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受話器の向こうの偉い人

 電話口から聞こえてくる文部大臣は説得力のある落ち着いた声色と裏腹に、その中身はあまりに唐突で、支離滅裂だった。

 当然のごとく僕の低レベルな脳細胞はその言葉を消化することができず、ただただ、言葉は耳から入ってきて虚空に飲み込まれていった。いや、その説明がもしも丁寧だったとしても僕は理解できなかったかもしれない。

 それにしても100回も電話してきて、こんな説明しかできない男が日本の大臣なんかつとまるのだろうか。


 ぐるぐるぐるぐる、脳内に長塚大臣の言葉が反芻されている。


「玉川さん、今日から岸先生と同居してもらえるかな?」



「ん?・・・・え、あ、・・・え!?」


「うん、まああまり細かく説明してもしょうがない。岸先生はね、今の日本に欠かせない貴重な存在なわけだ。庶民の玉川さんにはなかなか理解できないかもしれないが、これからの日本の教育、未来を担ってもらうことになる存在だ。だから、協力してくれるな、玉川さん」


「いや、ぜんぜんわかりませんよ!?今の説明で分かる人いないですから!」


 説明を端折るにもほどがある。岸先生の何が貴重なのかも、その人を僕の家に住まわせることで何が変わるのかもまったくわからない。

 この説明で分かりましたなんて回答がくるわけないだろう。


「うーん、めんどくさいな。説明しずらいんだよ。ホラ、国家機密的なこともあるしさ。簡単に言えば岸先生は日本の財産なんだよ。失うわけにいかないんだ」


「いやいや、そんなたいそうな人を僕の家に泊めるなんて、危ないじゃないですか」


 両親が唯一残してくれた遺産である一戸建ての我が家は、木造2階建て築30年の3LDKだ。ほんとに猫の額ほどの庭と、なんとか僕の通勤用のコンパクトカーがちょこんと収まる車庫がついている。

 3LDKに一人暮らしなので、確かに部屋はあまっているが安全性なんてほぼ皆無に近い。微妙に田舎さ加減が残るこの町にはぴったりの警戒心のなさがあふれる我が家に、そんな国賓みたいな人が滞在してよいとは到底思えない。


「うん、大丈夫だよ。もうセキュリティ対策は完璧にしてあるから」


「は!?え?どういうことですか?」


「うん、君が仕事している間にリフォームしといてあるから、もうセキュリティは心配ないよ。国会議事堂より安全かも」


「え!?」


「耐震設備、防火対策、津波対策、白アリ対策、遠隔監視システム、対ミサイル防御、全部装備してあるよ。核ミサイルが埼玉に打ち込まれても君の家は大丈夫だよ」


「え・・・」


「あ、岸先生が玉川さんの家に住むことは学校では言わないでね。岸先生の情報は統制されているからね。勝手に漏らしたら・・・・、うん、まあ、せっかく安全性のある家に変わったのに主がいなくなったらね、うん・・・・なんかいろいろ困るだろう?」


 あまりの急展開、剛腕ぶりに僕は言葉を失った。事実だとすれば僕の知らぬ間に僕の家をすっかり核シェルター並みに改造しているようだ。

 呆然として、会話することさえ忘れていると、それを長塚大臣は了承のサインと勝手に勘違いしたようだ。


「うん、玉川さん、理解してもらえたみたいでうれしいよ。じゃあ、よろしくね」


「・・・・・」


「あ、岸先生が美人だからって手をだしたりしたらダメだからね。まあ、岸先生は強いから大丈夫かと思うけど、万が一の時は・・・・ね。日本にも君の知らないいろいろな組織とかあるからね・・・・ダメと言われたことはしちゃダメだよ」


 最後にさりげなく国家機関を使って脅し文句を入れてくるあたりの狡猾さはさすが政治家なのか、ただの悪人なのか。嵐のように自分の要件を告げると、電話は即切られてしまっていた。

