白昼、白菜、転倒死
「今日は、絶対に事故を起こさない……」
朝から何度も念じるように呟きながら、俺はスーパーへ向かっていた。
昨日のジョナサン事件のニュースは世界中を騒がせ、ネットでは「死神がまた110番」と散々な書かれよう。
頼むから今日は何も起きないでくれ……。
スーパーの前で深呼吸し、入店。
ただ白菜と味噌を買って鍋のリベンジをしたいだけなんだ。
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野菜コーナーに入ると、声をかけられた。
「あれ、影山さん?」
振り向くと、数日前に依頼リストで見たことのある名前――中堅建設会社の幹部、秋川。
汚職疑惑でギルドに依頼が回ってきた男だった。
「お、お久しぶりです……」
「いやぁ、こんなところで会うとはな!」
秋川は愛想笑いを浮かべながらも、ちらりと周囲を警戒している。
裏社会の住人が俺と遭遇するとロクなことがないと知っているのだろう。
「今日は鍋の材料でも買いに来たんです」
「ああ、いいねぇ。俺も鍋好きだよ」
そんな会話をしながら、俺は白菜コーナーへと向かった。
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並んだ白菜の一番手前をそっと引き抜く。
その瞬間、ガタリと嫌な音がした。
「え……?」
山積みにされた白菜が一斉に崩れ、隣の棚までドミノ倒しのように連鎖。
金属ラックがぐらりと傾き、勢いのまま秋川の背中に倒れ込んだ。
「うわっ――!」
秋川は叫んだままバランスを崩し、近くの床に頭を強打。
そのまま動かなくなった。
「ちょっ……待って……俺、白菜取っただけだよな!?」
辺りは一瞬静まり返り、次の瞬間、客たちが悲鳴を上げて店員が駆け寄る。
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「も、もしもし警察ですか!? また俺です!……はい、スーパーです! 人が……倒れて……!」
電話口の沈黙のあと、ため息混じりの声が返る。
『……影山さんですね。すぐ向かいます』
すぐにパトカーが駆けつけ、現場は騒然。
警官が俺を見て眉をひそめた。
「またお前か……今度は何をした」
「ち、違うんです!俺はただ白菜を取っただけで……!」
しかし、目撃者の証言はなぜかこうだった。
「えっと……棚が勝手に崩れて……」
「でも、あそこにいたの誰でしたっけ?」
「……あれ?誰だっけ……?」
俺は確かにそこにいたのに、周囲の人間は俺の顔を思い出せないらしい。
警官が首をかしげる。
「……幽霊説、信じたくなってきたな」
「俺、生きてますからね!?」
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その日の夜、ギルドから通知が届く。
『本日の依頼対象:秋川仁
結果:死亡(棚崩落事故)
記録:目撃されても記憶に残らない暗殺術、神域入り!』
さらに会長からメッセージ。
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◆ギルド会長からの特別メッセージ◆
『影山幸太殿。
白昼堂々、人前で標的を仕留めつつ誰にも覚えられない。
これは新たな暗殺技術の境地です。
貴殿はもはや“死神”を超え、“存在しない死”の体現者と呼ぶべきでしょう。
近日中にこの技術を弟子に教えてやってください。』
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俺はスマホを握りしめ、布団に潜った。
「俺は……ただ白菜を買いに行っただけなのに……」
今後スーパーで買い物できる日は来るのだろうか。
きっとまた、誰かが死んで、俺が110番をかけるのだろう。