。
「……やる。脳を焼き切る寸前だったんだ、糖分を摂れ。反省会はそれを食ってからだ」
エリカは一瞬、嫌そうな顔をしたが、空腹と疲労には勝てなかった。ひったくるように羊羹を受け取ると、沙也加も苦笑しながらそれを受け取った。
壁際に並んで座り、黙々と羊羹を齧る二人。
さっきまで命のやり取りをしていた戦場から帰還し、地下四階の無機質な通路で、いい大人の女二人が肩を並べて羊羹を食べる姿は、どこか滑稽で、けれど温かかった。
「……ねえ、沙也加」
「なに?」
「……今回だけよ。あんたの『ゴミ捨て場』に助けてもらった恩は、必ず倍にして返すから」
「楽しみにしてるわ。でも、次は助けられる前に自分でなんとかしなさいよ」
エリカは「ふんっ」と顔を背けたが、その口元には羊羹の甘さのせいか、かすかな緩みが浮かんでいた。
そんな二人を、少し離れた場所であかりと美穂、そして結衣が微笑ましく見守っていた。
「ふふ、あのお二人、やっぱり仲が良いんですね」
あかりが、自分の分の羊羹を頬張りながら嬉しそうに言う。
「そうねぇ。言葉は鋭いけど、波形はぴったり重なっていたもの。ああいうのを『戦友』って呼ぶのかしら」
美穂が、淹れたての紅茶をあかりの隣に置きながら、慈しむような目を向けた。
「でも、これで第13班も少しは認められるかな。第3班のエースを救ったんだし」
結衣の言葉に、あかりは力強く頷いた。
この窓のない地下四階に、確かな「絆」という名の小さな花が咲いたような、そんな穏やかな朝のひととき。
「……あー。食ったら眠くなった。沙也加、後片付けしとけ……。あかり、次は羊羹じゃなくて、最中がいいな……」
凪はそう言い残すと、いつもの簡易ベッドへと潜り込んでいった。
第13班、イレギュラーな救出劇の幕は、甘い後味と共に静かに下りた。




