誰が為の釣竿
「今日は誰にも会わない。誰も死なせない。」
そう心に決めて、俺は久しぶりに釣りに行く準備をしていた。
ギルドからの依頼は入っていない。
食料も確保済み。
静かな川辺でのんびり竿を垂らす――そんな普通の休日が欲しかった。
埃をかぶった釣竿をクローゼットから引っ張り出す。
振ると、カーボンの軽い音が心地よく響いた。
「……これなら、平和な一日になるかもしれない」
釣具と簡単な食料をリュックに詰めて外へ出る。
川までの道を歩きながら、俺は妙な視線を感じていた。
通りすがりの子供が囁く。
「死神が竿持ってる……」
「何釣るんだろ……また人?」
やめてくれ。本当に今日は平和なだけの釣りなんだ。
信号待ちの交差点で、俺は竿を持ち替えた。
その時、針先に付いていた糸が電柱の近くのワイヤーに引っかかった。
「え、ちょっと……待って……!」
ぐっと引いた瞬間、ワイヤーが上の信号機の支柱に絡みつき――
ギィィィ……バキンッ!!
老朽化していたのか、信号機が大きく傾き、
ガシャンという轟音とともに地面に倒れ込んだ。
ちょうどそこを歩いていたスーツ姿の男が振り返る暇もなく直撃。
鈍い音を立てて崩れ落ち、そのまま動かなくなった。
「えっ……嘘、俺、釣竿持ってただけ……!」
顔を見て絶句した。
彼はギルドの依頼リストに載っていた、
大手金融企業の幹部、裏でマネーロンダリングの黒幕と噂されていた男だった。
「も、もしもし警察ですか!? また俺です!今度は信号機が……!人が……!」
『……はぁ……で?』
数分後、パトカーと救急車が到着し、現場は騒然。
通行人たちがざわつく。
「また死神だ……」
「今度は竿一本で……」
「やっぱ人間釣ってるんじゃ……」
警官が俺を見る目はいつも通り疑わしげだ。
「お前、わざとじゃないんだよな?」
「ち、違いますって!釣りに行こうとしただけです!」
結局、事情聴取のため署まで連行された。
もうこれが日常になっている自分が悲しい。
夜、釈放されて家に戻るとスマホが震えた。
『本日の依頼対象:大手金融企業幹部・榊原
結果:死亡(信号機転倒事故)
記録:依頼前最速処理、世界新記録更新!』
続いて会長からメッセージ。
⸻
◆ギルド会長からの特別メッセージ◆
『影山幸太殿。
釣竿を持ち歩いただけで標的を先回りし、
依頼が発行される前に処理完了。
これは世界最速暗殺記録の更新です。
貴殿はもはや「未来予知の死神」と呼ぶにふさわしい。
次回、釣竿を弟子に貸してやってください。
※事故率100%につき使用は自己責任でお願いします。』
翌日、ニュースとSNSは大騒ぎだった。
•『死神、信号機を武器に変える』
•『釣りのはずが暗殺最速記録』
•『市民団体が「影山の竿規制法案」を提出』
俺は釣りに行く気力もなく、布団にくるまった。
「俺は……ただ魚を釣りたかっただけなのに……」
玄関には、ギルドから新しい段ボールが届いていた。
『祝・未来予知記録達成 新型試作品:自動釣竿式狙撃装置』と書かれて。