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再会

 

「だんなさま、行ってらっしゃいませ」

「ああ、行ってくるよ」


 毎朝のランゲ伯爵邸の日常は、伯爵夫妻のいちゃいちゃから始まる。


 あれから毎晩二人は一緒に寝るようになった。

 カトリーナがディートリヒへの好意を自覚すると、途端に溢れ出す気持ちは態度に出るようになった。


 ディートリヒは抑えてはいたが漏れ出ていた好意を隠さなくなった。

 まず、したくてもできなかったプレゼント攻撃が始まった。

 花束、お菓子から始まり、宝石など毎日のように何かを買って来てはカトリーナに贈るのだ。


 最初は喜んでいたカトリーナだったが、毎日続くとさすがにやりすぎだと怒った。


「物を頂くのは嬉しいです。でも何を買うか迷って時間が経って、その分だんなさまと過ごす時間が減ってしまうのが寂しいです」

「そうか……」


 彼とて妻に気持ちを示す物を贈りたい。カトリーナもそれはよく分かっていた。


「だ、だからっ。買いに行く時間があるなら、物はいらないので、だんなさまと一緒に、いたいのです……」

「分かった。寄り道せずにすぐに帰ることにするよ」

「一緒にいられる時間が増えますね!」


 妻の笑顔には勝てないディートリヒだった。



 カトリーナも甘えられるようになった。

 普段はしっかり者で働き者の彼女だが。


 休憩時など手が空いた時、ディートリヒに近寄り、さり気なく服をつんつんして気を引く。

 上目遣いも忘れない。

 ディートリヒの気が引けたらふわりと嬉しそうに笑うのだ。

 そんな妻がかわいくて仕方ないディートリヒは、毎日顔が緩みっぱなしである。


 こんな初々しい姿かと思えば、夜は貪欲に夫を求める。


 たった一つ、不満があるとすれば、カトリーナは「だんなさま」としか呼ばない。

 あの日。

 カトリーナが名前を呼んだのは、王太子から助けられたあの時だけだったのだ。

 紹介するときに呼ばれた事はあったが、ディートリヒは常に名前で呼んで欲しいのだ。  

 夜に夢中になりすぎて呼ばせる事はある。

 だが、自発的に日中も呼んで欲しい。

 ただ、「だんなさま」と呼ばれるのもいやではないので、どちらかで悩ましくはあるのだ。

 結局は愛しの妻から呼ばれるなら、どちらでも、何でも嬉しいのがディートリヒという男であった。


「ま、それはおいおい、という事で」

「? どうかなさいましたか?」

「いや。……そう言えば、今度の休みの日、出掛けないか?」

「デートですか? おしゃれしなきゃですね!」

「デートというか、以前言ってた……」


 ぱあああっと効果音が鳴るのではと思うくらい、カトリーナは顔を綻ばせる。

 るんるんと何を着て行こうか侍女と話し始め舞い上がっているカトリーナを、ディートリヒはある場所へ連れて行きたかった。そこである人物に会わせたいのだ。



 ディートリヒの休日、伯爵邸から出発した馬車は、目的の場所に着いた。


「ここは……」


 カトリーナにとって見慣れた風景。

 産まれた時から嫁ぐまでいた場所。


 そこは、オールディス公爵邸だった。


 なぜディートリヒがここに連れてきたのか見当も付かないカトリーナは、まさかそんな、と不安になってエスコートする夫を見上げた。

 だがディートリヒは微笑むだけでゆっくり進む。


(これだけ夢中にさせといて、まさか、そんな)


 不安な気持ちを紛らすようにドレスをきゅっと握りしめた。



 公爵邸の玄関をくぐると、カトリーナには見慣れた執事が出迎えてくれた。


「いらっしゃいませ、ランゲ伯爵、ならびにご夫人様」


 うやうやしく礼をする見慣れた執事に戸惑いながら挨拶をすると、目を細めて懐かしむような眼差しを向けられた。


 それから見慣れた廊下を案内され、向かった先は応接間。

 ディートリヒに促され、ソファに腰掛けるがカトリーナは落ち着かなかった。


「だんなさま、あの、どうしてここへ?」

「うん? 勿論お義父(ちち)上に会いにだよ」


 やはり、とカトリーナは胸がざわついた。

 それならば今までお世話になったと笑顔で言わなければならない。

 だが口ははくはくするだけで声が出ない。

 そのうち瞳からぽろりと雫がこぼれた。


 それを見たディートリヒは慌てた。


「な、ど、ちょ、」


 慌てすぎてあたふたするが、何とかハンカチを取り出しカトリーナの涙を拭う。


「だん…だん、なさま、今、まで……っ、お世話に……なり……っく、ましっ……ぅう……」


「待った! 待って、誤解してるだろう!? 君をここに帰すために連れて来たんじゃないから!」


 嗚咽を堪えながら発したカトリーナの言葉で、涙の原因を察したディートリヒはすぐさま否定した。

 以前実家に帰りたいと言ったカトリーナに反対した彼が、今、こうしてカトリーナの実家に連れて来たのだ。

 そういう事だろうと思ってしまったカトリーナが泣いてしまうのは仕方ない。


「……ふ、では、っ、なぜ、ここに……っ」


 未だ涙が止まらないカトリーナを安心させようと、ディートリヒは抱き寄せた。


「前に言った事を覚えているか? お義父(ちち)上の予定を聞いてみると。君とお義父上を会わせる為だよ。結婚して一度も会えてなかっただろう?」


 カトリーナは、はた、と思いだした。

 確かにマダムリグレットから帰宅したあと手紙を見せられ、一度会いに行こうと言っていた。


「でもっ、それは、お父様が私を捨てたからっ……」


 記憶が戻った当初、カトリーナは父親宛に手紙を出した。だが返事は『引き取らない』だった。

 あの時の絶望は忘れられない。


「いつか手紙を見せただろう? 婚姻してすぐからお義父上とは手紙のやり取りをしていたんだ」

「……へっ」


 その言葉が意外過ぎて、カトリーナの涙は引っ込んだ。

 机仕事が苦手なディートリヒが、妻の父に手紙を書いていたというのに驚いた。

 しかもやり取りという事は一度では無いと言うこと。

 当主決済でさえ集中力がすぐに欠けてしまうのに、と。


「君の様子をずっと、お義父上に手紙で報告していたんだよ」


 カトリーナは更に混乱した。

 自分は見捨てられたはずだと思い込んでいた。

 だが自分の知らないところでずっと夫と父は繋がっていたと言う。


「お義父上は、ずっと君を心配していたんだよ」

「う、そ……嘘ですわ。や、やっぱり、だんな……っさまはっ、私を……」

「嘘じゃない。それに俺は君を離さないと言っただろう?」

「で、ですがっ」


「信用できないなら信用してもらえるように今以上に愛を注がねばならないな」


 ディートリヒが上目遣いで妻の手に口付けをすると、カトリーナは顔を赤らめ気まずそうに目を逸らした。


 そして再び見つめ合い、互いの顔が触れるくらい近付くと


「……あのー、僕の存在忘れてる?」


 二人が肩を跳ねさせて見た先にいたのは、オールディス公爵その人だった。


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