悪役令嬢は台本を読み上げない
「——ローゼマリー・フォン・グランツ公爵令嬢!」
王立学院・大食堂の真ん中で、第一王子アレクシス殿下が立ち上がった。
銀器の音が止まり、視線が一斉に集まる。
「貴様が婚約者であるこの僕に隠れて、平民出の聖女エミリアを虐げ続けた罪は、すべて明らかになった!」
……はい出た、婚約破棄テンプレ台詞。
わたくしローゼマリーは、手元のティーカップをソーサーに静かに戻し、心の中で拍手した。
(あー、とうとう始まったわ。前世の乙女ゲームだと、ここから私がヒステリー全開で聖女をビンタして、公開処刑。で、宰相あたりのハゲデブじじいに押し付けられるんだったわね)
ご安心ください。
ビンタする気も、処刑される気も、じじいに嫁ぐ気も、一ミリもございません。
「ローゼマリー、言い訳はあるか!」
アレクシス殿下がビシィッと指を突き付けてくる。
横には、ふわふわ金髪ゆるふわドレスのエミリア嬢。今にも泣き出しそうに潤んだ瞳で、完璧な「守ってあげたくなるヒロイン」顔だ。
(うんうん、ビジュアルは100点ね。中身は……昨日、購買で他人のパン代をごまかそうとしてたの見てるけど)
わたくしは優雅に立ち上がり、スカートの裾をつまんで一礼する。
「殿下。まず一つ、よろしいでしょうか?」
「ふん、命乞いか? 聞くだけ聞いてやろう」
「あの。わたくしの名前、“フォン”ではなく“ツー”でございます」
「……は?」
食堂に、変な沈黙が落ちた。
「正式には『ローゼマリー・ツー・グランツ』、二番目のローゼマリーという意味でして。“フォン”は父ですわ。台本の字、潰れてませんでした?」
アレクシス殿下の手に握られた紙切れが、びくりと揺れた。
「なっ……!?」
(あ、図星)
食堂の隅の席から、小声が上がる。
「おい、やっぱ台本持ってんな」
「見えた見えた、『ここで高笑い』って書いてあるとこ」
「「えっ」」
アレクシス殿下と隣のエミリア嬢の顔から、みるみる血の気が引いていく。
——作者さん、会話率しっかり上げていきますね。
「ローゼマリー! 貴様、舐めているのか!」
「舐めておりません。殿下。事実確認をしているだけですわ。続けてどうぞ」
殿下は咳払いし、紙を睨みつけながら続ける。
「こ、こほん……貴様はエミリアの机にカエルを入れ、紅茶に毒を入れ、階段から突き落とし、取り巻きと共に笑っていた!」
「ひどい……っ、ローゼマリー様……どうして……っ」
エミリア嬢が、教本通りの泣き真似で訴える。
はい、ここ。
私は手を挙げて遮った。
「では一つずつ確認いたしましょう」
「なっ、質問する権利など——」
「ありますわ。殿下がその台本の一番下にサインなさっている書類、その上部にこうございますでしょう?」
殿下の手元にある紙束を指差す。
「『本件、王家および学生会立会いの公開弁論の形式をもって執り行う』」
「「「……えっ?」」」
周囲がざわつく。
ゲームと違うところ、その一。わたくしは前世の知識をフル活用して、この世界の「紙文化」と「殿下の国語力の低さ」を利用している。
昨日、殿下が「断罪劇の台本」を持ってこっそり学生会室に印刷依頼しに来た時、ちょうど会長代理として私がいた。
中身を確認すると、まあ、酷い。
誤字脱字オンパレード、公文書式ゼロ、証拠書類もない。
ので、
「こういう正式な場で使うなら、こちらのフォーマットに書き直した方がよろしいですわ」
と善意100%のふりをして、「公開弁論」「証拠提出」「署名必須」の条項を、全部、テンプレートに埋め込んで差し上げた。ついでに、フォントサイズ小さく。
もちろん殿下は読んでいない。読んでいたらこの場に立っていない。
「まず、カエル事件。エミリア様」
「ひっ……」
「机に入っていたカエル、どなたがお持ちになったのか、ご記憶は?」
「ローゼマリー様の取り巻きの方が、その……」
私はすぐ横のテーブルの少年に視線を向けた。
バカですが根はいい子、わたくしの元取り巻きその1・ディルク。
「ディルク」
「は、はいっ!」
「あなた、あのカエルの出所、皆さんにご説明してさしあげて?」
「え、あの、その……エミリア様に“生き物に慣れたいから、怖くないカエルさん欲しい”って言われて、森で捕まえて、渡しました……」
「……」
食堂が「えっ?」で埋まった。
「そ、それはっ、そのあとローゼマリー様が“机に入れて差し上げなさい”って言って……!」
「言ってません」
「言ってました!」
