一か月目
「おかえり!ウェスト!そのなりじゃ今日もダメだったみたいだな!」
ダンジョンから手柄なく帰った俺が酒場に入るなり品のない大声で声を掛けてきた男がいる。この酒場兼ギルドハウスのボス、サウルだ。
このギルドは”ガイスラッシュ”かつて高名な長剣使いだったサウルの二つ名に由来し、俺も”昔”あこがれた剣士の一人だ。今はただの品のないおやじだが。
「おいお前!『ただいま』も返さずに失礼なこと考えてんだろ!!」
バレてる。まあいい続けよう。
マッケイガンをクビになった俺は、元居たギルドにいても座りが悪いので、どんな冒険者も受け入れるこの弱小ギルドに登録した。
マッケイガンはギルド内でも注目株だったこともあり、自意識過剰かもしれないが噂話をされるのが嫌だったのだ。
前のギルドを抜けた後からひっそりとしたこのギルドでソロ冒険者としてコツコツ毎日を送っている。
「ああ、失礼した。ただいま。」
サウルにおねだりされていた”ただいま”を返してやる。
「おう。てめぇ口調は丁寧だが失礼なこと考えるとすぐ顔に出んな」
そう。俺が自分再起計画の一環として変えたものに口調がある。冒険者という仕事柄舐められないように、今まではかなり汚い言葉遣いをしていたがそれを改めた。へりくだるような言葉遣いはしないが”いかにも無頼漢”といったような言葉を使わないように心掛けている。少しずつ自分のキチンとした部分を増やしていくことで、自分がいつかしてしまった妥協を取り返すことに繋がるはずだと考えて。
心で無礼を働くのは直せないみたいだったが。
「まあいい。いつものでいいな?で今日はどこのダンジョン行ったんだ?」
サウルは俺がいつも食べてる豆を煮た質素な料理を木製の器にこれでもかと盛りながら必要以上に大きな声で話しかけてくる。
「ラヴァル草原だ。初心者ダンジョンでも手柄なしとは、なかなか世知辛いものだな。」
サウルは、沈んだ口調の俺とは対照的に、明るいい声で
「ガハハッ!!そりゃそうだぜ!!てめぇのたるんだ体じゃ、草原のすばしっこいモンスターたちは狩れねぇよ!!まあ豆食って体作りな!!」
ぐうの音もでないことを言われてしまった。そう、たるみ切った体は一か月ではまだ戻っていない。少しづつ変化はしてきているがまだまだ太っている。
ラヴァル草原は初心者がよく使うダンジョンだ。動きの速い小型モンスターしかおらず本来であれば弓矢を使って狩りをするような場所だ。剣を使う戦士の俺では交戦にすらならない。デブだからモンスターを追うこともできない。
クビになってから一か月、心機一転して初心者が行くようなダンジョンに通っているが結果は散々だ。長年”本気を出せばできる”という言い訳に縋りついていたが、幻想は打ち砕かれてしまった現状だ。
山盛りの豆を食べながら、もう少し食事の量を減らしてくれたらもっと早く痩せるはずだと考えてしまうが、サウルは長年一流の剣士として活躍していた男だ。体作りはサウルのほうが知識がある。
運動量を考えればもう痩せててもおかしくないはずなんだが、サウルのは俺にいっぱい食べさせたいらしい。
俺がガイスラッシュに登録した理由の一つに、有名な剣士であるサウルの下であれば、剣士として学べると思ったことがある。しかし今のところ『食って、運動しろ』しか言われていない。
まあ今は愚直にやるしかない。先人のいうことには従っておくべきだろう。たとえそれが品のない小太りのおや
「おい」
また心を読まれてしまった。流石は一流の剣士。今まで敵との高度な読み相いををしてきたのだろう。俺の思考を遮るとは。
勝手に人の心を読んでキレてくるのは意味わからないが、謝っておこう。
「すまない。冗談だ。」
「内心で思ってんなら冗談じゃなくて本音だろうが。」
確かにその通りだ。うまいことを言う。
おっさんとじゃれるのもそこそこに、豆をなんとか食べきった俺はサウルに小袋を渡す。
「ごちそうさま。いつもと同じだ。」
サウルは袋の中身を取り出し、
「はいよ。今日も薬草はちゃんと持ってきたな。今日も結構な量だな。」
と言い、量を確認すると薬草代のから飯代を引いた小銭を俺に渡してきた。
モンスターをまともに狩れない俺は薬草で日銭を稼いでいる。タルカスからもらった金があればしばらくは生活できたが、堅実な生活の基盤として収入を持つことは大切だ。
なんとキチンとした考え方だろうか。以前の俺ならば働きもせず100ゴールドをすぐ酒代にしてしまっていただろう。俺は確実に進化しているようだ。フフフ。
サウルは
「なんだぁ、冒険者がそんな小銭でニヤニヤしてんじゃねぇよ」
なんて言ってるが、嬉しそうな顔をしている。案外、俺のこの小さな達成感もサウルには”読まれて”しまってるのかもしれない。
なんだか居心地が悪いので少しおどけて
「わかったよ。明日はもう一枚多くもらえるようにがんばるよ。」
と告げると、サウルは、そういうことじゃねぇんだがなと笑いながら
「確かに今のお前ぇにはそれが一番だな。腐らずやれよ。」
なんて危うく胸にジーンと来そうなことを言ってきた。ますます決まりの悪くなった俺は
「ありがとう。おっと、帰ってトレーニングをする時間だ。それでは。」
とサウルに捨て台詞のように吐きそそくさとギルドハウスを出た。
少し暖かい気持ちになりながらギルドハウスを出て家に向かう。落ちぶれても手を差し伸べてくれる人がいるというのは存外にうれしいことらしい。
しかしこう人が気持ちよくなってるときに限って水を差す奴が出てくるのが世の常だ。
ほら現に、前の方から厄介そうな3人組が歩いてきた。
なんだか見たことある人かもしれない。前のギルドにいた別のパーティの奴だろうか。
あと1メートルですれ違うというタイミングで突然、その中の1人が大声をあげた。
「おいウェスト。お前マッケイガンをクビになんたんだってな!」
「ッ!」
「おい、なんか言ってみろよ」
「・・・」
3人組とすれ違うときに大きな声が聞こえたのでびっくりしてまった。
しかし思い出せない。どこかで見たことのある3人組なんだが。
記憶を掘り返すことに集中するも思い出せない。
あと少しで思い出せそうなのに。
まあいい帰ろう。
背中に喚く声が聞こえるが、家路をいそいだ。