ショウシキュウの秘密・5
「おめでとうございます。双子ちゃんですよ。12週目です」
誠志郎とその隣に並ぶパソコンの画面に向かって、楢崎李果子医師は菩薩のごとく微笑んだ。
言われている意味が分からず怪訝な顔をする誠志郎の横で、匠海は画面の中から身を乗り出さんばかりだった。
『あの……!出産は……!?』
楢崎はほほ笑んだまま頷く。
「大丈夫。切開手術を行いますから、命に別状はありません」
『……よかった……』
あからさまに全身の力を抜くと、匠海はどさりと背もたれに寄りかかった。だがすぐにまた前のめりになる。
『誠志郎さん!誠志郎さん!?聞いてた!?赤ちゃんだよ!僕たちの赤ちゃんが出来たんだよ!』
まだ呆然と眉を寄せている誠志郎に、楢崎医師は画面を向けた。匠海の声に、誠志郎は弾かれたように目を開いた。
「あ、ああ……」
喜びと不安で曖昧に笑う匠海を見ても、まだ誠志郎は理解できない。揶揄われているとも、下手な嘘をつかれているとも思えない。でもまったく何を言われているのか理解できなかったので、とりあえず白衣を着た目の前の落ち着いた女性に訊くしかなかった。
「すみません。何をおっしゃっているのか、さっきから全然理解できないんですけれど」
匠海の顔がたちまち曇る。だが、楢崎医師は「わかります」とほほ笑んだまま頷いて、いくつかのファイルやタブレットを誠志郎に渡したのだった。
説明されても、こうして写真など見せられても到底信じられない。写真など正直AIで今どきどんなものでも作れるだろう。そもそも男性妊娠など絵空事。本当にあるのなら、国がどう隠そうとしたところでどこからなりと漏れ出てくるものではないのか。それこそ都市伝説などでいくらでも取り上げられそうな話題ではないか。
「信じられないのも無理はありません。ですが確かに私の父は祖父から生まれましたし、ここにいる松室医師もお父様から生まれたんです」
一片のほころびもないほど生真面目に楢崎は言う。
『信じられないかもしれないけど、僕のお父さんも亡くなったおじいちゃんから生まれてたんだ』
匠海まで真剣な顔で言い出した。誠志郎は大きく息を吐きながら両手で顔を覆い、身体を丸めた。そしてまた大きく息を吸いながら身体を起こす。しゃんと背筋を伸ばし、ジャケットを整え、改めて楢崎に向き合った。
「で?生理もないのに何故妊娠を?男が妊娠する仕組みとは?とりあえずそこから聞きましょう」
楢崎は重く頷いた。
肛門性交により前立腺に精子が紛れ込むことがあるという。男性妊娠の記録が残されてない今、どのくらいの確率でそれが起きるのか正確なデータは出せないというが、仕組みとしてはそうらしい。前立腺へ入った精子は精嚢を通り、そこから精巣へ。つまり射精とは逆方向へ、外から入って来た精子は道を辿る。精巣へ辿り着いた精子は、そこで相手の精子と結合し着床が完了するのだという。
「……精子同士で?」
「精子同士で」
胡乱な目をする誠志郎に、いたって真面目に楢崎は答える。
「男性妊娠が少ない理由として、まず前立腺に精子を受け入れる器官のようなものが備わっている人といない人がいるのではないかと思われています。それと、上手く精子が相手の胎内に入ったとしても、相手側の精巣に精子が残されていなかった場合は着床することができません」
「……なるほど……」
お互い立ち入ってはいけない微妙な表現に、誠志郎は無難な相槌を打つだけにしておく。
「精巣内で育ち始めた胎児は、精子を栄養とします。なので妊娠期間の夢精は一切ありませんし、自慰行為、および性交渉など、射精を伴う性行為は一切行うことはできません」
「精子が栄養!?」
画面の向こうの匠海も一緒になって叫んだ。
「はい。胎児の臍の緒は精巣に繋がっていますので」
『なんか共食いみたいでエグイ……』
青くなる匠海に楢崎は笑う。
「皆さん驚かれるんですけど、実際自慰行為や生殖を伴わない性行為をして、ティッシュと共に捨てられた精子に情けを掛けられた方はひとりもいらっしゃいませんでした」
そして「どうですか?」と言わんばかりにふたりの目を覗き込む。誠志郎も匠海も目を逸らすしかない。
「精子に遺伝子情報はあっても、意思や人格などはありません。特に恐ろしい話ではありませんよ」
ふと誠志郎が気づいた。
「『皆さん』ってことは、他にここで出産された男性が?」
「私がここを継いでからは5人いらっしゃいます。皆さんお元気です」
誠志郎は信じられないという顔をするが、匠海の顔には喜びがあふれる。
「ただ、男性としての機能は失います」
「え……」
また、誠志郎と匠海の声が重なった。
至って冷静に楢崎は続けた。
「陰嚢を切開して胎児を取り出す際に精巣も切り開きます。時間が立てば伸びた陰嚢部分はある程度元の大きさに戻りますが、戻らない場合は、希望があれば少し切除して、生活に差し障りのない大きさにすることはできます。ですが胎児と共に大きくなった精巣を故意に小さくすることはできないんです」
『別に大きいままでも……』
「臨月を迎えた睾丸は、最大40センチほどになります」
『「40!?」』
「新生児を取り出したあと、伸びた陰嚢と精巣がすぐに元の大きさに戻るわけではありません。こちらで出産された方で最長1年、もとに戻るまでと頑張られていた方がいらっしゃいますが、結局精巣ごと切除手術を受けられました」
『なんで……』
「股間が邪魔で、生活に支障が出てきたとおっしゃっていました。あと、勃起しなくなったと」
綺麗な女性から「勃起」と出ても、もはや照れる余裕も無くなった。
「慣れない子育ての影響ではないかと、こちらでもカウンセリング等いろいろと手は尽くしたのですが、やはり思うように精巣で精子が作られていませんでした」
『つまり……』
匠海はやるせない顔で横にいるであろう誠志郎を意識した。
『もう誠志郎さんとは……』
「性行為はできません」
楢崎医師は断言した。
誠志郎は感情のない顔で楢崎医師を見ていた。
ややあって、匠海が口を開いた。
『……堕胎は、できませんか……?』
楢崎の答えは努めて冷静だった。
「……したとしても、精巣が元の機能を取り戻すかは、前例が無いのでわかりません」
『……でも、産めば確実に……』
「生みます」
なんの迷いもなく誠志郎は言い切った。
『誠志郎さん!?』
「前例が無いってことは、堕胎した人はいなかったんですよね?」
「……そうです」
冷静に見えた楢崎の方が驚いているようだった。
「じゃあ、生みます。せっかく宿ってくれた命ですから。いや、まあ、全然信じられてないんですけど、先生と匠海が妊娠してるって言うんなら、生みますよ。ウソかホントか、付き合ってみます」
誠志郎はくすくすと笑いながら匠海が映る画面を自分の方に向けた。そして唇の端をうんと上に上げると、匠海の実家に行く予定を打ち合わせ始めた。




