コウガンの真実・2
多田勝臣と申しますこの男。齢は27、背は高くもなく低くもなく。太ってもおらず極端に痩せてもおらず。顔は童顔、まあまあ可愛い風貌をしております。特別クセの強い人間でもなく、ごく普通のサラリーマン。学生時代から付き合っていた彼女と最近別れ、新しい彼女を作るのもなんだか面倒臭く、たまの休みも配信を見たりひとりで旅行に行ったり、気ままに過ごしておりました。
彼女と別れた理由はよくある「そろそろ結婚を」というやつで。
勝臣としましてもいつかは結婚をしなきゃいけないのかな~しなきゃいけないだろうな~いつかはな~なんて風には思ってはいたのですが、『いざ結婚!』を突き付けられると「あ~」とか「う~」とか歯切れの悪い返事しかできませんで。
結果「さようなら」と言われてしまったわけです。
わかっているんですよ、勝臣も。結婚はね、いつかはねってね。決して彼女のこと遊びだったつもりはないんですよ。
ただね、覚悟というかね。なかなか『結婚』に対して腹が決まらなかった。
結婚したらね、女の人って変わっちゃうのかな~って心配がね、あったんです。
勝臣の両親は恋愛の末結婚したそうなんですが、勝臣が生まれてから母親がすっかり変わってしまったそうで。
息子可愛さにありとあらゆる食べ物から日用品から気を使うようになり、挙句の果てに医者が出す薬にまで難癖付けるようになったそうで。小学生の頃は何を入れられてるかわからないという母親独特の思考から給食を食べることも許してもらえず、一時期は体重が平均よりずいぶん少なかった。それでとうとう息子の命の危険を感じた父親が、離婚に踏み切ったそうなんです。もちろん勝臣は父親に引き取られ、その後は普通に人生を歩むことはできたそうなんですが。
まあ、みんながみんな結婚したら人が変わるというわけではない、ということは頭ではわかっていても、なかなか子供の頃に染みついたトラウマは抜けないもので。
まあ、でも今は一生独身でも何もおかしくない時代でございます。大好きだった別れた彼女の幸せを祈りつつ、勝臣は今日もひとりの時間を楽しんでいるわけでございました。
ところで最近勝臣には些細な悩みがございまして。
これがまた、彼女と別れていてよかった~と思ったわけなんですがね。いやもう、付き合ってる最中にこんなこと起こってたら、どうやって彼女に説明したらいいもんか。どう説明したらいいもんか。それこそ『結婚』じゃなくて『こっち』が原因で別れることになってたら、ちょっとなんかカッコ悪くて一生悶々としてたかもしれないっていうか。
睾丸がね、ちょっと、ほんのちょっとなんですけど、腫れてるんですよ。
痛くも無いし、痒くも無いんだけれども、なんかちょっと大きくなっているような。しかも片方だけ。
睾丸が大きくなっていることは男として喜ぶべきことなのか?と一瞬思った勝臣でしたが、いやいや、そこじゃないだろうと素面にかえり、上から見下ろすだけではなく、鏡に映してまじまじと眺めてみたりする。
最初の頃は気のせいかなとも思っていたのですが、なんかこう、陰茎の座りが横に?いつもより横にちょっとこう傾く感じで。日に日に座りが悪くなる感じで。しかもなんかこう、タマのシワが若干こう、伸びてきているような。
いよいよ不安になって検索するととんでもない病気である可能性も出て来たりなんかして。
勝臣は決心して泌尿器科の門をくぐったわけでございます。
不安になりながらもいきなり大学病院など敷居が高かったので、とりあえず近所の泌尿器科に来てみた勝臣。案の定と言いますか、紹介状を持たされ、あまり聞いたことのない遠方の病院へと行かされました。
ずいぶん田舎の山の中に佇む病院は、欧州の教会を想像させる荘厳さで、いやこれ俺、マジでヤバいんじゃないの?などとバスを降りた途端に冷や汗がどっと流れ出した次第でございます。
中に入れば広いロビーも静かなもので、受付を済ませればさらに奥の人気のない一角まで案内され、勝臣の脳裏には男手ひとつで育ててくれた父の顔が浮かんで来たりするわけです。
泌尿器科を受診するまでは、まあ言うてもたいしたことはなかろうし、万が一手術になっても終わってから父には連絡すればいいかと軽く考えていたわけです。
ところが紹介状を書かれてしまったあたりで、やっぱり一度報告しておくべきかなどとも思ったのですが、無駄な心配をかけるのも申し訳ないと思いとどまったわけです。
父親は本当に大事に勝臣を育ててくれました。
大好きだった自分の女房、つまり勝臣の母親と離婚したことを父親は大層後悔しておりました。何がきっかけで母親がああなってしまったのか。勝臣の父親には皆目見当がつかず、だが、一度一緒になった母親を捨てはおけないとずいぶん耐えて一緒に暮らしていたのですが、どうにも勝臣に被害が及ぶに至って断腸の思いで離婚したのだと言います。
その後の母親は実家で面倒を見られていたようなのですが、勝臣に会えるような状態ではなく、それでも父親は仕送りなどしてやっていたと言います。
仕事もこなし、勝臣の学校行事もひとつも手を抜くことはなく、毎日の食事から何から何ひとつ勝臣に不自由させなかった父親。
そんな父親に今さら自分の睾丸ごときで杞憂させることなどできるわけもなく。
だが、なんだか、妙に静かで落ち着いた病院の奥の奥にまで案内されると、果たしてこのまま現世に戻してもらえるのかどうか不安になってきたわけで。いっそ最後の別れの挨拶ぐらいしておいた方が良かったのではないかと勝臣がスマホを手に真剣に悩み始めた頃、名前を呼ばれました。
尿検査に血液検査。問診にエコー。そして触診。
毛を剃らなくてもエコーって映るんだな~とか感心したり、「眠気は?」とか「食欲は?」とか聞かれたり。挙句の果てに問診ではなかったものの、何故か『最後に自慰をした年月日』『男性経験の有無』『肛門性交の経験の有無』まで問診表に記入させられたりして、いやはや、睾丸の病気になんてかかるもんじゃあないなとつくづく思ったわけです。肛門科じゃないのに。ここ泌尿器科だよね?やっぱり父親に言わなくてよかった。
そんなこんなでやっとすべての検査を終えて、病院奥の待合室で待っていると、ようやく医師の待つ診察室へと呼ばれたわけです。
「やあ。ようこそ」
待っていたのは30代後半であろうかと思われる男性医師。無精ひげのせいで医者らしからぬワイルドさがあるが、姿勢は良いし、渋い声には張りがある。何より満面の笑顔で勝臣を迎え入れてくれた。
ああ。病気ではなかったんだ。一気に下りた肩の荷に、勝臣がホッと胸を撫でおろしながら医師の前の椅子に腰を下ろすと、男性医師は勝臣の手を両手で握ってウキウキと言った。
「ご懐妊、おめでとうございます」




