表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/11

第5話

 世羅の家からバイクで走らせること数十分、世羅の家からそのまま行ってもよかったのだけれど、敢えて自宅を経由して遠回り。予定の時間の10分前に到着すれば、彼の姿は店内にはなかった。それに対してどうこういうわけではない。

 いつも通り、なのだから。

 そこそこな頻度で利用していることもあってか、店主さんは私の顔を見るなりあぁ、と軽く会釈をしていつもの席に案内してくれる。「お二人様でよろしいですか?」と改まって聞いてくれる気遣いに頷いて待っていれば、待ち合わせ時間の5分前にカランコロン、と音を鳴らして一人の人影がこちらに迷わず向かってくる。

 数人いる他のお客さんは、彼の方を一度は振り返るだろう。装いは清潔で、男性としての頼りがいのありそうな背中、そして何より好青年をそのまま大人にしたような整った顔立ちは特に女性たちの視線を集めるのはいつものこと。


「やぁ、待たせて悪いね」


 そんな彼は迷うことなくこの席にやってきて、私の向かい側に座る。目くばせして店主さんを呼ぶと、軽い注文を二言三言話しながらすれば、やがてその視線は私の方へと向けられる。

 待たせて悪い、と言う割にはその目はちっとも思っていない。彼なりに体裁を整えているつもりなのだろうけれど、私にあけすけでは意味がないように思えてしまうし、それをわかった上で私の反応も楽しんでいるのだと思うと心の奥に押し込めている嫌悪感が募り始めてくるのを感じてしまう。それに仮に私の方が遅く来たら、彼は間違いなく機嫌を損ねるし、機嫌を損ねた後の対処の方が面倒だということも、私はよく知っている。


「いいえ、そんなに待ってないので」

「そうかい? ……あぁ、コーヒーの減り具合的にもそうだろうね」


 それに、こういう周囲の機微にも聡いのが問題だ。変化を機敏に察知して、それを敢えて口にする。嫌味の塊ね、と心の中で何度繰り返したのか、もう忘れてしまった。


「それで、何かありましたか?」


 こういう時は早めに本題に入るのが一番だ。なるべく顔に出さないようにと心がけながら本題を振ってみるが、彼は私の方をじっと見やると、やれやれ、といった顔を見せる。


「そんな邪険にしなくたっていいじゃないか。顔に出てるぞ、由良」

「あら……ごめんなさい、そんなつもりじゃなかったのだけれど」

「由良はそういうところがあるよな、俺に対してだけなのか?」

「あまり意識してないので」


 彼の視線が鋭く刺さる。それに苦笑いをしながら生返事をすることくらいしかできなくて、それが彼の何か癪に障ったのか、眉間に小さくしわを寄せる。


「意識せずにそれなら、あまりよくないぞ。せっかくいい顔なんだからもったいない」


 眉根をひそめ、私を気遣ってくれているようにも聞こえるそれに、私はそうですね、すみません、と彼の機嫌を損ねない言葉を選んでいく。


「真斗さんはいつも私のことを気遣ってくれますね、ありがとうございます」

「いやいや、婚約者なんだから当然だろう」


 彼の口から出てきた婚約者、という言葉に背筋に鳥肌が立ったが、真斗さんはむしろ逆で愉悦に浸っているような表情を見せた。

 目の前の男――藤嶺真斗。世羅の兄であり、金杉の本家と藤峰の分家、という間柄であり、幼馴染でありながら家同士の決めた婚約者でもある。父親からしたら本家に私と言う女性一人しか生まれなかったことを危惧して、分家の人間を婚約者に据えたいというのは当然のことなのだろう。そして真斗さんもそれにあやかって、婚約者という関係に落ち着いているわけだ。


「それに、そろそろ身を固めてもいいんじゃないかと思うんだが」

「……まだもう少し、社会の見聞を広げたいですし」

「そうは言ったってもう由良も34になる。俺も35になるし、親父たちからも早く結婚しろとうるさいんだよ」

「そう、ですね……。ただ、貴方の会社が軌道に乗るまでは、という話でしたから」

「ふむ……その話なんだが、」


 とたんに真斗さんの声色が小さくなる。明らかに自分に都合の悪い話だと声を潜めるのは周りから見ても明らかじゃないか、とも思うのだが、こういう時の話を聞いてあげなければもっと機嫌を損ねてしまうのも目に見えているから、ぐっとこらえて彼の言葉を待つ。


「この間、由良が言っていた話を進めたんだ。そしたらうまく行ったんだが」

「えぇ」

「今後の投資先について、少し知恵を貰えないか」

「またですか?」

「仕方ないだろ、現場の状況を見た時に、かなり古くなっていたから買い替えようと思ったんだ」

「古くなった機械……あぁ、あの」


 彼が経営している会社についての相談。こうして定期的に会って話をするのは、彼が運営している子会社についての話ばかりだ。元は金杉の会社の一つだったが、私と婚約するにあたって譲り受けたうちの一つ。この会社を大きくすることで私との結婚が叶う、というわけなのだが。


