優香と夏休み
ちょっと長いです。
―――――
優香との夏休みは、長野県の野尻湖に一泊で行く事にした。少し遠い感じがするが、関越道から上信越道に入れば四時間で行ける。車は実家に置いてある自分の車だ。二人乗りでリクライニングが無いけど途中休憩いれれば問題ないだろう。
行き場所が決まってからか優香は週末にスナックに行くたびにニコニコ嬉しそうな顔をしている。
会社の仕事も仕様に問題があるとか、外部事業者との間に課題が出るとか特に担当現場からも定時報告では聞いていなかった。
それでもクローズド商用AIをクラウドバージョンに置き換える作業は簡単ではない。開発工程を一年、テスト工程を四ヶ月取って、更にカットオーバーまでのアローワンスを二ヶ月取っておくという全体工程だ。
商用AIは一度動き出せば、人間の一週間分の仕事を一秒もかからずに終わらせてしまう。結果に問題があっても人間がそれに気付くのは最短で日単位だ。その頃には、手も付けられなくなっている。それだけにテストには用心を重ねた。
問題はバグだけではない。ハッカーからのデータ改ざんも含まれる。それだけにも意地悪に意地悪を重ねたハッキングも試す事になっている。
更にはクラウドの中枢となるDB本体の破壊、停電、通信網の全面不通、部分断線など上げたらきりがない事を全て洗い出して試行する必要がある。そんな事は起こらない、そんなはずはないという思考の持ち主はこのプロジェクトにはいない。
そんな事を毎日試行しながら、外部への広報活動支援の準備も進めなければいけない。何も無くても午後九時前に会社を出るのは厳しい状況だ。
ただ、金曜だけは午後八時に上がる様にしている。自分で緩急つけないと精神的に参ってしまうからだ。
そしてやっと迎えた八月十二日。優香は前の日から夏休みという事も有って、金曜日の夜から俺のアパートに来ていた。理由は早朝に実家に行って車を出して、高速が混む前に走ろうと言う訳だ。
午前四時、この時期はもう十分に明るい。前日は一応一回戦だけで終わらせたので、睡眠は十分だ。
「優香、行くぞ」
「龍之介も忘れ物ない?」
「有ったら現地調達派」
「もう」
この時間、電車の始発は動いていないので、ちょっとリッチにタクシーを使って実家に行った。
実家の前でタクシーから降りると優香がポカンとしている。
「どうしたの優香?」
「ううん、ちょっと大きいなと思って」
裕福な家とは聞いていたけどちょっと想像より大きかった。龍之介はここで育ったんだ。
「優香、玄関に入って待っていて、車、車庫から出すから」
「分かった」
俺は一度優香を玄関の上がり縁に入らせると車庫に行った。車庫は裏手から横を通って車止めに持って来る。
エンジンが温まっていないので、少しアイドリングしながら優香を迎えに行くと母さんが玄関に来ていた。
「あっ、母さん起こしちゃった?」
「気にしなくて良いわよ龍之介。今日は早く車を取りに来ると聞いていたから、起きただけよ。それよりこちらのお嬢様は?」
「今日から一泊で旅行に一緒に行く武石優香さん」
「二人で旅行って、どういう関係なの?」
「今俺がお付き合いしている人」
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。龍之介さんとお付き合いさせて頂いています武石優香と言います」
「そう」
この前来た子より安心出来るわね。でも武石さんって?
「母さん、エンジンも温まったから行って来るよ。戻しに来るのは明日の夜遅くかも知れない」
「気を付けてね。行ってらっしゃい」
「うん」
「行ってきます」
俺は優香と荷物を持って車に行くと彼女が
「車ってこれ?」
「うん、長距離乗る車じゃないけどレンタカーもなあと思って。大きな荷物はボンネットに入れて、小さな荷物はシートの後ろの隙間に入れて」
ミッドシップなので背中はエンジンしかない。
私は、テレビとかでは見た事有るけど、これから旅行に行く自分がこれに乗るとは思っていなかった。
「龍之介、これは?」
「ああ、お尻の下に薄くクッション置いた方が痛くないかなと思って」
「そうなの?」
不思議がる優香を車に乗せて、環七に向かった。もうこの時間だと車の量も多くなって来る。
それでも流れているから助かる。関越入口から乗って最初は周りの車に合わせる様に巡航速度百キロ位で走った。この車ではデジタルパネルの速度計が下の方にちかちかしているだけだ。
東京都を抜け、埼玉に入った段階で少しだけ速度を上げた。巡航速度を百二十キロにした。隣に座っている優香が黙ったままだ。
「どうしたの優香」
「こ、これって車だよね」
「そうだけど」
「さっき高速の入口入った後、龍之介がアクセル踏んだとたんにシートが背中をというか腰辺りをグーッっておしたから、飛行機みたいな感覚になってしまって。それと後ろからの音結構大きいよね」
0-100、2.9秒はちょっと早かったか。やっぱり、父さんの車にした方が良かったかな。
「ごめん、やっぱりベンツとかのが良かった?」
「そんな事はないけど。ただ驚いているだけ」
優香をなだめながら途中SAで三十分ほど休憩をとり、野尻湖ICで降りた。思ったより早かった。まあ巡航速度がちょっと早かったからかな?
