第14話:矜持と屈辱のクロスカウンター
心臓冠動脈、第3分岐点付近。
そこは、かつて生命を育むための赤い運河だった場所とは思えないほど、禍々しい「墓標」へと変貌していた。
「……っ、この、動きなさいよ……!」
第3班のオペレーター、藤堂エリカは、愛銃のトリガーを狂ったように引き続けていた。
彼女の周囲では、黒いタール状の物質が壁を作り、逃げ道を完全に塞いでいる。
第3班には別のオペレートリーダーがいるのだが、現場の指揮権はすでにエリカが実質的に強奪していた。彼女の圧倒的な我の強さと、それに伴う実力。それが第3班をここまで引っ張ってきた「エンジン」だった。
『エリカ、もうダメよ! 弾薬が底を突くわ!』
『……うるさい! 私が「撃て」と言ったら撃つのよ!』
だが、エンジンは過熱し、今まさに焼き切れようとしていた。
スーツの警告音が鳴り響き、視界はノイズで埋まっていく。プライドの高いエリカにとって、ここで「処分」を待つだけの化け物(BD)になるなど、死よりも耐え難い屈辱だった。
その時、ノイズだらけの通信回線に、聞き慣れた、そして今一番聞きたくない声が割り込んできた。
『――第3班、聞こえる? こちら第13班。これより救助を開始するわ。エリカ、そのまま動かないで』
「……沙也加……!? なんで、あんたたちがここに……!」
エリカの表情が劇的に歪む。
死の淵で救いの手が差し伸べられた歓喜。
そして、よりにもよって同期のライバル、自分が見下していたはずの「ゴミ捨て場」のリーダーに、無様な姿を晒して助けられるという耐え難い屈辱。
「ふざけないでよ! 予備の13班が、患者に負担をかけてまでダイブしてくるなんて……! 来るな、来るんじゃないわよ!」
『うるさい、黙ってろ。藤堂』
凪の冷徹な声が、エリカの怒号を遮った。
『お前のプライドなんてどうでもいい。その患者の心臓を止めることは俺が許さん。……あかり、行け!』
その瞬間、エリカの視界を覆っていた黒い絶望の壁が、鮮烈な「光」によって切り裂かれた。
「ハミングバード、全出力――旋律・スタートッ!!」
凄まじい高周波の唸り。
あかりが放った閃光の連撃が、エリカを包囲していたバルスのネストを、外側から文字通り「消滅」させていく。
粒子が弾ける火花の中、エリカは見た。
自分たちが手も足も出なかった強固な細胞壁を、ハチドリのような超高速機動で粉砕し、一直線にこちらへ突き進んでくる少女の姿を。
「お待たせしました、みなさん! お助けに参りました!」
あかりがエリカの目の前で急停止し、ブレードを鮮やかに一閃させる。
残った雑兵たちが霧散し、沈黙が訪れた。
「……あ、あかり……あんた、その動き……」
「エリカ、お礼は後でいいわ。凪先生の計算が保つのはあと180秒。今から6人で、このネストの心臓を叩き潰すわよ!」
沙也加が『ジャッジメント』を構え、エリカの横に並び立つ。
エリカは唇を噛み締め、震える手で銃を握り直した。屈辱で顔は火が出るほど熱い。けれど、自分一人では見えなかった「生」への道筋が、今、目の前に開かれていた。
「……勘違いしないで。貸しにしておくだけなんだからね、沙也加!」
「ええ、利子をつけて返してもらうわよ。――全員、攻撃開始!」
第3班と第13班。相容れない二つの班が、凪の紡ぐ「共鳴」の下、一つの巨大な刃となってバルスの心臓部へと牙を剥いた。