「由良もわかるだろ。あれはもう寿命だ」

「あれは従業員さんがやりくりしていて、下手に変えるとむしろ効率が落ちるといってましたけど」

「そうだったとしても、全体効率が上がる方が優先するべきだと思うんだが」

「だったとしても、それを使う人の効率を重視しないと生産性が伸びることもありませんし」


 ……何しろ、彼は正直商才がない。変な影響をすぐに会社に反映しようとするし、そこに従業員の生活などは考慮されていない。完全にワンマンで成り立ってしまっている。

 このままでは会社がつぶれてしまうから、と私がこうして助言をすることで保てている、というわけだ。


「ふむ……ではこのあたりの話はまた別、か」

「現状でも黒字ではありますから、まずは――」


 いくつかの案を出しては、それをメモする。一つ年上とは思えないな、と喉元まで出るけれど、その言葉はぐっと飲みこんだ。


「うん、これで行こう。……わかってると思うが、」

「言いませんよ。あくまでも私は助言しているだけで、最終決定は真斗さんですから」


 そう。あくまでもこれは私が彼にした助言に過ぎない。下手に私が関わっていることがわかれば、私の両親――特に父親の機嫌が悪くなるからだ。それは即ち金杉家の現当主の機嫌を損ねたことになり、たとえ私の婚約者であろうともどんな未来が待っているのかは考えたくない、と思う。私としては歓迎なのだが、少なくとも私の婚約者で居続けることは難しいことは間違いない。


「あくまでも由良は俺の補佐、だから」


 彼は呟くように繰り返す。私と言う存在をどう扱っているのかなんて、考えるだけで反吐が出そうになる。

 藤嶺真斗、という男にとって私――もとい女性全員はただの駒に過ぎない。私はできる駒で、自分の思い通りになるから、そして何より本家の人間で、自分が本家の人間になれるチャンスのための材料でしかない。

 そこに、彼個人の感情はどこにもない。

 たとえあったとしても、私の気持ちは一度として彼の方になんて、向いたことはないのだ。

 顔もいい、家柄と言うバックアップもある。世の女性にとってはいわゆる玉の輿で、誰もが憧れるような存在なのかもしれないが、私にとってはそんな飾りはいらない。

 ――身体はどうだ

 ――悪いな、こんなもの見せてしまって

 ――あそこであったことも、この家で明かした夜も、これっきりだ。由良はすべてを忘れて今まで通りの生活に戻れ

 比較するように思い起こされるのは、あの夜であった聖の姿と言葉。彼女はどこまでも自分より私のことを大切にしてくれていて、それは言葉の端々から伝わってきたし、私はそれを心地いいと思っていた。

 大切にされている、と強く実感できるから。なんて、それこそ私も他の女性と何も変わらないのね、と思わずにはいられない。


「婚約に関しては、経営が数年黒字が続いたら、と言うお話はお忘れではないですよね」

「わかってるよ。だからこうして仕事をしてるわけだろ」


 私の言葉に呆れた声で返事する真斗さんに、私の方こそ呆れてしまいそうだ。妹の世羅はこういうところが兄さんの嫌いなところ、と眉間にしわを寄せていたが、こういう姿はさすがに見慣れた私にとって、今更どうこう思うこともない。


「……あぁ、そういえば」

「まだ何か?」

「最近このあたりで殺人事件があったらしい。確か由良の家の近所だったはずだが」

「あぁ……」


 まさか彼がその話題を振ってくるとは思っていなくて、声が少しだけ震える。聖とのことなんて知られたら引っ越しもしないといけない、とかいろいろ話が出てきそうだし、それよりなによりあの夜私が関わったことを悟られるのが一番都合が悪かった。

 だけど、人の変化に敏感なのは彼も同じなようで。私の方をじっと見てから目を細め――核心をついてきた。


「由良、何か知ってるのか」

「どうして?」

「明らかに顔がこわばったし、声も少し震えてる。――もしかして現場の近くとか、」

「行きませんよ。事件に関しては翌日に近所で話題になりましたし、その時間私は家にいましたし。それに、そんな事件は関わりたくもありません」


 はっきりと、断言する。変に感くぐられてはいけないと。そのためにはここでその存在を否定しなければならないと。

 いつも通りの視線で彼に告げれば、少しだけ考えた素振りを見せてから「そうか」とだけ。納得いってないような顔もしていた気がしたが、それ以上の追及は今日のところはないようだった。


「まぁ、危ないと思うから、家の方まで送るよ」

「大丈夫です。今日もバイクで来てますから」


 時計を見れば、いつもの終わる時間に近い。飲み終わったコーヒーカップの横に自分の代金を置いて立ち上がれば、後ろから追いかけてきそうな気配を感じたから、振り返れば私の方に手を伸ばしそうになっている真斗さんと目が合う。


「今日はこの辺で。それこそ殺人鬼さんが近所にいるかもしれませんから」

「だから、」

「さすがにバイクなら追い付きませんよ。大丈夫です」


 今の私ができる最大の笑顔を振りまいて、カフェを後にした。





 考えるべきは、きっとこんなことじゃないのかもしれないけれど。


「……聖に会いたい」


 バイクにまたがり、ヘルメット越しに呟いて頭に浮かんだのは、あの夜の殺人鬼のことだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