ゴブリン研究所
残酷な描写があります。
魔法省魔術開発研究局生体魔法運用研究所
長ったらしい名前のこの研究所は巷間では専ら「ゴブリン研究所」と呼ばれていた。
ダイムナット大陸の中央に聳える霊峰ライナン山の四方に広がる広大な樹海、前人未到とまではいかないまでも、人の往来を阻む魔境は大陸に住む人々の暮らしにとっては恩恵と脅威、双方を与えるものだった。
大陸西方に位置し、大陸一の国土と大陸西海岸に貿易、漁業の盛んな港を持ち、魔物たちの跋扈する樹海へと赴き、時には霊峰の麓まで到達する優秀な探索者たちにより、魔物から獲れる素材や貴重な霊薬などを国内の探索者協会が常に一定量確保できる。
大陸一の穀倉地帯まで有した超大国こそがバザンタ共和国であった。
元々は大陸北方のカルダ王国の植民国だったバザル公国、ラナム市国、西方民族の首長たちによるガル首長連合国と、三つの国だったのだが。
カルダ王国の政変により、カルダ王国が分裂。
時を同じくして、南方の神聖協会がカルダ王国との関係により、当時の教皇が失脚し、ラナム市国へと亡命。
これに精強な兵力を持ちながらも南北の勢力により樹海側へと押し込まれていたガル首長連合国が動いた結果。紆余曲折を経て、今のバザンタ共和国ができあがった。
軽く説明するならば、親族である当時の教皇を受け入れたラナム市国にたいして、南方神聖協会に属する国々へと働きかけ、教皇の身柄と引き換えにラナム市国へと攻めいる大義を認めさせ、協力をとりつけ。
カルダ王国内の民主化勢力へと支援を約束し、クーデター成功後、バザル公国の動脈たる港を攻める後方支援を密約。
そうして見事に西方の三国を平らげたあと、民主化により政情不安に陥った旧カルダ王国ことカルダ民主主義国に支援の名目で介入。
南方神聖協会との繋がりを確保し、教皇の引き渡しの条件として、バザンタ共和国首都ビニャルに聖堂を建設し枢機卿の一人を赴任させることに成功した。
そんな感じで樹海に遮られて滅多に交流のない東方を除けば、大陸の覇権を欲しいままにしているバザンタ共和国なんであるが。
ゴブリン研究所と呼ばれる施設は首都ビニャルの郊外に広大な敷地を有して存在している。
さて、魔法省の管轄として魔法の研究開発を担当する研究所の中で、生体魔法運用研究所が「ゴブリン研究所」なんて呼ばれているのは、実に単純な理由だった。
今日も樹海から生きたまま捕らえられ、人型の魔物との交雑で増やされたゴブリンたちが、様々な実験体として研究に活用される。
そう、モルモットのかわりにゴブリンが生体実験をうけ、その結果として運用可能な生体魔法の研究開発を行うのが、「生体魔法運用研究所」であり、だからこその「ゴブリン研究所」略して「ゴブ研」なんである。
「所長、実験体No.1058より1157まで100体、拘束完了しています」
実験用の広い室内には特殊な加工を施された椅子に拘束された100体のゴブリンたちが並んでいる。
所長と呼ばれた男は所員からの報告に頷くと、雰囲気からは想像し辛い陽気な声で実験開始を宣言する。
「うんうん、じゃ、予定通りに今日はバフ魔法の限界実験といこうか。新たな術式が出来たのはいいんだけどね。ちゃんと運用試験しとかないとあぶないからねー」
所長の呑気な声で実験が開始されると、所員の一人が椅子の前に設置された透明な隔壁ごしにゴブリンへとバフ魔法をかけ始める。
こうした実験の起こりは、とあるテイマーの思いつきから始まった。
パーティーで樹海攻略をしていた探索者の一人、ゴブリンなど下級の魔物を使役するテイマーの男がある日こんなことを言い出す。
