表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/11

第6話

 殺人鬼、なんてよく言ったものだ。実際この間あった出来事は殺人他ならないし、私は不幸にもその現場に居合わせて、その犯人と会話までした。あろうことか家にまで招いて、身体を重ねて、過ちと言うより同じような罪を背負った。

 常人の考えることではない。きっと冷静な人は皆同じようなことを言うのだろうし、私も仮に知人が似たような立場になっていたのなら、冷静になれと説教してしまうかもしれない。

 俯瞰すれば当然のことも、いざ当事者になると話が変わる、とはよく言ったものだ。


「……」


 カレンダーに視線を向けてから、時計を見る。本を読んで時間を潰していたけれど、時間が近づいてくるのを実感すると、どうしてもそちらの方に気が向いてしまう。

 約束した当日。紙で交わされた契約とはいえ、それを反故することだって、相手を考慮すれば十二分に考えられる話だ。それでも連絡手段を持たない私にとって、彼女が来てくれることを祈るようにここで待つことしかできないのが、何とも歯がゆい。

 あの日はあまりにも唐突な提案で、それをむしろ飲んでくれたことに嬉しくなって、連絡先を聞くのを忘れたことに気が付いたのが、彼女が帰ってからのこと。住所だけは伝えていたからこそ契約書が到着したとはいえ、今日のように当日の連絡ができないのはかなり不便だった。

 何もなければいいのだが。

 ――例えば、急な仕事を要したとか。

 ――例えば、あの日のようなことが起きたとか。

 色んな事を考えては、それを思案したってここで待っていることには変わりない。自分にできることは限られているんだと強く意識して、あえてそれから目をそらすように他のことに没頭する。それだって普段より長く続かなくて、悶々として――。


「……私らしくないわね」


 ぽつり、とこぼれた独り言は、もちろん誰にも拾われない。咳をしたって、嘆いたって、返事などあるわけがない。

 一人であることは、そういうことなのだから。

 悶々と、そして願い祈るような時間が続いて、何度目になるかわからない時計を見やれば、そろそろ約束の時間だった。

 窓の外を眺めていようか――いや、変に見ていて近所の人の噂にでもなったら面倒になる。私はともかく、彼女はこの辺り、いやそれ以上に顔も割れているしどういう人物かなんて知れ渡っている。そんな人物と密会しているだなんて噂が立てば、私も彼女も立場が危うくなってしまう。

 人気のない時間だとはいえ、全くないわけじゃない。万が一、億が一の可能性に頭を悩ませていると、遠くから控えめのノック。


『インターホンは目立つので、玄関を三回ノックする』


 鍵を持たないことを考慮された契約内容が頭をよぎり、その音を頼りに玄関へと向かう。このご時世、インターホンを鳴らさない方が目立つけれど、彼女の場合はきっとそっちの方が都合もいいのだろう。


「いらっしゃい」

「あぁ、邪魔する」


 扉を開けた先には今日の約束の相手が待っていて、顔を見るなり私は返事をするよりも先に彼女を家に招き入れる。扉を閉めて、鍵をかけて、そして出来上がるのは二人だけの空間。

 聖は私の顔を見るなりほっとした顔をして、その一瞬だけ見せた表情に私の心に絡んでいた糸がゆっくりと解けていく。きっとこれは私がこの間まであった真斗さんとの出来事を溶かしているのだろう、と我ながら都合のいい解釈だ。


「なんだ、私の顔に何かついてるか?」


 彼女から言われて、はっとする。少し困ったような顔をしていて、自分がそれくらいぼーっとしていたのかと思うと、少しだけ恥ずかしくなった。


「いいえ、少しぼーっとしてしまって。ごめんなさいね」

「いや、構わんが……体調が悪いとかなら、」

「大丈夫。そういうんじゃないの」


 まさか貴女が来るのを待っていたの、なんて言えない。まだであって二回目の女にそんなことを言われたって、聖を困惑させるだけだ。それは私としても本意じゃない。

 私のごまかしに、少し納得いっていない様子の聖だったが、リビングにつく頃にはいったん考えるのをやめてくれたのだろう、それ以上の追及がないことがせめてもの救いだった。


「そう言えば飲み物はどうする?」

「あぁ……コーヒーで頼む」

「ブラックでいい?」

「あぁ」

「わかったわ。少し待ってて」


 まだ落ち着かない聖に声をかけて、キッチンに立つ。彼女の返事を聞いて何事もなく作ろう――と思ったところで、少しだけ彼女の様子に変化があることに気づいた。

 僅かな変化、かもしれない。たかが飲み物の話だったけれど、聖の返事が少し物憂げ――というか、少しだけ不満があるような、そんな違和感。

 物は試しだ。もし違ったとしても飲めないわけじゃないだろうから――とブラックを所望した彼女のカップに砂糖とミルクを入れてみる。それも少し、というよりカフェオレに近いくらいの甘さに。もちろんそれとは別に自分用にと淹れたコーヒーも並べて彼女のもとに行けば、驚いたように目を開く聖がいた。


「ブラック、と言ったはずだが」

「えぇ。だからこっちはブラック。それとは別にいい豆があったから挽いてみたの。こっちはカフェオレの方が合うといわれたから」


 ただの勘違いなら別に構わない。ただそんな気がしただけだからと言って私が飲めばいいだけの話で、そうじゃなかったのなら思わぬ発見ね、と思うだけだから。

 そしてその予想はどうやら当たったようで――聖は私とカップを何度も見やってから、カフェオレの方へと手を伸ばす。一口飲んだ口元は緩んで、それが私の予想から大きく外れていないのだと確信させた。