「優香、まだ午前十一時前だね。チェックイン出来ないし、荷物だけでも預けて散歩でもしようか」
「うん」
車を降りて安心したのか顔がいつもの笑顔に戻った。
ホテルのフロントに言って車を駐車場に置かせてもらい、荷物をクロークに預けると野尻湖に足を向けた。
良く晴れているけど気温は東京とは全く違う。爽やかで涼しい風が流れていた。自然と優香が手を繋いで来る。
彼女は白のワンピースを着て少し大きめの縁の帽子をかぶっている。とても似合っている。
「ふふっ、嬉しいな。こんな風に龍之介とのんびりできるなんて」
「俺も嬉しいよ」
「あっ、あれって。白鳥だよね?」
ボート乗り場の近くに大きな白鳥が数羽のんびりと浮かんでいた。
「そうだな。気持ちよさそうだな」
「泳ぐ?」
「まさか」
「ふふっ、冗談」
車を降りて三十分位散歩してのんびりとベンチに座っていると東京の喧騒が頭の中から消える。来て良かった。
「龍之介、お腹空かない?」
「そうだな」
俺達は野尻湖の傍に有るレストランのオープンテラスでゆっくりと昼食を摂った。もう運転もしないからと地元のマスカットワインも飲んだ。
「美味しいね」
「うん、こののんびりさがいいよ」
「そうだね。来て良かった」
一時間程いた後、野尻湖の遊覧船に乗った。ちょっと子供っぽいけど朝早くからの運転で無理は禁物と思ったからだ。本当は野尻湖を一周できる二人乗り自転車にしようと思ったけど、それは明日にした。
それから俺達は、ホテルにチェックイン。男女別だけど野尻湖が見える大きなお風呂にのんびりと浸かった。
お風呂出口で待合わせて二人でゆっくりとする。本当はビールとか飲みたいけど、今から酔ったら後が大変になる。炭酸ジュースで我慢した。
夕食は、日本海で取れた幸や野尻湖で取れた幸、それに地場の山菜と盛沢山だった。勿論この時はビールと白ワインを頼んで二人で飲んだ。
部屋に戻ると
「龍之介、もう一度お風呂に行かない、そしてその後は、ねっ」
「分かった」
一度かいた汗をシャワーで流してからのんびりと湯船につかった。アパートでは出来ない極楽だ。
適当な時間に出ると少しして優香が出て来た。部屋に戻ると
「龍之介、寝ないよね!」
「あ、ああ」
やっぱり体力あるな。
一回戦した後、
「龍之介、私ここに来て良かった。とてものんびり出来たし、何より龍之介と二人だけになれた。
私ね、会社はのんびりだし、スナックでバイトしている様な人間だから龍之介が働いてる世界って想像もつかない。
どんな仕事しているかも知らない。でもUSに長い間仕事に行ったりしているから凄い事しているんだろうなとは思っているけど…。
そんな私だけど龍之介の傍にいたい。ずっと傍にいたい。龍之介の周りには私より素敵な人が一杯いると思う。でも私は龍之介の傍にいたい」
優香が俺の胸に顔を付けて来た。
「抱いて、もっと抱いて」
優香の言っている意味は分かる。彼女ももう二十七。そろそろ考える年齢だ。でも俺には、今は仕事以外にそういう事を考える余裕はない。いや前は少しだけあった。裏切られたけど。あれは俺が遊ばれただけか。だから今は優香に返事は出来ない。
俺はゆっくりと優香の唇を塞いだ。
「龍之介、起きよ。もう午前八時だよ。確か朝食は午前九時までのはず」
「えっ、そんな時間」
昨日朝早かった事や夜の頑張りも有ってしっかりと寝てしまったようだ。
俺達は一度着替えて直ぐに朝食を摂りにレストランに行った。
食べ終わって部屋に戻ると
「レイトチェックアウトだから午前十一時までは部屋に入れる」
「そっかぁ、どうしようか。もう一回する?」
「今日は帰りの運転もあるし」
「ふふっ、冗談よ。お風呂でも行く。ここのお風呂広いしいいよね」
「そうだな。そうするか」
俺達はもう一度お風呂に入ってと言っても景色を見ながら湯船につかるだけだけど、それからチェックアウトして黒姫山に行ったり、野尻湖一周サイクリングをしたりして午後二時位まで遊んだ。
「優香、そろそろ帰るか。渋滞覚悟でのんびり行こう」
「うん」
途中までは空いていたが、関越出口で二キロ渋滞に摑まった。この車渋滞に弱いけど何とか持ってくれた。
そして一度優香のアパートに行って荷物を置いた後、俺のアパートで荷物を置いて実家に車を戻しに行った。
「龍之介、まだ午後七時だよ」
「うん、夕飯を食べたら俺の部屋に行こうか」
「ふふっ、もちろん」
俺の部屋でベッドに横になりながら
「優香、昨日言っていた事だけど」
「うん」
「俺は今の仕事に集中したい。気持ちはわかるけど、会社がせっかく俺に任せてくれる仕事だ。何としても成功したい。そしてその後も成長させていく必要がある。
だから、今は何も言えない。でも優香が傍にいてくれるのは俺も嬉しい」
「うん、それだけ聞けば今は十分だよ」
龍之介が今の仕事に責任をもって向かっているんだ。それをお応援するのが今の私だよね。
「ねえ、また一週間会えないから。ねっ」
龍之介のこの優しい仕方が好き。この人と絶対に離れない。誰にも渡さない。今は見えないライバルにも。
―――――
投稿意欲につながるので少しでも面白そうだな思いましたら、★★★★★頂けると嬉しいです。それ無理と思いましたらせめて★か★★でも良いです。ご評価頂けると嬉しいです。感想や、誤字脱字のご指摘待っています。
宜しくお願いします。