「なぁ、ゴブリンも人型なんだし、魔物にデバフが効くなら、バフも効くよな」
いくら仲間が使役しているとはいえ、魔物にバフをかけることなど考えてもみなかった支援魔法の男は、面白そうだやってみたのだ。
それから、ゴブリンに使える霊薬、ゴブリンに効く毒薬、ゴブリンと人間でバフの効果の違いなど、パーティーのメンバーそっちのけで二人の男は研究に盛り上がる。
結果として、それらの研究はテイマーと支援魔法師との連携強化策として好評を浴びることはなかった。
そもそも、テイマー自体が成り手の少ない不遇職だったからだ。
だが、その研究に国家が注目した。
ゴブリンを実験体として用いるという発想。
倫理的にアウト気味な実験にも、魔物を使っているということで批判が出にくいと予想されたこと。
軍事、医療、やそれに関連する様々な事柄への発展性、何よりも、意外なほどにゴブリンと人間との間で共通することが多いことで、ゴブリンの実験体としての価値はすぐに跳ね上がった。
椅子に拘束された最初の実験体の体が跳ねる。
皮膚が裂け、膨れ上がった筋繊維が弾けてゴムが爆ぜるような音が木霊する。
「あれー、放出された魔力量なら、こんなに過剰症状は出ないはずだけど、新術式は変換効率が予定よりも上がってるのかな」
「まだ個体差の可能性もありますし、数体はおなじ魔力量でやってみましょう」
隣の同族が爆ぜたことで横にいるゴブリンたちが暴れだすが、しっかりと拘束されている上に喉も潰されているためにモゾモゾ動くことしか出来ない。
「元気な実験体ですねー。筋力値などの測定装置は正常に機能してますか」
「問題ありません、機器は全て正常に作動してます」
「それは良かったー。では次々いこうか」
魔力量を調整するため、専用器具を用いて魔力を通し術式を刻んだ発動機へと通していく。
個体差も加味して限界ラインが何処なのか、値を出していくのだが。
次々とゴブリンたちが爆散していく。
腕が足が膨らんでは水をぶちまけたような音とともに萎んでいく。
膨れ上がった腹筋が筋に沿って柘榴のように裂けていく。
「いやー、素晴らしい結果だね。では次はゴブリンメイジたちを使って精神ステータスの増加量と、限界の実験だな」
先ほどよりも全体的に細く、小柄なゴブリンたち。
万が一魔法を発動されないよう、喉を潰し、手首を切り落とされたゴブリンメイジたちは、頭や胸などに計測器をつけられて拘束されている。
「あー、流石に爆散しなくなって良かった。晩御飯食べれなくなるかと思ったよ」
「冗談言わないでください。所長は生首のよこでケーキ食べれる人でしょう」
「人をサイコパスみたいに言わないでよー」
和気藹々と語りながら数値を書き込んで行く前で、ゴブリンメイジたちは目から鼻から耳から血を流し、泡を吹いて死んでいく。
「いやー、今日も有意義な結果だったね。これで新術式の運用も問題ないでしょう。まぁ、もう少し実験を重ねていかないといけませんけどね」
「いくら養殖してるといっても有限なんですからね、所長」
「大丈夫大丈夫、我が国の探索者は優秀さ、ゴブリンなんていくらでも調達してくれるよ。ゴブリンのおかげで、我が国の医療、魔法技術は日々進歩しているんだ。生ける害悪が、今では貴重な実験体として生け捕りするのが当たり前なんて、凄いことさ」
「ホントに凄いですよね」
血だらけ実験室を清掃する職員をみつつ、所員は呟く。
「死体も活用するから、宜しくねー」
にこやかに去っていく所長のことを、所員たちが魔王と呼んでいることを所長は知らない。
何となく思い付いて書きました。
感想お待ちしてまーすщ(´Д`щ)カモ-ン