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少子化対策八畳敷き。  作者: 萬田ぷぷっぴどぅ


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コウガンの真実・4


「にわかには信じがたいでしょうけれど、もともと男性も妊娠できるようになっているんです」


 大真面目に話す女性医師に勝臣はまたまた~とソファーにのけ反りうんざりした。


 場所は変わって応接セットもある立派な個室。どうやらこの女性医師、若く見えるが偉い人らしく、勝臣の診察をした男性医師も無言で後をついて来た。


 男性医師がお茶の用意をしている間にファイルやタブレット端末を勝臣の前に用意した女性医師は、改めて名刺を勝臣へと差し出した。


 女性の名は『楢崎李果子(ならさきりかこ)』。研究所長と書いてあった。


 楢崎に促され、あちこちポケットを探ってやっと男性医師が差し出してきた名刺には『松室諭吉(まつむろゆきち)』。こちらは『博士』と書いてあった。


「お医者さんじゃなかったんですか!?」


 とんだ裏切りに勝臣が驚いていると松室は飄々と言う。


「医者も博士だよ」


「ええ……」


 研究所長に博士。そして男の自分に対して妊娠してるの一点張り。もしかして人体実験でもする気なのか?目の前に座る楢崎と松室をあからさまに警戒しながら、勝臣は効率よく逃げられるよう来た道を頭の中で逆再生していた。



「女性が子宮で胎児を育てるように、男性は睾丸で胎児を育んでいたんです」


「いやいやいやいや」


 勝臣は前のめりに手を振った。どんなに真面目に説明されても無理がある。どんなドッキリだこれ。素人だぞ俺。


「僕も一応義務教育受けているんで知ってるんですよ。赤ちゃんができるには、まず精子と卵子が出会わないと」


 拳と拳をくっつけて精子と卵子の出会いを表現する勝臣を、間髪入れず楢崎が遮った。


「一部、卵子の代わりができる精子があるんです」


「はあ?」


 遮られた不快感もさることながら、素っ頓狂な話の展開に思い切り間の抜けた「はあ?」が出てしまった。


「聞いたことないです」


「はい。国によって隠蔽されてきましたから、多くの人が知る由もありません」


「卵子があったら、っていうか、妊娠するんだったら普通生理がありますよね?僕、一回も血とか出したことありません。痔でもないです」


「血の代わりに射精があるんです」


「はあ?」


「自慰とか夢精とか。生殖に繋がらない無駄な射精が、いわば女性にとっての生理と同じ役目を果たしています」


「ええ……?」


「精子の役目も卵子の役目も自分の精子ひとつで果たせる。つまり男性は『単為生殖』型妊娠ができるんです」


「……それってつまり……」


「クローンです」


「えええええええ!?」


 勝臣は身体を縮めてソファーに乗りあがると思わずつぶやいた。


「気持ちワルっ」


 つまりそれはまるっきり自分と同じ人間が生まれてくるというわけで、自分が産むわけだから多少のタイムラグはあるとはいえ、自分と全く同じ人間が自分の股間から出てくるってそれって倫理的にどうなのって話で、やだ、なんかもう、自分とおんなじこと考えておんなじ癖持ってておんなじようなこと言っておんなじようなことする人間がもうひとりできるなんて倫理がどうとかいう話より単純に気持ち悪い。勝臣とて卑下するほど自分のことを嫌いではないが、ナルシストほど自分大好きでもない。まだ子供が欲しいと思ったことはないが、世の中の子供欲しいと思っている人たちだって、自分にそっくりの子供が欲しいってそういうクローンみたいな意味ではないと思う。顔とか仕草とか、なんかこうちょっとしたことの話であって、クローンてあなた……。


 震えるほどにドン引きしている勝臣を楢崎は優しく諭した。


「クローンと言っても細胞分裂の段階で差異はできますので、まったく父体と同じ遺伝子が継承されるわけではありません。安心してください」


「……あ、そうですか……」


 思わずホッとしてみたが、よく考えたらまだ妊娠していることを認めたわけではない。というか男性が妊娠するなどと信じたわけではない。膝と身体を伸ばしながら、いけないいけないと勝臣はお茶をひと口頂いた。


「こちらが多田さんのエコー画像になります」


 言いながらパソコンのキーボードを叩いた楢崎は、勝臣の前に置いていたタブレットを持ち上げ差し出した。受け取りながら勝臣が目を落とした白黒の画面には、ふたつの大きさの違うタマが映っている。そして大きな方のタマの中には、何か別の物体が映っていた。


「これは……」


 楢崎は慈しむように微笑んだ。


「10週目の赤ちゃんです。元気ですよ」


「……」


「だいたい睾丸妊娠の場合双子を授かる確率が高いのですが、それでも妊娠自体が奇跡なので、たとえひとりでもとてもおめでたいことですよ」


「……」


 勝臣はいったん楢崎と見つめ合う。そしてもう一度タブレットの画面を見る。認めたくはないが、確かにどこかで見覚えのある形ではある。いや、タマではなく、その中の物体が。保健体育の授業で見た成長する胎児の最初の方でこんなのが出てきたような気はする。生まれたてのカンガルーの赤ん坊もこんなのが母親の袋をよじ登っていたような気がする。とはいえ。


