第11話:ハミングバードの旋律
第1班、氷室礼のオペレーション映像を見て以来、あかりは時間があれば訓練用シミュレーターに籠もっていた。
「……くっ、また! なんであんなに静かに動けないの!?」
シミュレーター内の仮想空間。
あかりが操作する『ハミングバード』の軌跡は、礼の『アブソリュート』のような、氷の結晶を描くような静謐な美しさとは程遠い。礼の動きをトレースしようとするほど、あかりの剣筋は硬くなり、無駄な挙動が増えていく。
「判定は『C』……。礼さんなら、今のバルスの突進を0.1ミリでかわして、返す刀で中枢を凍らせていたはずなのに……」
「……ダメね、あれじゃあ。憧れが『呪い』になっちゃってるわ」
コンソールパネル越しに、結衣が心配そうに呟く。
隣では沙也加が腕を組み、美穂は「頑張り屋さんもほどほどにしないとねぇ」と紅茶のカップを揺らしていた。
「おい、あかり。いつまで無駄なダンスを踊ってるんだ」
不意に、スピーカーから凪の気だるげな声が流れた。
見ると、凪がいつの間にか指揮席に座り、あかりのシミュレーション・ログを眺めている。
「氷室の真似をしたいなら、まずその無駄な筋肉を全部削ぎ落として、脳を機械に入れ替えろ。……お前は氷室にはなれない」
「……わかってます。でも、今のままじゃ全然届かないから……!」
「当たり前だ。天性のバケモノが10年もオペレーターをやってんのが今の氷室だ。お前はオペレーターになって1ヶ月も経ってないド新人。届く届かないの話じゃない。それに、あいつは『静』の極致。対してお前は、制御不能な『熱』の塊だ。氷になろうとして溶けかけてるんじゃねえよ」
凪は面倒くさそうに、あかりの武器データと、彼女の身体特性データを空中にスワイプした。
「まあ、お前の意気込みは買ってやる。ハミングバード(ハチドリ)が、なんであんな名前か知ってるか? 羽根が静止しているように見えるほど、『超高速で震えている』からだ。お前の武器は、精密に斬るためのメスじゃない。高周波で全てを『削り取る』ドリルなんだよ」
あかりの脳内に、凪の言葉が波紋のように広がる。
「お前の武器は、お前の無駄な熱量を待ってるんだ。礼のような『静』の回避は捨てろ。震えろ。止まるな。……最短距離を『斬る』のではなく、最短時間を『駆け抜けろ』」
あかりは、シミュレーターの中で目をつむった。
礼の真似をしようとして、押し殺していた自分の鼓動。暴れたがっているハミングバードの振動。
「……駆け抜ける。最短、時間で……!」
あかりの目が見開かれた。
次の瞬間、仮想空間のバルス群に向かって、あかりは「静」の回避を捨てた。
スーツの出力を限界まで引き出し、自らがハミングバードの振動そのものになったかのように、細かく、鋭く、狂気的な速度で機動する。
「ハミングバード、全出力……解放ッ!!」
あかりの姿が消えた。
いや、一瞬の間に無数の残像が敵の群れを通り抜けたのだ。
ハミングバードの刃から放たれる高周波酵素が、バルスの外殻に触れた瞬間にそれを「融解」させ、あかりの突進がそのまま残骸を粉砕していく。
静かな一撃ではない。それは、空間ごと敵を食い破るような、「閃光の旋律」。
『――シミュレーション完了。ランク:A(NEW RECORD)』
「……はぁ、はぁ、はぁっ!!」
現実世界に戻ってきたあかりは、ポッドの中で汗だくになりながら、自分の手を見つめた。
あかり自身の高い反射神経と、小回りの効く身体、そして高周波ブレードの特性が完全に噛み合った瞬間だった。
「あらあら。……今の動き、ちょっと怖いくらいだったわね」
美穂が驚いたように目を丸くする。
「ええ。礼さんの模倣じゃない、あかりさんだけの剣筋……『神速の連撃』ね」
沙也加が誇らしげに微笑んだ。
「……ふん。ようやく羊羹一本分の価値が出てきたな」
凪は再び白衣を被り、定位置のベッドへと向かう。
だが、その足取りはどこか軽やかだった。
「あかり。その『止まらない心臓』が、第13班の武器だ。忘れるなよ」
あかりは、その言葉をプロテインと一緒に飲み込み、確かな手応えと共に立ち上がった。




