第13話:イレギュラー・エントリー
午前5時42分。
その日の夜勤もあと3時間程で終わろうとしていた頃。
夜明け前の微睡みを切り裂いたのは、通常のアラートを遥かに凌駕する重低音の警報だった。
「――第3班、および患者のバイタル急落! 侵食率、想定限界値を突破!」
結衣の叫び声に、仮眠をとっていた沙也加、美穂、あかりが弾かれたように飛び起きた。
メインモニターに映し出されたのは、いま第3班がオペレーションを行っている20代女性の体内マップ。心臓近傍の冠動脈が、不気味な紫色に明滅している。
「何が起きたの!?」
「バルス・ネスト(巣)の擬態よ。ターゲットを破壊した瞬間、その死骸が撒き餌になって周囲の毛細血管から無数のバルスを呼び寄せた……。第3班は今、敵の包囲網のど真ん中で身動きが取れなくなってるわ!」
沙也加が青ざめた顔でデータを読み解く。モニターの端には、藤堂エリカのシンクロ率が危険域まで低下していることを示す赤いバーが踊っていた。
「……第3班を見捨てて患者を『処分』するか。それでも……いま上の連中は頭を抱えてるだろうな」
凪が、寝癖のついた頭を乱暴に掻きながら指揮席に飛び乗った。その指先が、キーボードを爆撃のような速さで叩き始める。
「先生、どうすれば……!?」
「そうだな。どっちも助ける、それだけだ」
沙也加の問いに、凪はこともなげに答える。しかし、その答えは微細医療に関わる者としてはあまりに非常識だった。
「でも先生、ダイブの鉄則は『1班3人まで』です! 患者の体力が持ちません!」
沙也加の言葉は正論だった。ミクロ化した人間を体内に維持することは、患者の免疫系に甚大な負荷をかける。6人が同時にダイブするなど、微細医療の常識では患者の死を早める自殺行為に等しい。
「常識を捨てろと言ったはずだ。……結衣、俺が今から送る『共鳴抑制プログラム』を全ポッドに流せ。第3班と第13班、計6人の生体信号を一つの周波数に束ねる。患者の免疫系には『巨大な一人の異物』と誤認させるんだ」
「そんな……6人の信号を同期させるなんて、ドクターの脳が焼き切れます!」
「うるさい、計算は終わってる。沙也加、美穂、あかり。――行くぞ。第3班のケツを叩いて、ついでに患者の心臓も盗み返してくる」
凪の瞳に、狂気にも似た冴え渡る知性が宿る。
あかりは、震える手で『ハミングバード』の起動スイッチを入れた。
「第3班のみなさん……今、行きます!」
3人はダイブ・スーツのヘルメットを装着し、カプセルへと滑り込んだ。
エメラルドグリーンのダイブ・フルードが満たされていく中、あかりの脳内に凪の「設計図」が直接流し込まれる。それは、血管の拍動を、血流の乱れを、そして第3班の絶望を、すべて勝利への変数に変えるための、あまりにも緻密で無謀な航路図だった。
『各員、意識を俺に預けろ。ここから先は一秒の遅延も許さん』
凪の低い声が、あかりの魂を震わせる。
『カウントダウン……三、二、一。――ミクロ・ダイブ、開始!』
凄まじい衝撃と共に、あかりの視界が爆発した。
粒子加速器が放つ咆哮が地下四階に響き渡り、第13班の三つの光点は、修羅場と化した少女の心臓へと射出された。
赤い濁流の先、黒い霧のように群がるバルスの深淵へ。
第13班、前代未聞のイレギュラー・オペレーションが幕を開けた。




