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8/13

女騎士は職員室で舟をこぐ

「いやあ、すまないな。タマちゃん。職員会議ではたっぷり叱ってもらえたのか?はっはっは」


職員会議で2時間にわたり校長の説教を食らい、僕は12ラウンドを戦い終えたボクサーのようにぐったりとしていた。いや、戦ったというのは嘘だ。12ラウンド殴られ続け、ダウンすることも許してもらえなかったボクサーのようにフランフランだ。



職員会議が始まって30秒で、岸先生の長いまつげは緩やかに落ち始め、上下の瞼はあっという間にドッキングに成功した。


3分が過ぎる頃には岸先生の首は前後に揺れ始め、耳をすますと「すうすうすうすう」となんだか色っぽい吐息がその唇から漏れ始めていた。

野比のび太もびっくりの爆速睡眠である。


校長は眠りに落ちていく岸先生に注意することはなかった。

強きを助け、弱気をくじく。わずか半日でこの学校の絶対的強者にのし上がった岸先生を校長自ら指導する気は全くないようだ。


「だいたい玉川先生が担任なんですから、きちんと岸先生を指導してもらわないと困りますよ。岸先生は赴任されたばかりなんですから、生徒に対する対応、保護者に対する対応、いろいろなことに気をつかわないと教師という職業はやっていけないんですから、丁寧に教えてあげてもらわないとね。わかっていますか?・・・・くどくどくどくど」


 予想していたこととはいえ、校長のお説教は長いことで有名だ。長いだけでまったく心に響かない。結論はいつも同じだ。迷惑をかけるな、問題を起こすな、決まったことをやっておけばよい。

 職員会議が始まってからすでに1時間35分が経過。いまだにネタの内容は変わらずねちねちねちねちと同じ話を言い方を変えては繰り返している。


 僕の味方であるはず、というか災いの元凶となった岸先生はすっかりと机に突っ伏して、あまつさえ口の端からは軽くよだれまでこぼしている。 

 

 どうでもいいことだが見た目だけはミスユニバース級の岸先生のよだれは、まったく汚い感じがない。

校長がさきほどからこちらにピュンピュン飛ばしているつばと成分は同じはずなのにどういうことだろう。

木漏れ日が差し込む緑葉樹についた水滴と、便所ブラシから滴り落ちる汚水くらいの違いを感じる。


「いいですか、玉川先生にはね、もっとやる気を見せてほしいんですよ。あなたの仕事はね、新人の先生にきちんと学校のルールをおしえてあげることなんですよ。わかっていますか・・・・くどくどくど」


ヴヴヴヴヴ


ポケットの中でスマートフォンがバイブ振動で着信をつげている。その振動はさきほどから何回もポケットの内側を揺らしている。これだけ派手に怒られている時に電話してくるとはずいぶんタイミング悪い人だ。かわいそうに。


いま、出たら火に油を注いでしまうな・・・


スマートフォンは電話を取らない僕を咎めるように振動しては、少し止まり、また振動するを繰り返していたが、この状況ではどうしようもない。目の前で薄い体を怒りで震わせながら、僕を叱り飛ばしている校長を優先せざる得ないだろう。


ヴヴヴヴヴヴヴ


それにしても僕にこんなに何回も電話をしてくるとは珍しい。

 僕の両親は3年前に交通事故で他界した。もともと親戚づきあいはほとんどなく、両親のまた両親もすでに亡くなっていた。兄弟もいない僕にはいま現在家族と呼べる存在がいない。

