新体制はいい事ばかりではない
十月になり正式に発足した商用AI事業推進本部は、九月に実働を開始した本部員が新しく用意されたフロアに集合した。
本部長席も用意されているが普段は専用の個室に居る為、ここにはいない。従ってこのフロアのトップは営業部長と開発部長の俺になる。
まだ三十才で部長だ。目の前には俺よりも年齢的に上の社員も大勢いる。レイアウト的には営業部が隣の島で開発部が俺の目の前だ。
開発部は構成として第一開発部と第二開発部がある。両方の課とも席はここにあるが、第一開発部は、その機密性からも普段の作業は元の室で行う。第二開発部もここに席があるが、大半が客先にいる。
隣の営業の島のセクレタリ席には御手洗さんとまどかと他に三人のセクレタリが各課毎にいるが御手洗さんは部長のセクレタリも兼任しているらしい。
俺にとって都合の良い事に全員こちらに背を向けている事だ。そして俺のセクレタリも新しく着任して来た。
「神崎部長、第一課兼任で部長のセクレタリをさせて頂きます溝口香苗と言います。宜しくお願いします」
「溝口さん、こちらこそ宜しく」
溝口さんは、四十過ぎのキャリアな方だ。俺の知らない社内的な事もサポートして貰えると期待している人だ。
「神崎部長、早速ですが、本日の午後五時に金剛谷執行役から打合せの要請が来ています。要件はAIの技術的な事に関する確認だそうです。場所は執行役員室で行うそうです」
「分かりました」
珍しいな金剛谷執行役はERPビジネスの担当役員だ。AIビジネスには関わっていない筈だが。だが執行役からの要請だ。断る訳にもいかない。
俺は午後五時五分前に金剛谷執行役員室に出向いた。中に入り
「金剛谷執行役。神崎です」
「おお、神崎君か良く来てくれた。早速だが君の開発したクラウド化された商用AIについて聞かせてくれ」
何が聞きたいのか分からずに、取敢えず全体感を話した後、クラウド化について顧客が受けるメリットを話した。
しかしこんな事、営業が作ったパンフでも読めばわかる事。俺は金剛谷執行役の目的が見えなかった。十五分程説明したした後、
「執行役、更に細かい事は、部下に説明させますが?」
「いや、今ので充分だ。ところで商用AIの機能を現在のクラウド化されたERPに応用する事は出来ないかね。君の意見でいい」
俺は、商用AIが営業取引から経理、財務に至る部分のAI化をしている事を理由に会計分野で有れば実現出来る可能性もあるが、既に会計部分をERP化している企業が商用AIを導入するのであればERP側からデータを入力するインターフェイスを作る必要がある事を説明した。
商用AIの会計部分に手を加える事は出来ない。出来れば従来のERPの会計部分を捨て商用AIの会計部分を共有して貰うのがベストだとも伝えた。
なるほどな。商用AIはERPビジネスの敵となる反面も持っているという事か。同じ社内とは言え、利益の相反するビジネスがあるというのは面倒だな。
しかし、神崎開発部長は、噂通りの人間だな。外連味の無い所がいい。それだけに面倒な男でもある。
「なるほど、良く分かった。ところで君はまだ結婚してなかったな?」
「はい?」
急に話を変えて来たな。
「誰か心に決めた人がいるかね」
「いえ」
先程とは全く違う顔で俺に聞いて来ている。これが俺を呼んだ目的か?
「そうか、今度君に合わせたい女性が居るのだが?」
「執行役員、俺は仕事が忙しくてとてもそういう事を考えている時間は無いんです。そう言う話であればまた今度にして貰えませんか」
「そう言うとは思っていた。会うだけでも良いんだ。その女性は西島まどかの友人でもあるんだ」
「えっ?!」
どうしてここでまどかの名前が出てくるんだ。
「どうして西島君の話が出て来たか分からない様だが、それは本人に聞くのがいいんじゃないかな?」
全く分からない。俺にとってまどかはもう友達と言うか知合い程度の優先度だ。だが執行役の意味有りな言い方が気になる。
「分かりました。お会いしましょう」
「そうか」
俺の頭の中は金剛谷執行役の部屋を出た後、混乱の極みになっていた。執行役は、ERPビジネスの担当役員、商用AIとは会計分野で統一しないといけないが、今の時点ではそれは出来ていない。その話だと思っていた。
最初はその話だったが、それは態度から見て俺を呼ぶ餌で有って、本当はその後に話した事が今日の本題だったような気がする。
それにしても何故執行役員の知り合いがまどかとどんな関係があるんだ。
俺が自席に戻ると外に出ていた営業が戻ってきたのか、営業部の島は随分にぎやかになっていた。
ちらっとまどかの方を見ると営業の人と資料を見ながら話をしている。先ほどの執行役の話は気になったが、今は話しかける気にもならなかった。
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