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弁証法一章

弁証法とは独語にてdialeckiteと呼ばれるところのものである。主としてその使用は古代ギリシャのソフィスト(主要な活躍年代としては紀元前5世紀ごろであったと推定せらる)に端を発し、諸対話篇に描かれるソクラテスはその大初たる大成者と見做され、歴史的なその継承を見せる。そして史上もっとも、顕著な形に手それを精神の科学的なる応用にて示したのがゲオルグ・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル(1770~1831)である。彼はハノーヴェン地方の訛りがひどく、講義もうつろで手稿を睨みつつ土以て鎮座しつつ行うありていであったと講義性が記録しているが、その真実性に彼はプラントン的な形相的真実性を信じ、その核心的なる著作的な遺作をも大部は公表しなかったという事実がある。彼の学友に1は早熟的な直観的な天才哲学者と号されようシェリング(1775~1860付近?)とヘルダーリンがおり、有名な点に絞って紹介するに前者はその哲学的な転向と観念論のフィヒテよりの継承者、後者は三十一歳に至っての狂気への陥没があげられる..後イェナ大学の教授となってからはその哲学性によってか全ドイツ中を風靡し、彼の哲学は後、その近代的な哲学が全批判的に前哨としたといわれるほどである(ボヘンスキー.)。が1806年発表の「精神現象学」に端を発した彼の栄光も、そのただなかにあっての急逝によって一応は幕を閉じたかに見えた..という帰結には当然か、ならずして以降彼の影響を継承的に発展した諸分派が発生した。ヘーゲル右派、中央派、左派とそれぞれ代表的に呼ばれ、最代表的な論客としてフォイエルバッハ(1806~)、マルクス(1813~)、エンゲルス、D.シュトラウス、ファイヒンガーーーいずれも左派であるが--が挙げられるであろう....

弁証法はその精神の対立発展の唯一的な形式の精神による誇示的な主張的精神の発露である。定立、テーゼが措定され、その背馳的な事象たるアンチ・テーゼが次項に、そしてその綜合としてのジン・テーゼがそのプロセス的な叙文となる..この発展法則を原初的に弁明し近代的な世界観の樹立、市民的世界の栄光を誇ったヘーゲルはエンサイクロペディアという書物を編んでおり--18世紀フランス啓蒙哲学者というカテゴリに伍しめられる、ディドロをその筆頭とした連綿とする哲学者たちの安打フランス百科事典に範をとって編んだフランス百科事典に範をとっている--三部からなる構成であり、第一部論理学の章、二部に自然哲学、終章に法の哲学と彼の歴史哲学とが披歴される..弁証法的なその構造性に差し当たってのそのヘーゲル的な序幕の展開的な一著であると言えよう.....

弁証法がその最も高貴的なる精神法則の位置を獲得するに至ったのは近代的市民世界への歴史国家的な結集の背景とその啓蒙美学的な全盛の前景とが挙げられよう..しかし二十世紀に入ってはそのヘーゲルの哲学も不毛な観念的体系の巨物に過ぎないとして、排斥せられる時潮に移り変じてゆく..テオドール.W.アドルノ(1906~196?)の「ヘーゲル哲学についての三論」(学芸文庫)はその弁証法の大家たるアドルノ自身による弁証法的な法則性への無比的な闡明が語られている。

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