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教室に舞い降りた女神

 「えー、今年一年間担任をつとめることになりました玉川丈太郎です。担当する教科は国語です。1年後の今日、皆さんの中には働いている人もいれば、大学に進学している人もいるでしょう、専門学校に行く人もいるし、もしかしたら起業するような人だっているかもしれません。将来の分岐点を控えた貴重な一年です。

皆さんと一緒になっていろいろなことを考えながら先生も頑張ります。高校生活最後のこの1年間を有意義なものにしていきましょう」


 最初の挨拶は大体考えてあったので、そのまま台本を読むように生徒に話した。

 正直ほとんど聞いている人はいない。自分でもどこまで本当なのかよくわからない薄っぺらい内容だからしょうがないのかもしれない。

 特に男子生徒は教室の入り口に控えている女神、岸先生に視線が集中している。担任の30手前の取り立てて特徴のない人畜無害そうな男性教師にはまったく興味がないのが明らかだ。


 「えー、では次に副担任の岸先生からご挨拶してもらいます。岸先生、お願いします」


 とりあえず生徒の注目も完全に岸先生に集中しているし、挨拶くらいはしてもらわないといけないだろう。

 この人、挨拶とか普通にできるのだろうか・・・。

 大丈夫、朝礼でも甲冑はつけていたが挨拶はしていた。日本語もしゃべれるしおそらく大丈夫に違いない。ていうかこの人なんの教科の先生なんだ?こんな人がよく教員試験受かったな・・・。

 

 考え出すと不安なことばかりだが、とりあえずあとは岸先生に託すのみだ。


 女神がつかつかと教卓まで歩いてくる。さっそうと歩く姿は、ここがミラノコレクションのランウェイなのかと錯覚しそうになるほどだ。

 教卓に向けて身体をひねった瞬間、石鹸の香りが岸先生から薫ってくる。さっきまで暑苦しい甲冑をまとっていたのになぜこんな良い香りがするのだろう。美人は香りまで美しく作られているに違いない。

 教卓に手をつくと、岸先生は生徒に向けて女神の微笑みを貼り付け、教室をじっと見渡した。教室の全員が見惚れたように静まり返る。


「副担任の岸姫子だ。一年間、よろしく頼む」


 短い。けれど岸先生の声には強い張りがあり、大きな声ではないのに教室の隅々まで響き渡る。よろしくと言っただけなのに、まるで何か良い話を聞いたような気持ちになった。ずるい。


 生徒たちは女神の声を聴けただけで興奮したようだ。教室が打って変わってざわめく。

「うわあ・・・声まで、天使・・」

「ぜったい、芸能人だよ。テレビとかこの後出てくるんじゃねえ」

「姫子ちゃんだって、もはや神じゃね」

 僕の挨拶のときとは大違いだ。ひどい。あまりに差がついていて、なんだかイケメンと参加した合コンのような切ない風が胸の中を吹き抜けていく。


「姫子せんせーい、質問です!」

生徒のひとりが手をあげる。

「姫子先生、彼氏はいますか?」


あ、いかん・・・。


「姫子せんせーい、俺も質問でーす。好みのタイプはどんな男ですか?」


いかん、いかん、


「姫子せんせーい、あのー、年下とかどうすか?高校生はOKですか?」

「俺なら来年まで待てまーす!」


いかん、いかん、いかん。


「今日はどんな下着つけてるんですかー」

「ばか、そんなこというわけねーだろー。ぎゃははは」


いかん、いかん、いかん、いかーん!