 僕はいまだに何が起きたのか整理がつかぬまま、右手に握ったスマートフォンの画面に映る呆けた自分の顔をみつめていた。



「はっはっは、よかったな。タマちゃん。私と同居できるなんて、一生分の運を使い切ったかもしれないな。うん、30くらいで死ぬかもしれないな、まあ短く細く生き切ったってことだな」


「もうすぐじゃないですか!、細くって何ですか!、・・・・・・は、はあ・・・・。え、ほんとに僕の家に来るんですか」


「なんだ、もっともっと嬉しそうな顔をしていいんだぞ。ほら、もっと胸を叩いてうっほうっほしてみたらどうだ?」


「それはゴリラの求愛行動です。全然関係ありません」


岸先生のほうはとっくに僕の家に住むことを知っていたようだ。なるほど、僕に対してあけすけな態度はきっとこういうことなのだろう。


「え、岸先生は・・・・その、大丈夫なんですか・・・・僕なんかと暮らすことになって・・・」


「僕なんか・・・?」


「いや、岸先生は何か国賓的なすごい人なんでしょう?僕はどこにでもいるこれといった取柄のない教師ですよ・・・。いいんですか、僕なんかと暮らすことになって」


「ふむ・・・・」


 岸先生は唇の下に人差し指をあて、少し思案するような顔をしている。伏せたまつ毛の下にある瞳が僕の裏側を見透かすようだ。


 つまらないことを言ってしまった。


 僕は自分に自信がない。昔から人より秀でたものも特になかった。

 これだけは人に負けない、これだけは譲れない、そういったものを持たずに生きてきた。

 僕の中心はいつもふにゃふにゃしたスライムのようになっていて、まわりの物体が正方形なら、自分も角のとれた正方形まがいに変形し、まわりの物体が球体なら自分もなんとなく丸っぽくなろうとしてしまう。

 自分の中心が定まらないまま、ずっと成長してしまった。


「確かに・・・」


 岸先生の声は強い張りがあってもやもやした気持ちの奥のほうに簡単に入り込んでくる。


「タマちゃんは、顔も可もなく不可もなく、身長は日本人のまさに平均値。頭は悪くはないがいわゆる二流大学、運動能力は中の下、いや下の上くらいか。特技はけん玉がちょっとうまいのと、ちょっとだけ足が速いくらいで、資格は運転免許くらいしかないな。うん、確かにこれといった取柄はないな。自己分析がよくできている」


「え・・・、なんでそんなこと知ってるんですか?・・・」


「まあ、気にするな。日本にはいろんな組織がある、と長塚も言っていただろう。タマちゃん、私はな、多くの学校の教員の中からタマちゃんを選んだんだ。個人情報の話はさておきだ。まあざっくり1500人くらいの教員を比較してタマちゃんを選んだわけだ。もっと喜べ」


「え・・・、なんで僕だったんですか」


「愛だな。タマちゃんには愛があると感じた」


「あ、愛・・・いや・・・?」


「つまり、人の価値なんて見る人によって違うのだから、比較することには意味がないだろう。私みたいに美人で、頭脳明晰、運動神経が優れていて、戦闘能力が高くて、性格が最高の人間から見たら、みんなどんぐりの背比べみたいなものだ。人の価値なんて基準を何にするかで全然変わってしまう。タマちゃん程度の人間がぽくぽく頭を鳴らしながら悩んだって何も解決しないぞ」


 僕は思わず、岸先生を凝視してしまう。


 人の価値なんて、基準次第。


 確かにそうなのかもしれない。その環境によって、時代によって求められる人材が常に変わり続けていくように、僕たちの価値は測る人次第で変わってしまう。僕にとって価値のある人と、長塚大臣にとって価値のある人はきっと全然違うのだろう。


 性格が最高というところだけ疑問符が付くが、初めてまともなことを岸先生が話し、その言葉に僕は少なからず引き込まれてしまった。


 僕がずっと見つめていると、それに気づいた岸先生は大きく口を開けて笑った。


「どうした、私に見惚れているのか・・・。まあ、仕方あるまい」


 吹き込んだ風に長い栗色の髪が揺れ、その表情を隠してしまう。

 僕は、もっとその笑顔を見たいと思ってしまった。























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