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紙と思い込み  作者: 彩霞


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第3話 思い込み

 古谷ふるたには不思議そうな顔をしながら、B4の紙を半分に折り、さらに半分に折り……を繰り返していく。だが、六回目を折ったとき「え、何ですかこれ……」と呟いて、深山みやまを見た。


「先生、これ以上折れないんですけどっ! B4サイズだからですか?」


「いえ、私たちが普段使っている紙のほとんどは、大抵六回か、力のある人でも七回が限界です。子どもの力だと五回かな」


「それなら、ティッシュはどうでしょうか。十回折れるのではないでしょうか?」


 印刷用の紙を折って駄目ならば、もっと薄い紙でやってみればいいということだろう。深山はくすっと笑う。


「いいアイディアですね、と言いたいところですが、結果は同じです」


「十回折れないってことですか?」


「はい」


「じゃあ、先生は分かっていてその条件を出したんですね?」


「ええ」


 深山は正直に頷いた。


「意地が悪い」とか「ノリが悪い」とか言う人もいるかもしれないが、したくないのだから仕方ない。

 そもそも生徒同士のように盛り上がる自分はいないし、無理してやると次の日腕が痛くなる。その上、勝っても負けても、何回かやる羽目になることは目に見えて分かっているので、やらなくて済むのならその方がいいのだ。


 そして「紙を十回折る」というのは、紙さえあれば誰でもできることなので、やってみれば簡単に諦めてくれると思ったのである。

 だが、彼らの反応は深山が予想していたのと違う方向へ向いてしまった。


「ですがその代わり、『本当に十回折れないのか』を自分で確かめてみたいと思ったようで紙をせがまれまして。それも十人近くの生徒から、色んなサイズの紙を……」


「ああ、なるほど……」


 古谷は苦笑する。

 彼も「他の紙ならば」と思ったくらいなので、生徒たちがそう思うのも無理はないと思ったのだろう。


「興味を持ってもらえたことは嬉しかったので、学校の備品の紙を彼らに与えていたら教頭に叱られた、というわけです」


「そうだったんですか……。でも、これ、面白いですね。分かっちゃうとなーんだ、という感じもしますが、実際やってみないと分からないなと思います」


「思い込みと違っていた、ということは意外とありますよ。朝倉先生のことも、隙を見て聞いてみたらどうでしょう」


 すると古谷はちょっとびっくりした顔をする。しかし、深山は気にした風もなく続けた。


「色んな人がいますからね。いつも腹の虫の居場所が悪くて、何かするたびに訳も分からず癇癪かんしゃくを起すような人もいますが、朝倉先生はそういう人ではないです。聞き方を工夫すれば、怒ったりしませんよ。ですから、最初に『相談があるのですが、お時間ありますか』と聞いてみると良いと思います」


 すると古谷の表情に、少しだけ笑みが浮かんだ。


「そうですよね。自分で勝手に想像して完結するだけじゃ分からないことってありますよね。……様子を見て、聞いてみることにします」


「いいと思います。では、職員室に戻りましょうか」


 二人は印刷室を出ると、深山は鍵をかける。ここへ来るときに通った西側の階段へ向かい、一段目に足を掛けたときだった。先に行った古谷が踊り場で「深山先生」と呼んだ。


 呼ばれた方は見上げて「はい?」と答える。


「『紙は十回以上折れない』って話、何だか誰かに自慢したくなりますね」


 古谷は五十枚印刷したプリントの上でじっとしている、小さくたたまれた紙を見ながら言う。

 まるで子どものように言うので、深山はふふっと笑うと、「実は、十回以上折れる方法はあるんですよ」と白状した。すると古谷は驚いた表情を浮かべる。


「え⁉ どうするんですか?」


 深山は階段を上りながら、問いに答えた。


「長いトイレットペーパーを使うんです。確か二〇〇一年に、当時高校生だったブリトニー・ギャリヴァンさんが、長さ1,200メートルのトイレットペーパーを特注して十二回折ることに成功してます」


「1,200メートル? 1キロを越えているじゃないですか」


「その約十年後に、3,960メートルほどのトイレットペーパーを用いて、十三回折ることに成功したという話も聞きます」


「先生、それ、普通じゃ無理な話ですよね?」


 踊り場にたどり着いた深山は、肩をすくめる。


「そうですね。相当広い場所がないと」


「協力してくれるトイレットペーパーの企業も必要ですね」


「確かに」


「でも、どうして折り重ねるのが難しいのでしょうか?」


 二人は揃って、折り返しの階段を上り始める。


「単純に、一度折ったとき、厚みが折る前の倍になるからですよ」


「倍?」


「ええ。コピー用紙の厚みは大体0.08ミリメートルですから、それを半分に折ったら厚さは倍になります」


「0.08×2ですね?」


「ええ。もう一度折ったら、その倍になるので、0.08×2×2です。つまり折った数だけ二倍していきます。数学で言うと指数の計算に当てはまるのかな」


「なるほど」


「最初は0.08ミリですから、倍になっても0.16ミリです。ですが、1センチ越えてくると事情が変わります。1センチは2センチに。2センチは4センチに。4センチは8センチなっていきますから」


「8センチを折るのは難しそうですね……」


「仮に紙を三十六回折ることができたら、5万5千キロメートルになるので、地球一周できるくらいの厚みになります。地球一周は約4万キロメートルですから」


「この紙を折り続けたらそんなことに……」


 古谷は目をぱちくりとさせている。


「実際にはできないので、理論上ですけどね」


「手のひらに収まるくらい小さいのに、想像すると壮大な話ですね。面白いです」


「それは良かったです」


 嬉しそうに話す古谷を見て、深山は自分の過去を思い出していた。


 高校二年生になるまで、勉強をすることの意義が「テスト」と「社会に出ていい仕事に就くため」だった彼に、「学ぶこと」の本当の面白さを教えてくれた人物がいたのだ。


 その人物とは、高校二年で深山と同じクラスになった男子、峰岸みねぎしゆき。それまで接点がなかった彼らだが、深山が廉の話に興味を持ったことで親友になった。


 この紙の話も、その頃に彼に教えてもらったことだ。


 そして古谷が感心したように、当時の深山も手のひらサイズの話が、地球を越えるような大きさになることに感動した。そのときの感覚は、今でも色褪いろあせていない。


「あの、先生。紙の話、他の誰かにしてもいいですか?」


 職員室の前で振り返った古谷を見て、深山は優しく笑った。


「どうぞ。好きになさってください」


「ありがとうございます!」


 ようやく明るい笑みを浮かべる古谷を見て、深山は「やっぱりあいつには敵わないな」と思って小さく笑い、職員室に戻るのだった。


(完)

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