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短編

悪役令嬢は台本を読み上げない

作者: 河合ゆうじ
掲載日:2025/11/11

「——ローゼマリー・フォン・グランツ公爵令嬢!」


 王立学院・大食堂の真ん中で、第一王子アレクシス殿下が立ち上がった。

 銀器の音が止まり、視線が一斉に集まる。


「貴様が婚約者であるこの僕に隠れて、平民出の聖女エミリアを虐げ続けた罪は、すべて明らかになった!」


 ……はい出た、婚約破棄テンプレ台詞。


 わたくしローゼマリーは、手元のティーカップをソーサーに静かに戻し、心の中で拍手した。


(あー、とうとう始まったわ。前世の乙女ゲームだと、ここから私がヒステリー全開で聖女をビンタして、公開処刑。で、宰相あたりのハゲデブじじいに押し付けられるんだったわね)


 ご安心ください。


 ビンタする気も、処刑される気も、じじいに嫁ぐ気も、一ミリもございません。


「ローゼマリー、言い訳はあるか!」


 アレクシス殿下がビシィッと指を突き付けてくる。

 横には、ふわふわ金髪ゆるふわドレスのエミリア嬢。今にも泣き出しそうに潤んだ瞳で、完璧な「守ってあげたくなるヒロイン」顔だ。


(うんうん、ビジュアルは100点ね。中身は……昨日、購買で他人のパン代をごまかそうとしてたの見てるけど)


 わたくしは優雅に立ち上がり、スカートの裾をつまんで一礼する。


「殿下。まず一つ、よろしいでしょうか?」


「ふん、命乞いか? 聞くだけ聞いてやろう」


「あの。わたくしの名前、“フォン”ではなく“ツー”でございます」


「……は?」


 食堂に、変な沈黙が落ちた。


「正式には『ローゼマリー・ツー・グランツ』、二番目のローゼマリーという意味でして。“フォン”は父ですわ。台本の字、潰れてませんでした?」


 アレクシス殿下の手に握られた紙切れが、びくりと揺れた。


「なっ……!?」


(あ、図星)


