1日目
制服のまま消波ブロックの上を跳んでいく。濡れるか濡れないかの瀬戸際まで来て腰を下ろした。
服に染み付いた線香の匂いが鼻につく。あの子の為に焚かれた大量の線香。向こうで煙たがっていないだろうか。夕陽に照らされた海面があまりにも今の感情とミスマッチで少し目を閉じた。彼女との思い出が蘇る。途端、目の内に塞き止めていたものが溢れだしてきた。
「おーい、暁人。」
ほら、声色も喋り方もこんなに明瞭に…。
「あ、起きた。」
目を開けるとそこにはもう会うことの出来ない筈の彼女がいた。
「……真宵?」
「やっほー、暁人。元気だった?」
元気なわけがない。旧友が死んで文字通りお葬式ムードなのだから。
しかし、そんな返答もすぐには頭に浮かばず、結局僕は彼女からの質問には答えられなかった。
「どうして……。」
「うん?」
「君は、交通事故で……。」
「うーん、そうなんだけどね。ちょっとやり残したことがあって戻ってきちゃった。」
おどけた様子で彼女は言う。
「はぁ?」
何を言っているんだこいつは…。生前から陽気な奴だとは思っていたけれど、まさか死してなおとは…。
こっちの心象を無視して彼女は続ける。
「さて、私は人生に満足できず、未練と言う名の鎖で現世に繋がれている哀れな仔羊ちゃんとなった訳だけれど。」
「朗らかに何言ってんの?」
「君には私を救う義務があると思うんだよね。」
突然何を言っているんだ…。
「路頭に迷った可哀想な少女を放っておけないでしょう?」
「随分と厚かましい迷子だな。」
「ということで君には今日から私の未練を晴らす手伝いをしてもらいます。」
「……僕の話聞いてる?」
「……嫌?」
「う……。」
やめてくれそんな真っ直ぐな目で見られたら断りづらいじゃないか…。
「分かったよ。」
「やった!ありがとう。」
全く面倒なことになったものだ。
とは言え、彼女の未練とやらを晴らせば良いみたいだし、さっさと終わらせてしまおう。
「それで、君のやり残したことって?」
「んー、私もっと青春を謳歌したかったなーって。」
「というと?」
「えーっと、誰かとデートしたりとか、ハグしたりとか…?」
前言撤回。どうやら一筋縄ではいかなそうだ。というか…
「それは僕には荷が重いな…。他を当たってくれないか?」
「こういうの頼めそうなの暁人しかいなくって。」
「いや、何で僕なら良いと思ったの?」
「……。」
謎の沈黙が訪れる。これは、僕がチョロいと思われているとかそういう感じだろうか…。
「一応言っておくけど、僕恋愛経験はゼロに等しいよ。」
「知ってる。」
それなら一層、なぜ僕なのか…。もう一度尋ねようとするも彼女の言葉に遮られる。
「まぁ、いいじゃん。恋人が出来たときの予行演習だと思ってさ。」
「幽霊が練習相手とか悲しすぎるでしょ。」
「そんなこと言わないでよ。」
彼女は笑いながら言う。一体何が面白いというのか…。
「君ね……。」
「お願い。」
彼女は少し首を傾けて、またも真っ直ぐな目でこちらを見てくる。
「分かった、出来ることはやるから。」
だからその表情をやめてくれ……。
彼女が僕を選んだ理由など腑に落ちない点はいくつかあるが、彼女の目線に負けて結局、承諾することにした。やっぱり僕はチョロいのかもしれない…。
「それで、具体的にはなにしたいの?」
「そうだねー、色々考えてたんだけど、まずはデートからかな。」
デート……。良かった、それならまだ負担は少なそうだ。こちらから特別なアクションをする必要もないだろう。『まず』とか『から』とかこれより先を示唆するような表現があったのは気になるけれど…。
「何処か行きたい場所とかあるの?」
「いや、特にココ!ってところはないんだけどね。行く場所も一緒に決めたいなって思って。」
「そっか……。」
「暁人は何処か二人で行きたい場所ある?」
「特には……。僕は」
人のあまり多くない場所ならどこでもいい。そう言おうとした時、一つの疑問が頭に浮かぶ。
「暁人?」
「そう言えば、君、他の人からはどう見えてるの?」
「多分、暁人以外には見えていないと思うよ。さっきお葬式会場うろうろしてたけど誰にも気づかれなかったし。」
そんなのお坊さんもびっくりだな。
そう心で呟きながら、話を続ける。
「てことは君と喋ってると傍目からは一人で喋ってるとように見えるってこと?」
「そうなるね~。」
彼女はケタケタと笑いながら言う。
「何が面白いのさ…。変人に見られるのは困るんだけど。」
「じゃあ、夜の公園とかどう?人なんて滅多に来ないだろうし。」
「まぁ、それなら……。」
「やった!花火しようよ、花火。もう夏だし。」
「別にいいけど、僕花火なんて持ってないよ。」
「私の家に余ってたやつ持ってくるよ。」
「了解。日にちは?」
「次の土曜日にしよ。その日1時に、あの公園集合ね。」
「分かった。」
土曜日ならこちらにとっても負担は少ないだろう。そういう細やかな気遣いはいかにも真宵らしいと思った。無茶なお願いはしてくる癖に…。
気がつくと日も既に沈み、辺りはすっかり暗くなっている。腕時計の短針は8を少し過ぎた辺りを指していた。
「そろそろ帰ろうか。」
「えー、もう少し話してようよ。」
「悪いけどこれ以上は明日に関わるから。」
それに女子をあまり夜遅くまで外に居させるのも危険だろう。幽霊である彼女に危険なんて概念があるのかは知らないけれど。
「まぁいいや、じゃあ、またね。」
「うん、また。」
別れの挨拶もそこそこにその場を後にする。
家に着き、軽めの夕食をとってシャワーを浴びる。そしてそのままベッドに寝そべった。
目を閉じて今日1日を想起する。まさか彼女が再び僕の前に現れるとは。感情が追い付かない。一体この先どういう気持ちで彼女と接すれば良いのだろう…。
考えているといつの間にか眠っていた。