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実は夢じゃないのか?

 

 王太子の一件があり、カトリーナは伯爵邸で一日を過ごしていた。

 ディートリヒからしばらく屋敷から出ないようにと諌められたのだ。なので家令のフーゴと共に領地関連の仕事をしたり、本を読んだり、刺繍を刺したり。

 時折エリンやソニアたちとサロンでお茶を飲んだりする事が彼女にとって癒やしとなっていた。


『ただの嫉妬だ』


 カトリーナは、あの日の言葉を思い出していた。

 自分が王太子に迫られているのを見て嫉妬してくれたと喜ぶ反面、自身の気持ちに気付かされ、ディートリヒとは顔を合わせづらくなっている。


 ディートリヒも最近は忙しいのか、朝晩の食事を一緒に摂ることも難しくなっていた。

 顔を合わせても慌ただしく出掛けたり執務室にこもったりする為、会話もだんだん少なくなっていった。


 その事にカトリーナは寂しさと、不満を募らせる。


(ひ、暇だからね! 会いたいわけでは、無いのですわよ)


 誰に言うわけでもなく、1人悶々としていた。

 そのうち無意識に


「旦那様は何時頃お帰りかしら」

「たまにはゆっくりお過ごしになれば良いのに」


 そんな呟きが毎日続くので、聞かないふりをしていた使用人たちはカトリーナの変化に戸惑っていた。


(これじゃまるで私があの人に会いたいみたいじゃない?)


 それは違う、断じて違うと思うたび、思考はただ一人で占められていく。

 本当は気付いている。

 だが、恥ずかしくて否定したい気持ちと、受け入れてくれるか不安な気持ちが混ざってつい言葉に棘ができてしまうのだ。


「あとどれくらいで帰って来るかしら」


 いつもの呟きに


「今日は17時頃にお帰りですよ」


 と、うっかり執事のハリーがカトリーナに漏らすと、彼女の顔はみるみる朱に染まる。


「だ、誰も気にしてませんわよ!? 待ってもいませんからね!?」


 カトリーナからすればそれは心の中での呟きだったのだ。誰かに聞かれるなんて思っても無かった。

 だが小さい声ながら、口から発せられたその声は周りの耳に届く。

 その場にいた使用人は、あたふたするカトリーナににこにこしている。


 16時少し前、カトリーナは部屋の中でうろうろしていた。今日のやるべき事を終え、昼過ぎからチラチラと時計とにらめっこしていた。

 そのうち意を決して侍女を呼ぶと、髪型をセットするように言った。


「べ、別に気分転換、そう、気分転換なのよ!」


 そう言いながら顔は真っ赤である。


 侍女のソニアは「きれいに致しましょうね」とにこやかにセットしてくれた。



 17時少し過ぎた頃、そわそわときれいに着飾ったカトリーナは玄関先にさも用事があると言わんばかりにうろうろしていた。


 何度も侍女に「おかしくない?」「変なとこない?」と聞き、その時を浮き立って待っている。


 そのうちカラカラと馬車の音がし、玄関先で止まると、ビクリと跳ねる。

 そのせいか心臓がドキドキ高鳴って誰かに聞かれるのではないかとひやひやした。


 やがて玄関の向こうから声がし、扉が開かれると、ディートリヒの姿が見えた。


 使用人一同が「お帰りなさいませ」と頭を下げると、「ごくろう」と声をかける。

 その中に何故かいつもよりきれいに着飾った妻の姿を見つけて、ディートリヒはドキリとした。


 久しぶりにまともに顔を見た妻は、顔を朱に染め、指先をもちもちさせて俯いている。美しさと可愛らしさが混ざり、何とも言い難い気持ちになった。心なしか何かいい匂いがする。


「おっ、お帰り、なさぃ…ませ…」


 俯き、声を裏返し、恥ずかしさからか消え入るような語尾になった妻にきょとんとしたディートリヒは、やがて破顔し


「ただいま戻ったよ」


 と、妻の額にキスをした。


「っ! すまない、つい、嬉しくてつい……」


「い、いえ、大丈夫です……」


 カトリーナはびっくりして夫を見上げたが、なぜか物足りなさを感じた。


(私、あんなに嫌っていたのに)


 これだけでは足りない。もっと触れ合いたいと思ってしまった。だが、それを伝えるのは、はしたないと思われてしまうわ、と浮かんだ気持ちを閉じ込めた。

 だが、それでも気持ちは溢れだす。


 カトリーナは自分でも止められない気持ちを伝えようと、意を決した。


「あ、あの、旦那様、今夜、お話ししたいと思うのですが、お部屋にお伺いしてもよろしいかしら…?」


 最近会話をしていなかったせいか、緊張が先に出て言葉を上手く紡げない。

 それでも可愛い妻から真っ赤な顔で上目遣いに言われ、断る男はいないだろう。


「もちろんだよ。待っているよ」


 戸惑いはしたが、妻から寄って来てくれるのだ。嬉しくないわけがない。


「ほんとですか?お疲れではありませんか?」

「君と話すのは好きだし、疲れも飛ぶから大丈夫だよ。……君こそ、俺と一緒にいて、その…」


 嫌われてはいないだろうが、好かれているなどと都合の良い考えはしていない。そんな妻がいきなり夫と話したいと言って来た。

 ……もしかしたらいい内容ではないかもしれないが、それでも会話ができると思うと喜びが勝る。だがそれは自分だけで、妻は仕方なく話すのではと戸惑いもあるのだ。


「暇なの! そう、暇だから! ちょっとくらいならいいかしら、と思って! 大した話ではないのだけれど、旦那様とおしゃべりしながら寝たいなぁと思ったの! では私は下がりますね! 晩餐までごきげんよう」


 早口でまくし立て、カトリーナはそそくさと立ち去った。

 時々足元がおぼつかないのかつんのめりながら部屋に戻って行く妻を唖然として見つめながら


「……ちょっと俺を殴ってくれないか」


 そうつぶやいた主に失礼とは思いながらもペちんと叩くのは執事のハリー。


「…………痛くないけど痛い気がする」


 呆然と、ふらふらと部屋に戻る主を生温かく見守りつつ、ハリーはにこにこしながら今日の晩餐の指示を出しに行くのであった。



 その日の晩餐は、なんとなくギクシャクした二人が、なんとなく続かない会話をしながら、なんとなくつつがなく終わった。


「で、では、だんなさま。後程、お伺いしますね」


 カトリーナが退室する際、ディートリヒに声を掛けた。

 頬を染め、瞳を潤ませて。

 照れたような、恥ずかしがったような表情で、きゅっと服を摘んで食堂をあとにする。



 カトリーナが退室してしばらくぼーっとしていたディートリヒは、自身の頬を思いっきりつねった。


「……いたい……」


 知らず知らずのうちに鼓動が早鐘を打つ。

 ごくりと息を呑み、ふらふらと自室へ戻る主の後ろ姿を見ながら、使用人一同は敬礼をした。


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