 食堂の隅の席から、小声が上がる。


「おい、やっぱ台本持ってんな」

「見えた見えた、『ここで高笑い』って書いてあるとこ」


「「えっ」」


 アレクシス殿下と隣のエミリア嬢の顔から、みるみる血の気が引いていく。


 ——作者さん、会話率しっかり上げていきますね。


「ローゼマリー! 貴様、舐めているのか!」


「舐めておりません。殿下。事実確認をしているだけですわ。続けてどうぞ」


 殿下は咳払いし、紙を睨みつけながら続ける。


「こ、こほん……貴様はエミリアの机にカエルを入れ、紅茶に毒を入れ、階段から突き落とし、取り巻きと共に笑っていた!」


「ひどい……っ、ローゼマリー様……どうして……っ」


 エミリア嬢が、教本通りの泣き真似で訴える。


 はい、ここ。


 私は手を挙げて遮った。


「では一つずつ確認いたしましょう」


「なっ、質問する権利など——」


「ありますわ。殿下がその台本の一番下にサインなさっている書類、その上部にこうございますでしょう?」


 殿下の手元にある紙束を指差す。


「『本件、王家および学生会立会いの公開弁論の形式をもって執り行う』」


「「「……えっ?」」」


 周囲がざわつく。


 ゲームと違うところ、その一。わたくしは前世の知識をフル活用して、この世界の「紙文化」と「殿下の国語力の低さ」を利用している。


 昨日、殿下が「断罪劇の台本」を持ってこっそり学生会室に印刷依頼しに来た時、ちょうど会長代理として私がいた。

 中身を確認すると、まあ、酷い。

 誤字脱字オンパレード、公文書式ゼロ、証拠書類もない。


 ので、

「こういう正式な場で使うなら、こちらのフォーマットに書き直した方がよろしいですわ」

と善意100%のふりをして、「公開弁論」「証拠提出」「署名必須」の条項を、全部、テンプレートに埋め込んで差し上げた。ついでに、フォントサイズ小さく。


 もちろん殿下は読んでいない。読んでいたらこの場に立っていない。


「まず、カエル事件。エミリア様」


「ひっ……」


「机に入っていたカエル、どなたがお持ちになったのか、ご記憶は?」


「ローゼマリー様の取り巻きの方が、その……」


 私はすぐ横のテーブルの少年に視線を向けた。

 バカですが根はいい子、わたくしの元取り巻きその1・ディルク。


「ディルク」


「は、はいっ!」


「あなた、あのカエルの出所、皆さんにご説明してさしあげて?」


「え、あの、その……エミリア様に“生き物に慣れたいから、怖くないカエルさん欲しい”って言われて、森で捕まえて、渡しました……」


「……」


 食堂が「えっ?」で埋まった。


「そ、それはっ、そのあとローゼマリー様が“机に入れて差し上げなさい”って言って……!」


「言ってません」


「言ってました!」


「言ってません。代わりにこう申しました。“生き物はきちんと手で触れるようになってから飼いましょうね”」


 隣の席の生物教師が、こくこく頷く。


「言ってたー。わしもいたー」


「うわぁ……」


 ささやきが漏れる。


「次。毒の件。エミリア様、その紅茶を用意したのは誰?」


「……メイドさん、です……」


「この学院では、王族と公爵家以外の生徒への飲食物は、必ず共用の給仕係が淹れますわね?」


「せ、そうです……」


「毒見は?」


 給仕係のメイド達が、一斉に前に出てきて胸を張った。


「お茶は全て我々が同じポットから注ぎ、まず我々自身が飲んでおります!」


「エミリア様だけが“毒”だったというのなら、それは——?」


「全員毒のはずですねー」

「私たち今、生きてまーす」


「…………」


「ちなみに、そのとき殿下が『味が変だ』とおっしゃって取り上げられたため、エミリア様は一口も飲んでおられません」


 メイドさん、ナイス。


「つ、次は……か、階段だ! 階段から突き落とした!」


 アレクシス殿下が紙をめくる。エミリア嬢が「そうです、背中を押されて——」と乗ってくる。


 私はその瞬間、大食堂の隅に向かって指をさした。


「監視水晶、再生」


 壁に埋め込まれた青い魔道具が、ぱちん、と音をたてて光る。


 生徒達の頭上に、透明なスクリーンのような映像が浮かび上がった。


 そこに映っていたのは——


『きゃああああああああっ!!』


『うわ!? 自分で足滑らせただろこれ!?』


 ……段差三段目で派手に転がるエミリア嬢と、その横で「大丈夫ですか」と必死に手を伸ばす、青銀髪の侯爵令息ノア。


「…………」


「…………」


「エミリア様、自分で裾を踏んで転んでらっしゃいますわね?」


「ちがっ……これは、その……ローゼマリー様が、前日に階段を……!」


「磨いてくださった掃除係が泣きますわよ」


 掃除当番の下級貴族たちがいっせいに手を上げる。


「わ、俺らいつもと同じ洗浄魔法かけただけですけど」

「ローゼマリー様、磨いてないっすよ」


「……」


 情報・証拠・ログ。文明の利器は、嘘つきには優しくない。


「さらに申し上げますと、殿下」


「な、なんだ!」


「わたくし、ここ一ヶ月ほどエミリア様と“会話しておりません”」


「は?」


「学院長のご指示で、“王太子殿下と聖女候補に、婚約者という立場で圧をかけないように”と、わたくしの方から距離を置いておりますの。殿下も同席されておりましたでしょう?」


「……あ、ああ……?」


(完全に忘れてるわね)


 ここまでで、食堂の空気はだいたいこうなっている。


 王子: 顔芸大会。

 エミリア: 青ざめてガクガク。

 モブ: 目を輝かせて「面白くなってきやがった」。

 教師陣: 「あーあ……」って顔。

 騎士: 「またか」って顔。


 まだ終わらない。


「では逆にお伺いいたしますわ、殿下」


「……な、なんだと!」


「殿下がエミリア様を『聖女』と呼ぶ根拠をお示しくださいませ」


「え、えっと、それは、その……」


 エミリア嬢が慌てて前に出る。


「わ、私には“浄化”の力が……!」


「うふふふふふ。先日、温泉街で“浄化”と称して共同浴場の湯を全部蒸発させ、観光客からクレームが入りましたわね?」


「や、やめてくださいローゼマリー様っ」


「国庫からの賠償金、誰が出したかご存じで?」


 ちら、と視線を王族席に向ける。

 国王陛下と王妃殿下が、こめかみを押さえていらっしゃった。


「あっ……」


 アレクシス殿下の首が、ぎぎぎ、と王族席に向く。


 国王陛下、静かに立ち上がる。


「アレクシス」


「は、はひっ!」


「お前は、また書類を読まずにサインをしたな?」


「えっ」


「さきほどローゼマリー嬢が指摘したその紙は、『公開事実確認の許可願い』だ。断罪ショーではない」


「そ、そんな! だって宰相も——」


 宰相閣下がすっと横から出てきた。つるんと見事なスキンヘッドをきらりと光らせて。


「第一王子殿下。私は“何度も”申し上げました。“原稿は事前に法務官とローゼマリー嬢に確認してもらいなさい”と」


「……聞いてない……」


「聞いてませんでしたね」


 ざわ……と笑いが走る。


「ちなみにローゼマリー嬢は、一切この件への処罰免除を求めてこなかった。求めてきたのは、『この学園での王家・公爵家の振る舞いに関するガイドライン整備』だけだ」


「えっ、そうなの?」


 後ろの方で、さっきまで実況していた男子生徒が言う。


「マジで……格が違う……」


「というわけで」


 私は、ここでようやく一礼した。


「殿下。わたくしからの『婚約解消のお願い』を、今この場で正式にお受けいただけますか?」


「は?」


「そもそもこの婚約は、先王陛下と先々代グランツ公爵間の政略に基づいたもの。殿下がエミリア様をお選びになりたいのであれば、わたくしを拘束し続ける理由はございません。ただし」