「言ってません。代わりにこう申しました。“生き物はきちんと手で触れるようになってから飼いましょうね”」
隣の席の生物教師が、こくこく頷く。
「言ってたー。わしもいたー」
「うわぁ……」
ささやきが漏れる。
「次。毒の件。エミリア様、その紅茶を用意したのは誰?」
「……メイドさん、です……」
「この学院では、王族と公爵家以外の生徒への飲食物は、必ず共用の給仕係が淹れますわね?」
「せ、そうです……」
「毒見は?」
給仕係のメイド達が、一斉に前に出てきて胸を張った。
「お茶は全て我々が同じポットから注ぎ、まず我々自身が飲んでおります!」
「エミリア様だけが“毒”だったというのなら、それは——?」
「全員毒のはずですねー」
「私たち今、生きてまーす」
「…………」
「ちなみに、そのとき殿下が『味が変だ』とおっしゃって取り上げられたため、エミリア様は一口も飲んでおられません」
メイドさん、ナイス。
「つ、次は……か、階段だ! 階段から突き落とした!」
アレクシス殿下が紙をめくる。エミリア嬢が「そうです、背中を押されて——」と乗ってくる。
私はその瞬間、大食堂の隅に向かって指をさした。
「監視水晶、再生」
壁に埋め込まれた青い魔道具が、ぱちん、と音をたてて光る。
生徒達の頭上に、透明なスクリーンのような映像が浮かび上がった。
そこに映っていたのは——
『きゃああああああああっ!!』
『うわ!? 自分で足滑らせただろこれ!?』
……段差三段目で派手に転がるエミリア嬢と、その横で「大丈夫ですか」と必死に手を伸ばす、青銀髪の侯爵令息ノア。
「…………」
「…………」
「エミリア様、自分で裾を踏んで転んでらっしゃいますわね?」
「ちがっ……これは、その……ローゼマリー様が、前日に階段を……!」
「磨いてくださった掃除係が泣きますわよ」
掃除当番の下級貴族たちがいっせいに手を上げる。
「わ、俺らいつもと同じ洗浄魔法かけただけですけど」
「ローゼマリー様、磨いてないっすよ」
「……」
情報・証拠・ログ。文明の利器は、嘘つきには優しくない。
「さらに申し上げますと、殿下」
「な、なんだ!」
「わたくし、ここ一ヶ月ほどエミリア様と“会話しておりません”」
「は?」
「学院長のご指示で、“王太子殿下と聖女候補に、婚約者という立場で圧をかけないように”と、わたくしの方から距離を置いておりますの。殿下も同席されておりましたでしょう?」
「……あ、ああ……?」
(完全に忘れてるわね)
ここまでで、食堂の空気はだいたいこうなっている。
王子: 顔芸大会。
エミリア: 青ざめてガクガク。
モブ: 目を輝かせて「面白くなってきやがった」。
教師陣: 「あーあ……」って顔。
騎士: 「またか」って顔。
まだ終わらない。
「では逆にお伺いいたしますわ、殿下」
「……な、なんだと!」
「殿下がエミリア様を『聖女』と呼ぶ根拠をお示しくださいませ」
「え、えっと、それは、その……」
エミリア嬢が慌てて前に出る。
「わ、私には“浄化”の力が……!」
「うふふふふふ。先日、温泉街で“浄化”と称して共同浴場の湯を全部蒸発させ、観光客からクレームが入りましたわね?」
「や、やめてくださいローゼマリー様っ」
「国庫からの賠償金、誰が出したかご存じで?」
ちら、と視線を王族席に向ける。
国王陛下と王妃殿下が、こめかみを押さえていらっしゃった。
「あっ……」
アレクシス殿下の首が、ぎぎぎ、と王族席に向く。
国王陛下、静かに立ち上がる。
「アレクシス」
「は、はひっ!」
「お前は、また書類を読まずにサインをしたな?」
「えっ」
「さきほどローゼマリー嬢が指摘したその紙は、『公開事実確認の許可願い』だ。断罪ショーではない」
「そ、そんな! だって宰相も——」
宰相閣下がすっと横から出てきた。つるんと見事なスキンヘッドをきらりと光らせて。
「第一王子殿下。私は“何度も”申し上げました。“原稿は事前に法務官とローゼマリー嬢に確認してもらいなさい”と」
「……聞いてない……」
「聞いてませんでしたね」
ざわ……と笑いが走る。
「ちなみにローゼマリー嬢は、一切この件への処罰免除を求めてこなかった。求めてきたのは、『この学園での王家・公爵家の振る舞いに関するガイドライン整備』だけだ」
「えっ、そうなの?」
後ろの方で、さっきまで実況していた男子生徒が言う。
「マジで……格が違う……」
「というわけで」
私は、ここでようやく一礼した。
「殿下。わたくしからの『婚約解消のお願い』を、今この場で正式にお受けいただけますか?」
