5日目
真夜中、騒々しい目覚ましの音で目を開く。まだ日付が変わって30分しか経っていない。全くなんでこんな時間に…。頭の中で愚痴をこぼしながら私服に着替える。家族を起こさないように注意して家を出た。こんな時間にバケツと蝋燭を持っているなんて、不審者どころか放火魔と間違えられるんじゃないかと危惧していたが、幸い道中で人に会うことはなかった。
目を擦りながら真宵のことを待つ。
10分程すると、いつもと違う装いで彼女は現れた。
「お待たせ。」
「あぁ。」
「あぁって……。そこは嘘でも今来たとか気遣いの言葉をかけるべきじゃない?減点だよ!」
「何の点数だよ……。」
「というか、それ以上私の姿を見て言うことないの?」
彼女が身を1回転させながら言う。
「幽霊になっても服着替えられるんだな。」
「何それ。仮にも彼女の浴衣姿なんだから褒めるくらいしてよ。」
「あー、うん。かわいいよ。」
「棒読みだなぁ。そんなんじゃ彼女できないよ。」
「いいんだよ。別に。」
もう、そんなものが欲しいとも思わない。
「……。」
「ほら、さっさと始めようぜ。人に見られたら面倒なことにある。」
「あぁ、うん。そうだね。」
こうして僕らは久方ぶりの花火を楽しんだ。
残りの花火も少なくなってきた頃、線香花火の袋を開けながら真宵が言う。
「そう言えば、昔もここで花火したよね。」
「あぁ、小学校2年の時だったか?」
「そう。花火大会の後に私がもっと見たいって言ったやつ。」
「花火好きだったもんな。」
「あの頃はこの花火の良さはまだ分かってなかったなぁ。」
「まぁ、儚いものの良さは子どもには分からないだろうね。」
「今となっては一番好きで、特別な花火だけどね。」
「……へぇ。」
『特別』
何故かは分からないが彼女の口から出たその言葉がひっかかる。もしかしたら彼女の未練とも関わりがあるのではないか…。
ただ、そこに深入りしていいものなかどうかが分からない。彼女がどこか物憂げな表情をしているがために、直接聞くのは憚られた。
「はい。」
そんなことを考えていると真宵が線香花火を手渡してきた。
「どっちが長く点けてられるか勝負しよう。」
「いいけど……。」
二人同時に花火に火を点けた。
パチパチと燃える火を見ながら、以前やった花火のことを考える。もう随分と昔の事なのではっきりとは憶えていない。
けれど、あの頃の僕はまだ線香花火が嫌いだった気がする。家族と手持ち花火をするときもいつも線香花火を避けていた。
ただ、あの日は珍しく彼女と一緒に線香花火をやったんだ。そうだ、その時彼女と何か話をした気がする。大切な話を。それはなんだったか…。
考えごとに集中していると、いつの間にか火球は落ちていた。
彼女の方は…まだ火が点いている。少し憔悴したような火花が彼女の横顔を仄かに照らし出していた。
「よし、花火もやりきったしそろそろ帰るか。」
「そうだね。暁人、眠そうだし。」
当たり前だ。いくら休日だからとはいえ、こんな時間まで起きていることは中々ない。
まぁ、今となっては彼女に共感を求めることはできないかもしれないけど。
少し意趣返しも兼ねて、彼女に言う。
「僕は君と違って生きてるからね。」
彼女はクスクスと笑った。
「今日はありがとね。楽しかった。」
「それは良かった。」
「またやりたいこと思い付いたら言うよ。」
「おう。」
「じゃあ、またね。」
「うん、また。」
そう言って、互いに別々の方向に歩きだす。
『また』って一体いつまでこっちにいるつもりなんだろう。
そう思ったけれど彼女にしてみれば、まだこっち居たいと思うのは当たり前かと考え直した。特段、僕に不都合があるわけでもない。
ただ、次会う時までには夜中に起きることに慣れておこうと思った。