 場が静まり返る。


「王家のご威光を振りかざしての“冤罪ショー”は、ご遠慮願いたいのです。国際問題になりますので」


「……」


 殿下の顔がみるみる真っ青から真っ赤、真っ黄と忙しい。


 国王陛下が、ため息をついた。


「……アレクシス。ローゼマリー嬢の申し出を受けろ」


「で、ですが父上!」


「ここで受けねば、お前の軽率さの責任は“王家全体”が被ることになる。ローゼマリー嬢は、その盾になる義理はもうあるまい」


 的確。


 アレクシス殿下は震える声で言った。


「……ローゼマリー・ツー・グランツ。僕は……ぼ、僕との婚約をここに解消する!」


「ありがたく、お受けいたしますわ」


 ぱちぱちぱち、と誰かが拍手した。

 それが連鎖して、気づけば大食堂は拍手と笑いで満ちていた。


「おおお……」

「やったー!」

「令嬢すげえ……」


「な、なんでお前ら拍手してるの!?」


 エミリア嬢が叫ぶ。


 一番後ろの席の女生徒が、ひょいと手を挙げた。


「だってさー、殿下ずっと授業サボってエミリア様追いかけ回してたじゃん。ローゼマリー様の方がずーーっと学院の運営回してたよ?」


「図書室の予算増やしてくれたのローゼマリー様だし」

「奨学生制度作ったのもローゼマリー様だし」

「エミリア様は……えっと……温泉を蒸発させた?」


「比べるのやめなさい」


 私は苦笑した。


「殿下」


「……」


「エミリア様とお幸せに。くれぐれも、公務はお忘れなく」


「……ご、ごめん」


 か細い謝罪が聞こえたので、一応、頷いておいた。


(まあ、前世の王子よりはマシね。反省するだけ)


 ——さて、ラストスパート。


 宰相閣下が一歩前に出る。


「国王陛下。グランツ公爵家としては、今回の件を受け、ローゼマリー嬢を王都に縛り付けるより、むしろ——」


「うむ。辺境開発総監、《魔導通信・監査・教育》の全権を委ねるのがよかろう」


「……へ?」


 私がぽかんとする番だった。


「ローゼマリー嬢。そなたが作成した“学園ガイドライン案”、“公文書テンプレート”、“監視水晶の運用規定案”、全部読ませてもらった。あれを国全体に広げたい」


「ちょ、ちょっと待ってください陛下、それ褒め言葉でよろしいのですよね?」


「もちろんだとも」


「ついでに王家・貴族の勉強会もお願いしたい。特に書類の読み方を」


 国王陛下と宰相閣下の視線が、同時にアレクシス殿下に刺さる。


「……はい」


 殿下、小さくなった。


「給金は?」

「王家上級顧問相当で」

「予算は?」

「足りなければ、エミリア……いや、“聖女様”による温泉蒸発賠償分から回そう」

「いいですねそれ」


「ちょっと!!?」


 エミリア嬢の悲鳴は、ざまぁ枠なのでサービスで入れておく。


 私は深く一礼した。


「栄誉あるお役目、喜んでお受けいたしますわ」


 これで、よし。


 王妃の座も、中年じじいも、死亡フラグも回避して。

 手に入れたのは、自分で選んだ仕事と、自由と——


「ローゼマリー」


 背後から、静かな声がした。


 振り向けば、青銀髪の侯爵令息ノア・ベルンハルト。

 さっきの階段映像でエミリアを助けていた彼だ。


「あの、その……さっきの、すごかった。前向きな打算も含めて言うけど、うちの領地の経営、一緒にやってみない?」


「は?」


「今の話聞いてた。君、絶対こっち側の人間だと思う。真面目で、抜け目なくて、ちょっと性格悪いけど根はいい」


「ほめてます? それ」


「全力で。あと、個人的にずっと好きだった」


「公開で言います?」


「今まで言えなかったから」


 周囲「うおおお」「告白だー!」


 私?

 笑ってしまった。


「じゃあ一つ、条件がございますわ」


「何でもどうぞ」


「書類は、全部読みなさいまし」


「……努力します」


「努力ではなく、義務ですわよ?」


「はい。ローゼマリー先生」


 いい返事だ。


 婚約破棄ショーのはずが、何故か就職とプロポーズの場になっているのは、まあ、よくあること。


 ——こうして、わたくし悪役令嬢ローゼマリーは、


・バカ王子から解放され、

・冤罪も晴れて(そもそも成立してないけど)

・国家デジタル……じゃなかった魔導行政改革のトップに就任し、

・読める男と辺境開発に乗り出すことになった。


 観客席のモブ達が、ひとり、またひとりと★ボタンを押す幻が見える。


 めでたし、めでたし。

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― 新着の感想 ―
ひどいざまあもなく正しく全てがオチたお話、のちに教科書に載ってもいいくらいの素敵エピソードですわねえ。 >真面目で、抜け目なくて、ちょっと性格悪いけど根はいい 世の理を手に何でも回せる方ですわ、国も辺…
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