ショウシキュウの秘密・4
特別内緒にしていたわけではないが、入社したときから女性の話はしないし合コンの付き合いも悪かったので周りは自然と察したようだった。
だから女性目的の飲み屋には誘われなかったし、むしろ男性ばかりのそういった店に連れて行かれた。大きなお世話とかそういうのではなく、単に同僚がそこの店子と仲が良かっただけで、飲みに行くだけでもなるほど性指向に関係なく楽しめる店だった。
雰囲気でわかるのか何度か粉を掛けられたこともあるが、同僚が一緒だったせいかまったくその気になれなかった。かといってひとりで店に来ようと言う気持ちにもなれず、もしかして自分は女性に興味が無いというよりも、性欲そのものが無いのかもとすら誠志郎は思えてきていた。
とても綺麗な青年が来るようになったと店で噂になっていた。春から大学生になったばかりの子だと。見ると本当に人目を引く美しさで、らしくもなく誠志郎は見とれてしまった。すらりとした長身に細身の筋肉。アイドルのような甘さではないくモデルというか彫刻というか、神々しいような美貌。「モテモテなのよ」と店子が耳打ちしてくるが、確かにそうだろう。近寄り難さもありながら、笑うとすっかり垂れる目につい引き付けられてしまう。常に5~6人の男たちに囲まれている彼につい老婆心が働いてしまいそうになるが、「大丈夫だから」と店子は笑う。見れば強引に彼を連れ去ろうとした男たちは、あっという間に彼に捻り上げられ足払いされ地べたに這いつくばっていた。慣れているのか店の中から拍手が起こり、彼は悠々とお辞儀をする。呆気に取られて見つめていると、彼は誠志郎の目を捕らえ優雅にほほ笑んだ。誠志郎はゆっくりと息を吸って、吐いた。肩の力が抜けた。自然と、笑えたような気がした。
人懐っこく自由で飾り気がなく、素直で正直で、彼、匠海は優しい子だった。匠海といると誠志郎も自由に、正直に、楽になれた。将来を共にするなら彼だと思った。彼でなくてはならないと思っていた。だが、たまに感じる匠海の心の澱。誠志郎にすら見せようとしない、奥深くに隠された澱。匠海のことはすべて受け入れるつもりでいた。誠志郎にはその覚悟があった。なにがあっても匠海と共に人生を歩むのだと。而してその澱は白日の下に晒された。のだが。
「……ん?」
思いがけず可愛く小首を傾げる誠志郎に、匠海は噛んで含ませるように、いたって真剣な表情で言った。
「妊娠、してるかもしれないんだ」
匠海は「落ち着いて聞いてね」と一応念を押したのだが、こんなこと落ち着いて聞いたところで飲みこめるはずがない。だが、説明しないと先へは進めない。
「……誰が?」
普通、女か!?俺以外に女がいたのか!?などと怒っても良さそうな展開なのだが、匠海への信頼が強すぎてそんな発想には至らない。かといって、よもや自分が妊娠しているとも発想が至らない。誠志郎は右から左へと首を傾ける。そんなあどけない仕草が可愛いななんて思ってる場合でもなく、匠海はなおも真剣に諭す。
「誠志郎さんが」
「……?」
自分で自分を指さしながら、今度は左から右へと首を傾ける。まあまあゴツイなりでキョトンとする誠志郎を抱き締めたくもあるが、匠海はそんな場合ではないと自制する。
「理解できないかもしれないけど、もしかしたら誠志郎さんは妊娠しているかもしれないんだ。だから、今から言う病院で検査して欲しい」
「……病院?……産婦人科?」
誠志郎の指が近くにある産婦人科を指しているのはわかった。だから匠海は首を横に振る。
「普通の病院に行ったらヤバいことになる。だから行かないで。父が信頼できる病院を教えてくれたからそこに。絶対他のところには行かないで。もし妊娠じゃなくって他の病気だったとしても、そこの病院ならちゃんと診てくれるから」
他の病気という言葉に反応したのか、初めて誠志郎が眉をひそめた。匠海は誠志郎の手を両手で握る。
「事情があって僕は一緒に行けないけど、結果がわかったらすぐに教えて。もし本当に妊娠してたら、すぐに僕の実家に行こう」
「え?ん?え?」
再び目が点になった誠志郎から手を離して、匠海は父から送られてきた病院の住所と地図を誠志郎のスマホに送る。そしてそのまま病院に予約の電話を入れる。父親の名を出すと、すぐに予約が取れた。匠海は誠志郎の前に跪き、またその手をスマホごと握りこんだ。
「明日の午前、予約取れたから。僕、結果待ってるから。わかったらすぐ教えて」
誠志郎は何ひとつ理解できないまま段取りは進んで行く。だが匠海の目は真剣だったので頷くしかなかった。
『絶対一緒には行くなよ』
念を押す父に、見えていなくとも匠海はスマホのこちらで強く頷いた。
男性妊娠をひたすらに隠し通す国は、近代まで男性妊娠の事例があったと憶測される匠海の故郷を秘密裏に監視していた。事実、父はもうひとりの祖父から生まれているわけで、実は父も祖父も国に収監される対象だったという。されなかったのはひとえに「自分が生んだ」と言い張った祖母と、口が鉄より硬い地元民たちの結束の賜物なのだそうだ。
遺伝的に、あるいは土地の風習的に男性妊娠が増えやすい傾向にあるこの地方の男性たちは監視対象であり、男性妊夫の子である疑いの濃ゆい父、そして匠海にはさらに厳しく監視の目が光っているのだという。
ただでさえ性指向が男性にある匠海は強く監視されている可能性が高い。もし万が一妊娠の兆候が見られたら、それだけで国に拉致されるかもしれない。
自分だけならいいと匠海は唇を噛む。腕に覚えもあったし、男性妊娠の事実を知っている自分ならどうにでも切り抜けられるような気がしていた。だが、妊娠したかもしれないのはよりによって一番大事な人。
『君が一緒にいたら、違う病気だったとしても妊娠と疑われて連れて行かれる可能性があります』
連行されて何をされるのかわからないと父は言う。ただの検査かもしれない。誰も帰って来てないから何が行われたか証言する人がいないという。
そんなところに誠志郎を連れて行かせるわけにはいかない。
離れるのはわずかな時間だ。帰って来たらすぐに実家に連れて行けばいい。誰も頼る人がいないここよりも、父や祖父のいる故郷の方が誠志郎を守れるだろう。
付き合わない方が良かったのかもしれない。匠海は心が折れそうになる。正直、本当に赤ちゃんができるとは思わなかったし、妊娠するとしても自分の方だと思っていた。その時は両親の庇護のもと、自分でどうにか対処しようと甘く考えていた。
こんなことに巻き込むくらいなら、知り合わなければよかったのかもしれない。
でも、と匠海は顔を手で覆う。
『赤ちゃんって……!』
覆った手の中でニヤけてしまう。
だが。男が妊娠するということは。
匠海はそのまま頭を抱えた。




