後ろの正面だあれ?
これは明治時代のある日。
冬の寒い雪山での事。
元士族で落ちぶれた若い男は、盗賊などに身を落として憲兵に追われていた。
……流石に、雪山まで入れば追って来ないだろう。
男は雪を踏みしめながら、憲兵の追手をかわし山頂へと着いた。
山頂には、灯りが灯る一軒家が男の目に止まる。
……あ?……こんな険しい雪山に一軒家だと?地元に住む俺でも聞いたことが無いぞ?
不審に思いながらも、男は家へと近付いてみた。
障子の目の前まで来た時だ。
「おっかさん、粋の良い人間を捕ってきたよ」
「っ!?」
小さな女の子の声が聞こえ、男は青ざめる。
……今、何て言った!?粋の良い人間!?
男は恐怖に震えながらも、障子の隙間から中を覗くと。
女の子が嬉々として解体している者を見て、思わず男は吐きそうになった。
解体されている者、それは先程まで自分を追っていた憲兵の成れの果てだった。
「かねこ、また外に粋の良い人間がいるよ」
「っ!?」
背を向け鍋を暖める母親の言葉に、男は恐怖に固まる。
「はあい、今日は人間が沢山いるね」
かねこと呼ばれた女の子が振り返った。
「あひいいっ!?ひいいっ!!」
男は恐怖で理性を失い、死に物狂いで一軒家から逃げ出した。
灯りに映る自分の影が母親に気付かれていたのだ。
それから男がどう逃げたのか覚えて居ない。
気付いたら、麓の街にある警察署に居た。
男は憲兵に、雪山で起きた一軒家の事、憲兵が喰われていた事を洗いざらい全てを話す。
憲兵達は最初こそ、取り合わず男が気でもおかしくなったのかと思ったが……
数日後。
雪山の山道に、憲兵の生首と軍服、骨の残骸を見付けた憲兵達は遂に捜査へと乗り出す。
男から再び聞き出した憲兵二人は、松明を手に雪山を山狩りした。
やっと山頂まで着くと、男の証言通りに一軒家が見付かる。
銃と刀を構えながら、憲兵達が一軒家に飛び込むと、そこにいたのは二匹の餓鬼だった。
【餌が来たよ、かあちゃん】
【沢山沢山食べようねえ】
餓鬼達は憲兵達に襲い掛かるが……
「うわああああ!!」
「来るな来るな!!化け物があっ!!」
無我夢中で憲兵達は刀を振り回し、銃でひたすら撃ちまくる。
弾丸が尽きた頃、餓鬼二匹も蜂の巣にされたのかそのまま息絶えた。
倒れた瞬間、人間の骨となり憲兵達の前で崩れ落ちる。
「……確か、雪山の悲しい悲劇を死んだ爺さんから聞いたことがある」
「悲しい悲劇?」
憲兵の一人が言うと、もう一人の憲兵が目を丸くする。
「天保の大飢饉が起きた時、山頂に木こり親子が住んでいたらしい。先に父親が餓死して死に、その亡骸を母親と娘が泣く泣く食べたようだが……それでも空腹になって餓死をしたと……」
「まさか……さっきの餓鬼二匹は?」
そこまで聞いて憲兵は気付いた。
「自分達が死んだことも知らずに、妖怪となり人間を喰っていたんだな。時代とは言え、可哀想な妖怪達だった」
「……そうだな」
憲兵達は顔を見合わせると、骨を地面に埋めて墓を作り手を合わせるのだった。
「さてと、麓に戻るか」
「そうだな」
憲兵達は背を向け雪山を降りようとした瞬間……
先程作った墓から餓鬼二匹が出てきた。
【ご飯ご飯ご飯ご飯ご飯ご飯】
【餌餌餌餌餌餌餌餌餌餌餌餌】
涎を流しながら餓鬼二匹は二人に襲い掛かる。
「「ぎゃああああ!!」」
憲兵二人の絶叫が雪山に響いたのだった。