登場!騎士の岸先生⑤
校長室の前に僕と校長が並んで立たされている。
僕の身長より5センチくらい低い校長の眉間には深いしわが刻まれている。かなりのお怒りモードのようで眉毛だってぴくぴくと動いている。
上司を不機嫌にさせてしまい、なんとなく僕も気まずい思いをしていたが、いっぽうですべてを僕にムチャぶりしてのうのうと校長室で休もうとしていたのだから仕方ないだろうと思う。
5分前にさかのぼる。
着替えをするため職員室から出た甲冑女は、すぐ隣の校長室に目をつけた。
「着替えにはちょうどよさそうな部屋があるな。廊下側に窓もないしここでいいだろう」
甲冑女はノック一つせずにすぐさま校長室にずかずかと入り込んでいき、「おーい、タマちゃん着替え、着替え、早く持ってきて!」
などとのんきに僕を呼び出し、呆然と甲冑女を見ている校長に向かって声をかけた。
「タマちゃんから甲冑を脱いだほうがよいというアドバイスをもらってな。着替えるので悪いがしばらく出て行ってくれるか」
お茶を飲みながら、くつろぎタイムを開始していた校長は被害が自分に及び一瞬だけ眉をピクリと動かした。しかしすぐに甲冑女に歯向かうのは分が悪いと判断したのか、後から入ってきた僕にだけ悪意を露骨に顔に出してきた。
逆恨みもいいところだ。勘弁してほしい。
とはいえ校長も教頭の二の舞は踏みたくないのだろう。すぐにあわててスマートフォンと飲みかけのお茶を持っていそいそと廊下に移動していいった。
僕はと言えば、甲冑女にジャージを貸すために仕方なく生徒用のジャージを身に着け、自分のジャージをきれいに折りたたんで両手で持ち校長室の入り口に忠犬のように控えていた。
「洗っていないんで、ちょっと臭いかもしれませんが・・・」
おずおずと自分のジャージを差し出す情けなさ。カツアゲをされている中学生のような気持ちだ。
甲冑女に自分のジャージを献上した後で、さっき少しだけ、ほんとに少しだけ漏らしてしまったことを思い出したが、まあきっと乾いているだろう。
甲冑女は少し怪訝な顔をしながら、僕のジャージに兜部分を近づける。
かがないほうがいいですよと思ったが、あきらめたのか汚物を触るように僕のジャージをつまみながら、早く出て行けと手をヒラヒラさせて合図を送ってきた。珍しく我慢をする選択をしてくれたようだ。
さてこういった顛末があり、いま僕は校長と並んで甲冑女が出てくるのを待っているわけである。
大の大人が二人直立不動で女性の着替えが終わるのを待っている図はシュールだが、相手が常識を200回くらい通り越している甲冑女なので、どうしようもない。
さらに5分ほど気まずい時間をすごした後、校長室の扉がゆっくり開いた。
校長と僕の視線はドアの中に立つ元甲冑女に注がれた。
嘘でしょ・・・
僕はアホ面選手権で優勝できそうなほどぽかんと口をあけ、彼女を見つめる。
栗色の背中まであるストレートヘア、抜けるような白さとみずみずしさを保った肌、長いまつげを携えた意思の強さを感じさせる大きな瞳、細くやや高い整った鼻梁、滴るようなつやのあるピンク色の唇、ほほから美しい繊細なラインを描き出すあご、細身の身体はジャージの上からでもスタイルの良さがはっきりとわかり、どこをとっても非の打ちどころのない美女が校長室のドアの内側で女神の微笑みを見せていた。
「さあ、タマちゃん、教室に行くぞ!」
甲冑女と同じ声でしゃべる女神に僕は慌てて返事をする「は、はい!」
すれ違いざま、長い髪が風に揺れ、僕の鼻先を掠める。
柔らかな髪に少しだけ触れたほほが急に熱く感じた。