 岸先生の美貌に舞い上がってしまった男子生徒が次々と失礼な質問を始めてしまった。B組には少々素行の悪い、いわゆる札付きの不良グループ的な連中が何人かいることを思い出した。彼らが率先して美人教師に絡みだしたのだ。


 さきほどまでさわやかにな微笑みをたたえていた岸先生の表情が曇っていく。口角が下がり、長いまつげの下の瞳が冷たい色に変わる。

 一瞬寒気を感じ、脳裏をぼこぼこにされていた向井教頭が走馬灯のように走り抜ける。


「あ・・・・」

 声をかけようとしたときはすでに遅かった。

岸先生は何も言わずつかつかと最後に質問をした生徒の前に歩みだした。


「・・・いま、質問をしたのはお前か?」


 岸先生はひとりの生徒の机の斜め前方に立った。左手を腰に当て、右手は生徒の机の上のシャープペンに静かに伸びた。蠱惑的にすら見える細くしなやかな指がそれをつかみ引き寄せる。


「名前は?」


「え、しょ、正丸だぜ。なんだ、教師のくせにマジで怒っちゃったのかよ??」

 何を勘違いしたか、正丸君は目の前にやってきた女神に、少しビビりながらも、ちょっとうれしそうな声をあげている。

 反対に岸先生は無表情な顔で正丸君のシャープペンをしばらく見つめ、そのあとマッチの火を消すような動きで、それを小さく何回か手首だけで振っている。


「これでいいか・・」

小さな声で岸先生がつぶやいた。



「はっ!」



「ぎゃあああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」



 岸先生はシャープペンを大きく振り上げると、正丸君に向けてすさまじい勢いで振り下ろした。そして、それと同時に教室中に断末魔のような悲鳴が響き渡る。

 

 一瞬の出来事に何が起こったのか全く分からない。


 ・・・・な、何か起きた???、

 ・・・当たってなかったし、血はでていない。大丈夫そうだ!・・


「な、なに、なにしやがんだ・・・!」


 正丸君は真っ青な顔で眼を大きく見開き、椅子から転げ落ちそうになりながら、なんとか自分を保ち岸先生に声を上げる。

 必死で虚勢をはる不良少年を、岸先生は冷たい瞳で見下ろしながら今度はシャープペンを勢いよく振り上げる。



「ひっぎいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!!!!!」


 振り上げられたシャープペンはそのあと2回ほど鋭い動きで正丸君の前を往復した。


「ぐげえええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!」

「ぶええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!」


 シャープペンが動くたび、正丸君の悲鳴が教室中に響き渡る。

みんな何が起きたのかまったくわからない。僕もただ茫然と無表情にシャープペンを振り回す岸先生、対照的に汗や涎をとびちらせ、椅子から転げ落ち、教室の床で暴れ悶えまくる正丸君を見ている。



「小・・・しょう・・・オマルだったか?・・・なんか汚い名前だな・・」

 岸先生はシャープペンを正丸君の机に戻すと、床で苦しんでいる彼のそばでかがみ、小さな声で囁く。

ちなみにどうでもいいが、自分で名前を聞いたくせに、まったく名前を覚える気はないようだ。


「オマル、先生が大切にしていることがわかるか?」


 正丸君は床でがくがくと震えながら、岸先生を怯えた目で見ている。さっきまで張っていた虚勢はとうに剥げ落ち、猛獣の前に連れてこられた従順な小動物以下になりさがっている。


「先生は、愛を大切にしている。騎士とは愛のために戦うものを指すのだ。愛のない奴には、罰をくださなければならない」


「ひ、ひいいい・・・」


「オマルは先生に対し愛のない言葉を言ったな。だから、今、罰をうけたんだ。わかるな?」


「ひ、ひ、ひ・・・・」


「わかるな?」


「は、はい!はい!はい!わ、わかります!」



 正丸君を完全に恐怖に飲み込まれていた。

 クラスの生徒たちはいまだに正丸君に何が起きたのか、さっぱりわからないようだった。


 けれど、間違いない。岸先生が何かをした。シャープペンをまるで剣のように扱い、切り伏せたように見えた。



 あまりの出来事に思考が追い付かず、ただただ岸先生を呆けたように見つめていると、その視線に気づいたのか僕のほうをみて不敵な、けれど限りなく魅力的な微笑みを向けてきた。


 教室の中に岸先生の声が再び響き渡る。


「聞き分けのいい子が多いクラスだな!よし、先生もやる気が出てきたぞ!

明日から一緒に愛のあるクラスを作っていこう!みんな、よろしく頼むぞ!」















 











 





 





























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