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懐の小文  作者: 葡萄
9/13

夢の繭

ペンパルサイトでの、ヨーロッパ人青年への返信抜粋

 へぇ、そうだったのか。高校のとき、そんな課題が出たんだね。「フラクタルについて調べよ」ならわかるけれど、「フラクタルを題材にショート・ストーリーを書け」だなんて、ずいぶん洒落た、というか文学的な先生だ。もっとも、その先生が「情報科学」を担当していたのなら、不思議ではないかもしれない。

 さて、きみがわたしに出した課題は──「あなたの趣味である散歩の風景のなかにフラクタルを見つけ、ショート・ストーリーを書け」ということだね。フラクタルという言葉は知らなかったけれど、きみの説明(※)を手がかりに、とにかくやってみた。公平のために、次の手紙ではぜひ、きみ自身の作品も送ってほしい。


※(彼による課題の説明)

 フラクタルはマトリョーシカ人形に似ています。けれども、人形が数を尽くせば終わるのに対し、フラクタルの入れ子は果てを知らず、無限の夢の連鎖となるのです。

 マトリョーシカ人形を開けば同じ顔がまた現れるように、フラクタルも自己を映し返す。しかし、その繰り返しは有限な玩具ではなく、夢の深みに際限なく連なってゆく鏡の迷宮です。

 マトリョーシカ人形が木の温もりの中で有限の安らぎを保つのに対し、フラクタルは無限の入れ子を孕み、私たちをバーチャルの幻の内側へ誘い込む──夢の籠へと。



『夢の繭』


 雨は上がった。彼は傘を折り畳み、その滴を払った。通りの向こう側のバス停に市バスが止まり、またすぐに発車して行った。彼は道路をはさんで反対側の、石垣が続く歩道を歩いていた。人の背丈ほどの石垣の上には、その倍くらいの高さにフェンスが継ぎ足してあった。フェンスからさらに高く、芝生に間を置いて植わった落葉樹が、冬枯れの立ち姿を見せていた。彼は立ち止まって、「ああ、これが例のフラクタルか」と、昨日マーケットの書店で立ち読みした新書の中の図版を想い起こした。たしかに樹は全体の像もYの字だし、細部の枝々もY字、さらに枝分かれしてY字の連なりで構成されていた。ロシアの民芸品であるマトリョーシカ人形を例に引き、「入れ子構造」と、そんなふうにも概説されていた。

 その樹々の背後に、五階建ての団地の居住棟が建っていた。政党のポスターが貼られた窓が二つあった。彼の目はさらに窓から窓へと移っていった。目移りは三階の窓の一つで留まった。その窓は半分だけ、発色の鋭い紫紺のカーテンで閉じられていた。もう片側はただの素通しの薄暗いガラス窓で、そのとき白いレースのカーテンは掛かっていなかった。どれほどか、彼はその窓をぼんやり眺めていた。「夢の繭」──そんな惹句が、ふと彼の脳裏に浮かんだ。なんのことだろう、と彼は自分の部屋に帰るまでその想いを道連れにしたが、あの紫紺のカーテンとの脈絡の糸は縫い通せなかった。


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