登場!騎士の岸先生①
私立野火止高校3年B組
僕は高校教師となって、5年目の春をここ野火止高校3年B組の担任として過ごすこととなった。残念極まりない。
教師なんて昔はやりたがる人もいたかもしれないが、今はまさに不人気業種。モンスターペアレンツにいじめ問題、ちょっとたたけば体罰、ちょっとエロい目で女生徒を見れば、セクハラだと、リスクだらけだ。おまけに給料は安いし、残業はゲロが出るほど多いし、部活だ、課外活動だなんだかんだ、パンダ子パンダ、休日出勤当たり前の過酷な職業だ。
そりゃやりたがる人いなくなるわ。
日本の教育の質の低下は致し方なし、僕も片棒を担ぐ自信ありなわけだ。
3年の担任なんて、最悪だな。
僕、玉川丈太郎は、全くやる気のでない4月8日の朝をこうしてぼんやりと職員室の窓から眺めていた。
もちろん、僕だってはじめて教師になったときは、緊張していたし、今の3倍くらいはやる気が満ちていた。生徒の信頼を得られる自分であるために葛藤もした。ときには生徒との関係性に悩み、ともに成長していく未来を想像していた。
5年間の歳月はいろいろなことがある。
日々の小さなことの積み重ね。一生懸命指導したつもりだった生徒の些細な行動や、信頼関係を築けていたと思っていた生徒のちょっとした言動、ほんとうにつまらないそういったことが積み重ねられていく中で僕自身も少しずつ変化していった。
明るい未来を描いていたはずの心は、薄い暗色で重ね塗りされていき、今はきっとかなり濃いグレーに変わってしまった。
職員室の中から登校してくる生徒の列を眺め、校庭の端に並んだ桜の木々に目をやる。ピンク色の花びらが朝の陽ざしとささやかな風に舞い散っている。美しいはずのその景色さえ僕の目には灰色に見えている。
これから一年間の学校生活を想像するだけで、なで肩がさらにがっくりと落ち、背骨と水平になりそうな勢いだ。
笑顔で校門をくぐる生徒たちは、屈託ない笑顔をみせている。高校生は純粋だし、いっぽうで残酷だ。その笑顔の裏側でひどく人を傷つけることだってできるのだ。
遠くで笑いあう生徒たちの姿を見ながら、不思議な無力感や虚しさがかすかにわいてくる自分が嫌になってしまう。
「いやー、玉川くん!おはよう!今年は初の受験生の担任だね。やりがいで燃えているかな!?」
後ろから声をかけてきたのは、禿げ頭が黒光りして無駄にマッチョな50代。歩いているだけでわいせつ物陳列罪でつかまりそうな向井教頭だ。
背はたいして高くない。171センチの僕と並べば間違いなく僕のほうが背が高い。けれど週5でスポーツジムで鍛えているだけあり、やたらと上半身の厚みがある。上半身の厚みは僕の2倍くらいはあるだろう。
絶対に鏡の前で何度もポーズを変えながら大胸筋をぴくぴく動かしては、自分の筋肉に見惚れて悦に浸っているタイプだ。おお、気持ち悪い。
そんな筋肉お化けの向井教頭は通り過ぎながら、その鍛え上げられた上腕二頭筋と広背筋を駆使して、僕の背中を勢いよくたたいてくる。
本人はきっとさわやかな朝の挨拶のつもりだろうが、結構痛い。まったくイラっと来ることこの上ない。
「玉川くん、今年の新任の先生は女の子だよ~。エッチな指導とかしちゃダメだからね~」
向井教頭はやたらと近くまで顔を寄せてきて、セクハラまがいのことを言っている。教頭というポジションでありながら、リスク管理とかまったくできていなそうである。ついでに黒光りした顔が近くて気持ち悪いので、もう少し離れてほしい。
「さあて、新人教員を玄関に迎えに行ってくるかな!」
明らかにウキウキした足取りで教頭は職員室を出て行った。
その背中を見つめながら、どうしようもないうらめしさがこみ上げため息がこぼれた。