「……美味い、な」

「お口にあったようで何よりよ。次もこれにする?」

「あぁ」


 緩んだのは口元だけじゃなく、彼女の纏っていたピリついた空気もだ。きっとここに来るまでの間もかなり気を張らせていたのだろうし、ほっと一息ついた姿を見て、私も思わず目元が緩むのを感じる。


「……由良は、私が甘いものが好きなことを知っていたのか?」


 お互いに喉を潤して、少しばかりの時間が経って。聖が口を開いたのは、きっとこのカップの答え合わせ。


「いいえ。なんとなくそんな気がしただけよ」

「本当か?」

「えぇ。さっき飲み物の話をしたときに、少しだけ渋そうな顔をしたからもしかして、ってね」

「……よく見ているな」


 感心、というか困ったように眉を下げるのは彼女の癖なのかもしれない。これで聖のことをまた一つ知れたわね、と笑えばそうだな、とぎこちない返事。


「あまり公言していないんだ、これについては」

「そうなの?」

「なんとなく、な。見栄、と言えばそれまでだしどうしようもないことだが……和菓子もそうだが、洋菓子には結構目がなくてな。たまに一人で買いに行っては外で食べたりしているよ」

「あら意外。他の人に買ってきてもらったりしてないの?」

「少なくともうちの組員は知らないよ。甘いものじゃなくとも飲めるし、外では実際ブラックを飲むし」

「でもこっちの方がいいの?」

「あぁ……若干子供舌なところがあるから」


 苦笑いをしながら話す彼女は年相応――というか、それ以上に幼く見える。年下だから、というだけではないそれに、私も思わず微笑んでしまった。


「それじゃあここにいるときは聖の好みに合うものを用意しておくわね」

「そこまでしなくても……まぁ、そうしてもらえたら助かるな」


 他愛ない会話。そこにある確かな優しい空間は、私たちの間に存在する空気を少しずつ変えていく。初対面の時のようなピリついた空気じゃなくて――

 ふと、視線が彼女の頬に移る。先日の細かい傷はなくなっていたけれど、あの時危惧していた深い傷。聖の前髪に隠れてよく見えなかったが、そこには数本の茨があった。


「聖、それ」

「ん? あぁ、これか」


 驚いた私がそこに触れると、思い出したように聖は笑う。


「よくできてるだろう? 腕のいい彫師がいてな。やってもらったんだ」

「カバーアップタトゥー、っていうのかしら」

「あぁ。この傷の出来事を忘れないように、って意味を込めて」


 優しくなぞる彼女の手は私の少しだけ震えていた手に重ねる。目の奥にあったやりきれない感情には目を伏せて、美しく昇華された傷を眺めた。


「それくらい、大切な人だったのね」

「まぁな……もう、後悔しても遅いんだが」


 寂しさと、悔しさとが混ざっているのに、確かにある芯の強さは前を向いている。

 私と似ている、なんていったあの日の自分を叱責したくなるほど、聖は強い人だった。


「本当、聖はすごいのね」

「あまり褒められても何もないよ」

「ううん、これは本心よ。――素敵な人だ、って思ったあの時の私は間違いじゃなかったわ」


 同時に、あの日に自分が感じた率直な感情も間違いじゃなかったと思えた。

 誰かのために、なんて高尚な意味じゃない。自分のためにしたことが、きっと彼女の周りの人も救っているのだろう。

 それは、私も――


「……あんまり見るな」


 ふと、聖の目に少しの動揺が見える。どうしたの? と聞こうとした私の唇は、そのまま近づいてきた彼女によって言葉を並べることは叶わなくて、同時に私の鼓動がとくん、と強くなった。


「そんな熱視線向けられたら、こうもなる」

「……いいのに」

「そんな節操なしのつもりじゃないんだが」

「聖は私を大切にしてくれる。そうでしょう?」


 私の問いに、聖の答えはない。代わりに私を強く抱きよせてくれた腕が応えてくれた。同じ女性だけれど、たくさんのものを抱え、背負ってきたであろう身体は正直で、彼女から感じるのは不安や恐怖ではなく、確かな庇護の意志。


「ねぇ、もう一つの条件、覚えてる?」

「もちろんだ」

「それじゃあ、続きはベッドで、ね?」


 甘い言葉に、聖も笑う。手を引いて、向かう先で起こることは、きっと二人とも理解している。理解しているからこそ、この胸の高鳴りはいつもより強いのだ。


「大事にしてね」

「もちろんだとも」


 優しい目に宿る獣を起こして、私を抱いて、貴女で私を満たしてほしい。

 この人の腕の中にいる自分は、何者でもない、ただの金杉由良という女だから、

先週は筆者の体調不良(扁桃炎)にて配信ができず、更新できませんでした。

そちらの振り替え分に関しましては、後日振り替え配信を行いながら更新する予定です。詳細については作者のX( https://x.com/karinn5272 )にて発信いたします。


皆さんも、季節の変わり目の温度差には気を付けましょうね!!(数年ぶりの発熱でうなり散らした作者より)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