 なので、誰かが亡くなったとか、病気になったとか、警察に捕まったとか、そういったことではなさそうだ。生徒が何か起こしたら僕ではなく、学校にかかってくるだろう。

 そう考えるとそんなに大至急で何回も電話をかけてくるような事態はあまり想像できない。

 一番可能性が高いのは間違い電話だ。緊急時に間違い電話というのは、慌てていて起こりやすいものだろう。早く気づいてくれることを祈るばかりだ。



「あ、うーーーーん!」


 急に隣から少し艶がある大きな声がして、校長のつまらない説教をかき消した。

完全に机に突っ伏してぴくりともしなかった岸先生が何やら首の向きを変えながら、眉間にしわを寄せ、苦しそうな表情をしている。


「あ、いや、も、もっと、あーーーーーん!」


 どんな、夢を見ているんだ・・・・???なんだか猥褻な想像が膨らんでしまう声が横から響いてきて、思わずほかの先生からもくすっと声が漏れる。男性教師は確実に余計な妄想を膨らませ、あまつさえ別のところも膨らませているかもしれない。


「みなさん、なにを笑っているんですか!?、ほら、玉川先生いい加減岸先生を起こしなさい。それもあなたの仕事ですよ」


校長が若干鼻の下を伸ばしながら、けれど取り繕うように僕を注意する。

校長がおこせばいいじゃないか・・・。

あからさまにこちらに押し付けてくるが、そのことを恥じ入る様子は全くない。校長のすごいところは顔と存在の薄さと対照的に、面の皮だけはぶ厚いところだな。


「え、えー。岸先生、あのーー、会議中なんで・・・起きてもらっていいですか?」


「うーん、タマちゃん、あ、あーーーー、もっと、もっと」


な、なんで僕の名前が出てくるんだ!?、そもそもこれ、なんの夢を見てるんだ・・・!?

自分の名前が急に出てきたことで、僕は激しく赤面し、けれど自分の名前を岸先生が読んだことをなんだか少し喜んでいる自分もいて、戸惑ってしまう。


「岸先生、岸せん・・・!?」


「もっと、クリームパンを~~~!」




 

岸先生が起きたことで、今までたくましく口舌まくしたてていた校長は急にしおらしくなってしまい、果てしなく長く続いた職員会議もなんとか終了となったのである。

すぐに起きてくれれば、僕が怒られる時間もだいぶ短かったのではないだろうか。いや、岸先生が昼寝を決め込まなければ、ほとんど怒られなかった可能性もある気がする。


「あ、そういえばさっきから電話がすごくなっていたんだ・・・」


「そうか、その電話は早く折り返したほうがいいぞ」


何やら岸先生がまた片側の口角を少し上げて、小悪魔的な微笑みを浮かべている。


・・・怪しい。なんだその表情は・・・。

訝しがりながら、ポケットのスマートフォンを取り出してみると、着信履歴に不在着信99件と表示されている。いったいどんなストーカーだ!?

ありえない不在着信の件数に衝撃をうけていると、100件目の着信がスマートフォンを震わせ始めた。


「・・・・はい、玉川ですけど・・・」


「・・・・あ、つながった!大臣、大臣、つながりました!!!」


 どうやら電話をしていたのは話をしたい本人ではないらしい。電話の向こう側はひどくざわついていて、何人かの人がいるようだ。遠くのほうでかすかに話し声が聞こえている。


なんだろう悪い予感しかしない。

・・・ダイジン?


 100件も着信をいれるなんてとんでもないカスハラ大好きな不審者か猟奇的趣味の持ち主が出てくるのだろうと思っていたら、ほどなくすると電話口に低音の落ち着いた声が響いてきた。



「どうも、文部大臣の長塚です・・・・」



え・・・・



「あれ、聞こえているかな?玉川さんだよね」


「は、はい・・・」



にわかに信じられないような名前が出てきて、とっさに言葉を紡ぐことが困難になっている。自分の人生で文部大臣と電話で話す機会があると思う人なんてなかなかいないだろう?


ふと僕の脳裏に昼食の時の岸先生の言葉がよみがえった。


長塚って、長塚大臣なの・・・・・!?


ふと気づけば、電話口で目をしばたかせ挙動不審に陥っている僕を、岸先生はにやにやと薄い笑いを浮かべながら覗いている。

その瞳には正丸君を攻撃した時の冷たさはまったくなくなって、小さな子供がいたずらを見つけてもらい喜んでいるときのようだ。


本当の岸先生はいったい・・・・。


あなたは、誰ですか?
















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