表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/8

おでん神

今日はもう、外出しない方がいい気がする。

そう思いながらも、冷蔵庫を開けると中身はほぼ空っぽだった。

鍋もできず、インスタント麺も切らしている。


「……おでんくらい、いいよな」


近所のコンビニまで歩きながら、俺は祈るように呟いた。

今日は何も起きませんように。

何も……誰も死にませんように。



コンビニのレジ横で、湯気を上げるおでん鍋。

店員がにこやかに声をかけてくれる。


「影山さん、今日は何にします?」

「あ、あの……大根と卵と……あとちくわ……」


透明なスープをたっぷり入れてもらい、袋を受け取る。

重さにほっとする。

たったこれだけの買い物が、俺にとっては戦場みたいなものだ。



家までの帰り道、袋の底が微妙に弱いのを感じた。

コンビニの角を曲がった瞬間――


ビリッ……ドバシャァッ!!


袋が破れ、おでんの汁がアスファルトに派手にぶちまけられた。

熱々の出汁が路面を広がっていく。


「あっ、やばっ……!」


慌てて拭こうとしたが、間に合わない。

その時、バイクのエンジン音が近づいた。



若い男が運転するバイクが俺の横を通過――した直後、

タイヤが汁で滑った。


「うわあああっ!?」


バイクが横転、運転手は勢いよく吹っ飛び、道路に叩きつけられた。


「だ、大丈夫ですか!?」


駆け寄ると、男は血を流しながら呻いていた。


「くっ……お前……死神……!」


よく見ると、この男、裏社会で噂のあるギャングの手下だった。

俺を見た瞬間、恐怖に顔を歪める。


「ひぃぃ……来るな……来るな……!」


俺は助けようとしただけなのに、彼はパニックになり気絶してしまった。



「も、もしもし警察ですか!?……あの、また俺です……バイクの人が……!」


『影山さんですね、現場住所は?』


パトカーと救急車が到着するまでの数分が永遠のように長かった。

周囲の人がざわつく。


「やっぱり影山だ……」

「汁だけで事故を起こすなんて……」

「死神ってマジなんだな……」


俺は肩をすくめながら救急隊員に事情を説明した。


「俺、ただおでん買っただけなんです……」


だが警察に連行され、またも署で事情聴取。

もう説明の言葉も見つからない。



夜、家に戻るとスマホが震えた。


『本日の依頼対象:ギャング組織の手下・黒田

結果:重傷(後日死亡確認)

記録:武器を使わず汁だけで仕留める死神、異能認定!』


さらに会長からメッセージ。



◆ギルド会長からの特別メッセージ◆


『影山幸太殿。

銃も刃も使わず、ただのコンビニおでんの汁で敵を倒すとは……

もはや神話の領域です。

“おでん神”として、今後後進にこの暗殺術を伝授してください。

なお、再現率は限りなく0%だと思われますが、それこそ天賦の才です。』



翌日、ネットニュースはこれで埋め尽くされていた。

•『死神、汁だけで人を倒す』

•『道路に出汁、事故多発』

•『コンビニおでん禁止令、自治体が検討中』


近所のコンビニには「影山さんへの販売はスープ少なめ」と貼り紙まで出された。


俺は布団に潜って頭を抱えた。


「俺は……ただおでんを食べたかっただけなのに……」


冷めた大根と卵が、玄関先で哀れに転がっていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