05【日菜子視点】妖精は恋してる
妖精の名前はフェイに決まった。
私は床の上にごろりと寝そべって、上機嫌でフェイの設定資料、もとい、サトちゃんが話をプロットに落とし込む前にノートに殴り書いたネタ帳を眺めていた。
デザイン画のフェイは私とお揃いのフワフワくせっ毛。それを高い位置でツインテールにしている。
童顔でぷにぷにした、美しい妖精というよりは、子供のように愛らしい女の子。
耳の先はツンと尖っていて、フェイが人ではないことがわかる。
ふわりと軽やかな素材のワンピースに透明の羽、髪と衣装は花や蔦で飾っている。
「かぁわいぃ~なぁ~、サトちゃん上手いなぁ」
それも私がモデルなのだから、こそばゆいけど嬉しいったらない。
私は足をジタバタさせながら、顔がニヤニヤするのが抑えられなかった。
サトちゃんは今、練り直した2話のプロットを担当さんに見せに行っていてアパートにはいない。
私は早く担当さんからのGOサインが知りたくて、サトちゃんの家で待機していた。
「フェイはねぇ、クルークのことが好きなの」
ネタ帳を見ながら、ふふっと私は笑う。
そんなことはどこにも書かれていない、私の脳内設定だ。
「クルークはサトちゃんだと思うんだよね……。本人、自覚してるかわかんないけど」
ちょっと頑なで、でも意思が強くて負けず嫌い。
そんなところがそっくりだな、って思う。
「フェイは、クルークの剣なの。何があってもクルークの為に戦って、クルークを守るんだよ」
フェイの絵の上にそっと手を乗せて私は語りかける。
フェイは怪我をして一人ぼっちで森にいた。
ガシュレイがクルークの村に放った火が森に燃え移り、そこにいた妖精達もほとんど死んだのだ。
瀕死の傷を負い、仲間を失ったフェイもクルーク同様、ガシュレイに復讐したい、だからクルークと手を組んだのだと設定にはある。
ガシュレイには強い呪いがかけられていて、誰も容易には殺せない。
反乱の際も処刑されなかったのは、彼が不死に近かったから。
でも妖精の力を借りればとどめを刺せる。
フェイは人の願望を投影し姿を変える能力を持っている。
ガシュレイに勝つための強い武器をクルークは求め、フェイは介抱してくれたクルークへの恩返しと、仲間の仇をとるためにそれに応えるのだ。
一人ぼっちできっと心細くて寂しかったよね、フェイ。
クルークに会えて良かったね。
フェイは復讐とか仇とか、そんなのはどうだっていい気がする。
サトちゃんの作ったシリアスなシナリオそっちのけで、私の脳内のフェイは、自分を介抱してくれた愛しのクルークと旅ができること、クルークの力になれることが嬉しくて仕方がないのだ。
パラパラと設定資料を捲っていくと、今後の漫画の要となるおおまかなあらすじが書いてあった。
何度も斜線が引いてあり、その上からあちこちに線を引っ張って設定が書き換えてある。
新キャラのフェイが突如登場したため、話の軌道修正が必要になったのだと思われた。
3話は1話を丸々使ってクルークとガシュレイの直接対決を描く。クルークはガシュレイへの復讐を完遂させる。
そして4話、ガシュレイを倒し……。
私は、ページを捲る手が止まった。
4話、ガシュレイを倒し復讐を果たしたクルークは何も満たされない。
戦いには勝ったが、フェイの死により復讐や戦いは悲しみしか生み出さない負の連鎖だということに気づく。
クルークはガシュレイの死後に、ガシュレイの足取りや生き様を辿ることにより、その虚しさを一層感じることになる。
フェイ……。
ぽつり、と知らず知らずのうちに呟いていた。
「フェイは死んじゃうんだ」
表情は動かなかったし、ショックはそれほど大きくなかった。
サトちゃんにとってフェイは、私を元に作ったキャラクターであっても、もう一人の人格を与えたキャラクターだ。
過酷な運命を与えることをサトちゃんは厭わない。
そして5話でクルークはハルカにプロポーズする。
クルークはもう2度と剣を持たず、二人は慎ましく幸せな家庭を築いていく。
「そうして、クルークとハルカに子供ができて、フェイって名前をつけたりしてね……」
ノートをパタンと閉じて笑った。
努めて明るく。
クルークの為に死ねるのならば、フェイの生涯は幸せなものだったんだろう。
それならば、それでいい。
玄関のドアを開ける音が扉の向こうで聞こえた。
私はその音に跳ね起きて、廊下を走って待ちわびていた人を迎える。
「帰った、通った」
短くそう言って、軽く口の端を上げて笑うサトちゃんに、私も「やったね!」と明るく響く声で答えた。