「は?」
「そもそもこの婚約は、先王陛下と先々代グランツ公爵間の政略に基づいたもの。殿下がエミリア様をお選びになりたいのであれば、わたくしを拘束し続ける理由はございません。ただし」
場が静まり返る。
「王家のご威光を振りかざしての“冤罪ショー”は、ご遠慮願いたいのです。国際問題になりますので」
「……」
殿下の顔がみるみる真っ青から真っ赤、真っ黄と忙しい。
国王陛下が、ため息をついた。
「……アレクシス。ローゼマリー嬢の申し出を受けろ」
「で、ですが父上!」
「ここで受けねば、お前の軽率さの責任は“王家全体”が被ることになる。ローゼマリー嬢は、その盾になる義理はもうあるまい」
的確。
アレクシス殿下は震える声で言った。
「……ローゼマリー・ツー・グランツ。僕は……ぼ、僕との婚約をここに解消する!」
「ありがたく、お受けいたしますわ」
ぱちぱちぱち、と誰かが拍手した。
それが連鎖して、気づけば大食堂は拍手と笑いで満ちていた。
「おおお……」
「やったー!」
「令嬢すげえ……」
「な、なんでお前ら拍手してるの!?」
エミリア嬢が叫ぶ。
一番後ろの席の女生徒が、ひょいと手を挙げた。
「だってさー、殿下ずっと授業サボってエミリア様追いかけ回してたじゃん。ローゼマリー様の方がずーーっと学院の運営回してたよ?」
「図書室の予算増やしてくれたのローゼマリー様だし」
「奨学生制度作ったのもローゼマリー様だし」
「エミリア様は……えっと……温泉を蒸発させた?」
「比べるのやめなさい」
私は苦笑した。
「殿下」
「……」
「エミリア様とお幸せに。くれぐれも、公務はお忘れなく」
「……ご、ごめん」
か細い謝罪が聞こえたので、一応、頷いておいた。
(まあ、前世の王子よりはマシね。反省するだけ)
——さて、ラストスパート。
宰相閣下が一歩前に出る。
「国王陛下。グランツ公爵家としては、今回の件を受け、ローゼマリー嬢を王都に縛り付けるより、むしろ——」
「うむ。辺境開発総監、《魔導通信・監査・教育》の全権を委ねるのがよかろう」
「……へ?」
私がぽかんとする番だった。
「ローゼマリー嬢。そなたが作成した“学園ガイドライン案”、“公文書テンプレート”、“監視水晶の運用規定案”、全部読ませてもらった。あれを国全体に広げたい」
「ちょ、ちょっと待ってください陛下、それ褒め言葉でよろしいのですよね?」
「もちろんだとも」
「ついでに王家・貴族の勉強会もお願いしたい。特に書類の読み方を」
国王陛下と宰相閣下の視線が、同時にアレクシス殿下に刺さる。
「……はい」
殿下、小さくなった。
「給金は?」
「王家上級顧問相当で」
「予算は?」
「足りなければ、エミリア……いや、“聖女様”による温泉蒸発賠償分から回そう」
「いいですねそれ」
「ちょっと!!?」
エミリア嬢の悲鳴は、ざまぁ枠なのでサービスで入れておく。
私は深く一礼した。
「栄誉あるお役目、喜んでお受けいたしますわ」
これで、よし。
王妃の座も、中年じじいも、死亡フラグも回避して。
手に入れたのは、自分で選んだ仕事と、自由と——
「ローゼマリー」
背後から、静かな声がした。
振り向けば、青銀髪の侯爵令息ノア・ベルンハルト。
さっきの階段映像でエミリアを助けていた彼だ。
「あの、その……さっきの、すごかった。前向きな打算も含めて言うけど、うちの領地の経営、一緒にやってみない?」
「は?」
「今の話聞いてた。君、絶対こっち側の人間だと思う。真面目で、抜け目なくて、ちょっと性格悪いけど根はいい」
「ほめてます? それ」
「全力で。あと、個人的にずっと好きだった」
「公開で言います?」
「今まで言えなかったから」
周囲「うおおお」「告白だー!」
私?
笑ってしまった。
「じゃあ一つ、条件がございますわ」
「何でもどうぞ」
「書類は、全部読みなさいまし」
「……努力します」
「努力ではなく、義務ですわよ?」
「はい。ローゼマリー先生」
いい返事だ。
婚約破棄ショーのはずが、何故か就職とプロポーズの場になっているのは、まあ、よくあること。
——こうして、わたくし悪役令嬢ローゼマリーは、
・バカ王子から解放され、
・冤罪も晴れて(そもそも成立してないけど)
・国家デジタル……じゃなかった魔導行政改革のトップに就任し、
・読める男と辺境開発に乗り出すことになった。
観客席のモブ達が、ひとり、またひとりと★ボタンを押す幻が見える。
めでたし、めでたし。