「……AI?」


 楢崎も松室も首を横に振った。


「じゃあ、CG?」


 やっぱり横に振った。


「いや、これが俺のキンタマって証拠はないわけだし」


 のけ反る勝臣にきっぱりと楢崎は言う。


「まごうことなき多田さんの睾丸です」


「……」


 勝臣はしばし天井を見て考えた。真面目な顔をして男も妊娠すると断言してくる目の前のふたりであるが、他に妊娠している男性など勝臣は見たこともない。「ちょっとオレ実家で里帰り出産してくる」なんていう会社の先輩なんて見たことないし、「オレの母ちゃん、父ちゃん」などという同級生にも会ったことはない。キンタマ爆発して死んでるタヌキの写真1枚でうかうか丸め込まれそうになっていたが、そういや実際に妊娠経験のある男性を見ていない以上信じられるわけがない。


「さっきからいろいろおっしゃってますけど、実際に妊娠したことのある男の人とか、お父さんから生まれた人とか見ないと全然信じられないんですけど」


 連れてこれるもんなら連れて来てみろと言わんばかりに勝臣は薄ら笑いながら言った。どうせ「プライバシー保護のために連れてこれない」とか言い出すに決まっている。


「私です」


 松室が姿勢を正して堂々と言い放った。


「私は父から生まれました」


 勝臣は目を瞠って松室を凝視した。


「とはいえ、私はまだ妊娠の経験があるわけではないので……」


 いやはやお恥ずかしいと言わんばかりに照れる松室の意味が分からない。勝臣はただ固まっていた。


「松室先生のお父様は、この研究所の前身の病院で先生をご出産されたんです。その際、生まれてくる子には本当のことを話すようにと言い残されて……」


「言い残す……?」


「父の覚悟を子供の頃から聞かされていた私は、一生をこの研究に捧げようと……。それが命がけで私を生んでくれた父に報いる生き方だと……」


 声を詰まらせる松室の肩を楢崎が優しく撫でる。松室はただ頷いて涙を堪えた。


「あの……、ということはお父さんは……」


 医療は進んだとはいえ、出産は命がけだとはよく聞く話である。女性でさえそうなのだから、男性が出産ともなるとやはりリスクは高いのだろうか、いやまだ信じてるわけではないけど。男性は女性より痛みに弱いとか言うし、出産時の激痛には男は絶対耐えられないとも聞くし、いやまだ全然信じてるわけじゃないけど、と言い訳しながらも勝臣は不安になる。


 楢崎と松室は頷き合うと、勝臣と真剣に向き合った。


「実は男性妊夫の出産時生存率は0なんです」


「ええええええええーーーーー!?」


 勝臣は立ち上がった。


「なんすかそれ!ダメじゃん!!」


 そしてくるりとドアの方へ向かった。冗談にもほどがある。もうこれでオチだろう。取れ高最高だろう。俺はしっかり驚いてやった。アホみたいな男性妊娠話にも長々付き合ってやったし、途中から「もしかしたらホントかも?」みたいな雰囲気にもなってやった。もーう充分だろう。「妊娠おめでとう!出産したら死ぬけど(笑)」みたいな話、冗談以外でなにがあるというのだ。冗談だから笑える。ドッキリだから笑って済まされるのだ。本当だったら誰も妊娠するわけない。そりゃ少子化も進むわって、男性妊娠だけの話か。いや、だからナイナイって男性妊娠なんか。おつかれっしたー。


「待って!待ってください!多田さん!」


 ふたりに追いすがられ、扉の前を松室に阻まれても、むしろ勝臣は冷静だった。


「はい。終わりですよ。面白かったです。なんの目的で僕にドッキリしかけられたのか分かりませんけど、もう充分ですよね」


「何故私たちが多田さんにドッキリなんかしかけるんですか!?そんなことする意味ありますか!?」


「かけられたこっちはそんな意味知りませーん。とにかくもう帰るんで」


「多田さん!」


 松室を押しのけドアを開けようとする勝臣を松室は必死で止めようとする。押し合いへし合いするふたりに楢崎は厳しく言い放った。


「ここを出て行けば、本当に死んでしまいますよ」


「今度は脅迫ですか?一体何のために」


 勝臣は忌々しく楢崎を睨みつける。だが楢崎はひるまない。


「あなたとあなたのお子さんを助けるためにです」


「だって死ぬんでしょう!?赤ちゃん産んだら!妊娠してるとか信じてませんけど!全部冗談だってわかってますけど!でもタチの悪い冗談にこれ以上付き合う義理は」


「死なせません!」


 楢崎と松室の声が重なった。


「死なせないために、ここに来てもらったんです」


 楢崎の目は真剣だった。




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