殺せなかった夜と、静かな朝
「君が……影山幸太か」
冷ややかな視線がこちらに向けられた。
銀色の長髪を束ねた女――S級暗殺者クロエ。
俺とは正反対、まさに完璧なプロ。
こんな俺と組まされること自体、相当な嫌がらせなんだろう。
今回の標的はジョナサン=ハリス。
表向きは“平和の使者”、国際的慈善団体の代表でノーベル平和賞候補。
だが裏では武器商人と繋がり、紛争を裏で操る黒幕。
……そして俺にとっては、昔、ギルド加入直後に武器を流してもらった相手だった。
「あの……ジョナサンって、以前取引したことが……」
「迷う必要ないわ。任務は任務」
クロエの声は氷のように冷たい。
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深夜、ジョナサンが滞在するホテルへ潜入。
クロエは影のように動き、完璧なルートを描く。
俺はその後ろで息を殺して付いていくだけ……のはずだった。
•足元のバケツを蹴飛ばしガラガラ大音量
•謎の植木鉢を倒し警報装置作動
•廊下のカーペットに足を引っ掛け転倒
「……あんた、本当にSランクなの?」
クロエの呆れた視線が背中に刺さる。
結局、ジョナサンはSPに守られたまま車で逃走。
作戦は失敗に終わった。
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夜が明けて、自宅で落ち込んでいた俺。
ノックの音がした。
「……誰?」
ドアを開けると、スーツ姿のジョナサンが笑って立っていた。
「久しぶりだな、幸太。あの頃は世話になったな」
「え、ええ……その……」
ジョナサンは勝手に上がり込み、机に腰かけた。
「昔はよく取引したよな。お前が頼んできた小型拳銃、あれで何とかギルドで生き延びたんだろ?」
「……まぁ、おかげさまで」
敵同士という空気はなく、旧友と再会したような妙な雰囲気。
「一緒に飯でも食うか」と、家にあったカップ麺を二人ですすった。
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4️⃣ 突然の最期
食後、ジョナサンがふと胸を押さえた。
「……おい、どうしたんですか?」
「ちょっと……胸が……」
彼は椅子から崩れ落ち、そのまま動かなくなった。
「じょ、ジョナサン!? 嘘だろ!? なんで!? 今カップ麺食っただけだよな!?」
慌てて心臓マッサージを試みるが反応はない。
脈もない。完全に事切れていた。
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俺はポケットからスマホを取り出し、震える指でダイヤルした。
「も、もしもし警察ですか!? あの、また俺です……!人が死んで……でも、俺じゃないんです!!」
電話口の警察官がため息混じりに答える。
『……影山さんですね。住所は同じですか?』
「はい……はい、でも俺じゃなくて……」
『すぐ行きます』
数分後、パトカーと救急車が到着。
近所の視線が刺さる。
「また影山の家から……」
「死人が出たのか……」
おまわりさんは無言で俺に手錠をかけ、署まで連行した。
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その日の夕方、テレビとネットは大騒ぎだった。
『平和の象徴ジョナサン=ハリス氏、謎の急死』
『死神と過去に武器取引の事実判明』
『暗殺か、偶然か、死神と呼ばれる男がまた110番』
世界中が陰謀論で持ちきりになり、俺の名前はまたも拡散された。
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留置場でスマホを返されると、ギルドからメッセージが届いていた。
『本日の依頼対象:ジョナサン=ハリス
結果:死亡(心筋梗塞)
世界記録:国際要人最速処理、歴史的快挙!』
さらに会長からのメッセージ。
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◆ギルド会長からの特別メッセージ◆
『影山幸太殿。
かつての取引相手をも死神の領域に導く――
これぞ国際暗殺の新時代。世界規模の名声を得た貴殿を、我がギルドは誇りに思います。
なお、今後国連から問い合わせが来るかもしれませんが、黙秘を貫いてください。』
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釈放後、クロエから一言メッセージが届いた。
『……あんた、どうやったら旧友と飯食ってるだけで世界ニュースになるの?』
俺は頭を抱えた。
「俺だって聞きたい……ただ普通に生きたいだけなのに……」
110番をかける指先が震えていた。
もうこの手は何人の死を警察に報告したんだろう。