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7/13

女騎士は〇天堂のクリームパンが好き。

「さっきのあれはいったい何だったんですか?」


 仕事がしやすいからということで、岸先生は職員室で僕の隣の席になった。実際には危険人物を完全に僕のところに押し付ける校長の策略である。

 岸先生はときたら生徒とあれだけの騒ぎを起こしておきながら、なにごともなかったかのように平然とした顔をして、つややかな唇を広げながらセクシーなあくびをしている。さっきのことなどこれっぽっちも気にしている様子はない。


 始業式の今日、生徒たちは午前中のみの登校となっており、早々に桜が散りゆく校門から下校の途についている。

 僕もへとへとになりながらもなんとか半日を乗り切って、ようやくお昼休みだ。たった半日しか過ぎていないのにまるで半年経ったように思える。

 正丸君はどこもケガなどしていなかったが、騒動のあとは保健室で過ごし、みんなより少し早めに帰宅していた。帰り際に会ったときも顔色は真っ青だったが、岸先生を見つけると、足をがくがくさせながら直立不動で挨拶をしていた。

「き、き、岸先生、今日はすみませんでした!し、失礼します・・・!」

すぐにでも岸先生の奴隷になってしまいそうだ。


「で、さっきのあれ、いったい何をしたんですか!?」


「ふっふっふ。知りたいのか?」

 岸先生は何を称賛されると勘違いしているのか、得意げな表情を浮かべ、僕を見下したようににやりと笑っている。


「いや、褒めてるんじゃないですよ。そんなドヤ顔されても・・・」

「ん、なんだ。そうなのか。あれをできるのはなかなかいないんだけどな。タマちゃんになら特別に教えてやってもいいぞ」

「じゃあ、教えてください。何をしたんですか?」


「ふっふっふっふ・・・」

岸先生は右手の指を大きく広げ、僕の前に伸ばしてきた。


「なんですか・・・。この手は」

「ただとはいかないだろう。あれは私の1234個の得意技のひとつだ。今日のお昼ご飯で手を打とうじゃないか」

 とがった顎を少し上げ、口元に意地悪な笑みを浮かべながら手を伸ばす姿は小悪魔といった風情だが、この人の場合「小」ではない。悪魔どころか魔王、サタンといった感じだ。ていうか得意技の数、多すぎでしょう。


「いや、別に会得したいわけではないのでけっこうです。とりあえず、さっきのは生徒も悪かったですけど、やりすぎないようにお願いします」

 あなたも怖いけど、モンスターペアレンツとか出てくるとめちゃくちゃ怖いんですから・・・。


 今日の午後は新学年最初の職員会議だ。今朝の正丸君の騒動のことはさっき校長にも報告している。必ず議題にのぼるし、校長のことだから僕に対策を要求してくるかもしれない。

 

 とりあえず職員会議の対策はお昼を食べて考えよう。僕は出勤するときコンビニで買ったソーセージロールと、クリームパンをカバンの中から机の上に出してみる。


 「ぬ・・・」


 ふと見るとさっき出した手を岸先生はまだひっこめていない。

 

 「え・・・」

 岸先生のほうを見てみれば、唇を「へ」の字に曲げなんともいえない表情をしている。ややきつめの美人顔で上目遣いを僕ををにらんでいる。なにやら不満があるようだ。


「え、え・・・と・・・。どうしました」


ぎゅるるるーーーーー


明らかに岸先生のおなかから音が聞こえた。

美人でもお腹は鳴るという衝撃の事実にちょっと驚き、眼を見開いて岸先生を凝視してしまう。


「うう・・・・」


心なしか少しほほを赤らめつつ、すねたような顔で正面に向き直る。

もしかすると、この人にも恥じらいとかそういった人間のような気持ちが存在するのかもしれない。万有引力の法則以来の大発見だ。


「・・・え、えと、菓子パン1個食べます?・・」


僕の声に岸先生はすごい勢いでくるっと向き直り、うれしそうに僕の顔を見てくる。


「うむ、タマちゃんがくれるというのなら、いただこう。こっちのクリームパンで頼む!」


・・・本気でもらうつもりでいたんだ・・・。

「タマちゃん、次は〇天堂にしてもらってよいか。柔らかくふわふわのパンとカスタードに北海道生クリームをかけあわせたあの絶妙な味わいがよいのだ。ヤマ〇キもまあ悪くはないが・・・」

そして人からもらっておいて、なんだか好みがうるさい。


ぶつぶつ言いながらも岸先生はあっという間にクリームパンを平らげ、じろじろとソーセージロールを見ている。明らかに獲物を狙う野獣の目だ。


「・・こ、これはダメですよ!僕のお昼がなくなっちゃうじゃないですか!?」


給水機で汲んできたらしい紙コップの水をチビチビ仕方なさそうにのみながら、岸先生は何やら口をとがらせている。

「・・・・・ケチだな。タマちゃんは・・・ぶつぶつ」


人からもらっておいて、ケチとは大阪商人もびっくりだが、もはや岸先生の傍若無人ぶりに、目くじらを立てる気も起らない。

そういえばとずっと気になっていたことを聞いてみる。


「ところで、岸先生の担当教科はなんなんですか?」


「あー、なんでもいいぞ。長塚からは幅広くたくさんのクラスで授業するよう言われているが、めんどくさいしな・・」


「・・長塚って・・誰ですか、いったい?・・・そうなんですか。え、なんでもって、なんの教科でもできるんですか、岸先生が!?」


「そうだ。大体の内容は覚えている」


「はあ・・・、じゃあ、明日の日本史とかお願いできるんですか?」


「日本史か、まあ日本の歴史に興味はないが、やってもよいぞ。〇天堂のクリームパンと引き換えだな。2個でいいぞ。カスタードと生クリーム&カスタードで大丈夫だ。自分の分も買っておくといい」


「はあ・・・」


なんで授業してもらうのに僕がクリームパンを用意するのか全く意味不明だが、いちいち疑問を口にしていたら一日中質問まみれになりそうなので、放置しておこう。


「さて、次は職員会議とかいうのをやるのだな・・。私も出たほうがよいのか?」

「いや、副担任とはいえ必須ですよ。岸先生がいなかったら、僕が岸先生のことで怒られるじゃないですか」

「そうなのか、私の身代わりになれるとは、うれしい限りじゃないか」


唯我独尊。本当の強者は自然にこれを実践できるようだ。いつの間にか忠臣のような扱いを受けている気がする。


改めて岸先生の顔をじっと見る。ほとんど化粧気がないように見えるのに、肌は窓から差し込む春の光を浴びて、しっとりと艶を帯びている。陽射しが描き出す陰影の中で、岸先生だけがくっきりと浮かび上がるようだ。


自己中心的で、恐ろしくがさつで、恐ろしく強くて、クリームパンが好きで、発言がすっとぼけていて、なんだか、岸先生は僕にないものを持ちすぎている。

一緒にお昼を食べた(たかられた)だけで、気持ちがほだされてしまうとは僕もずいぶんと優しい人間なのだろう。



まあ、いいか・・・・。



なんだかよくわかない、3年の担任なんて嫌だなあ、なんて思っていた気持ちは、一日のバタバタの中でずいぶん薄らいでいる。


自分の気持ちが微妙に変化している。


不思議だ。


岸先生は相変わらずなまめかしいあくびをくり返しながら、眠たそうに窓の外の景色をぼんやり眺めていた。


























































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