登場!騎士の岸先生⓷
思えば、校長は謎めいた人だった。
七三に分けたやや薄めの髪の毛、細い目、細い眉、細い鼻筋、薄い唇、体も手足も全体的に細く、体は薄い。
とにかく印象に残らない存在で、いつも朝礼や各種の行事ではそれなりに長々としゃべっていたはずだが、全く覚えていない。
しかし、今日僕ははじめて校長をすごい人だと思った。
ぼこぼこにされた教頭を見ても「おやおや、保健室行きですね」
と言っただけで、動じた様子はゼロだった。
教頭に同情する気持ちも特になさそうで、教頭が「だ、だずけて・・・ごうちょう・・・」
なんてつぶやいていてもまったく意に介す様子はない。
校長の横には仰々しく重々しい、しかしながら光沢美しい甲冑を身にまとい、あげくに腰にはきらびやかな装飾が施されたさやに包まれた大剣を携えているザ・甲冑人間が立っている。職員室の中に一か所だけ中世の世界から飛び出してきたような異空間が出現していた。
そんな中、校長はまったくいつも通り、しれっと
「えー本日から着任される騎士先生です、はい、ご挨拶をお願いします」
普通に朝礼を進めている。どういう神経だ。
「いま、校長から紹介された通り、私が新人教師の岸 姫子だ。騎士ではなく、岸だ。騎士の教師、岸さんだ。わからないことばかりだが、みんな、よろしく頼む」
キシのキョウシ、キシとか意味不明だけど・・・。一番わからないことばかりなのはお前の存在だろ!
心のハリセンはバシバシ打ち鳴らされたが、実際の僕は引きつった愛想笑いあをうかべながら、拍手なんてしている。
まわりの先生たちは同様なのだろう。放心しているように口を半開きにして、騎士先生を見つめている。軽くよだれをこぼしている人も何人かいそうだ。
ところどころにとぼけた発言を織り込んでくる甲冑人間。いや甲冑女に確かめたいことは山積みだが、とりあえず触らぬ神に祟りなし。
とにかくかかわらないに越したことはない、甲冑女との距離の取り方の方針を僕は固めた。向井教頭のように天に召されるのはもう少し後がよい。
「じゃあ、新しい1年。みなさん生徒のことを第一に考えて、頑張っていきましょう!」
校長は予定調和な感じの締めの挨拶をして、なんの疑問も解決させぬまま朝礼を終えてしまった。ちなみに教頭は校長室のソファに安置されている。
本日、生きてお帰りになることを祈るばかりだ。
「玉川先生」
朝礼が終了し、とまどいつつみんなが散り散りになろうとするところを僕は校長に呼び止められた。正直嫌な予感しかしない。
「3年B組だけど、副担任がいなかっただろう?」
「そうでしたっけ・・、あの大丈夫ですよ・・お気になさらず・・」
校長の後ろにいる重々しい影から目をそらしながら小声で返事をする。
「いやいや、はじめての3年生だろう。まして、B組はちょっと癖のある生徒もいるからね。絶対に、うんそう絶対に副担任がいたほういいと思うんだよ」
「え・・・とですね、それはまさか・・」
「君のために、本当に君のことを思って副担任を岸先生にお願いしておいたから、あとよろしくね」
校長のうっすーい顔が、般若に見えたのは間違いではない。
このおっさん、本当に侮れない。校長を暴行する闇バイトがあれば、時給200円でも応募してしまいそうだ。