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漫画のつくりかた  作者: 右左山桃
番外編
41/45

【日菜子視点】ふたりは関係を進めたい・4

 サトちゃんが部屋に戻ったのを確認した途端、私の額からは汗が吹き出た。


「う……うわぁぁぁ……」


 言っちゃった……。

 大胆なこと言っちゃったぁ!

 もう後には引けない。この旅行で私は、サトちゃんとの関係を進めるんだ。

 世間一般のカップルがどうかなんて知らないけど『したことない』って言ったら鹿乃子はビックリして、マナからは『ある意味カリスマだねぇ』と謎の賛辞を得た。

 まぁ、周りの反応なんてどうだっていいよ?

 でもさ、サトちゃん。

 昔、一河さんとはしようとしたじゃない。

 何で?

 何で私とは、いつまで経ってもしたいと思ってくれないの。

 喉元まで出かかっている思いを飲み込む。

 あの頃サトちゃんは高校生なんだから責めたって仕方ない。

 多感で性欲旺盛な十代。彼女がいたら、エッチなこと考えるよね……。

 私、小学生だったし。そんな大昔のこと引っ張り出して、どうこう言われたらビックリして困っちゃうって言うか、ドン引きだよね……。

 私もドン引きだよ。

 自覚はある。私の愛はいつも自分では抱えきれないくらい重くて痛い。


「はぁ」


 思わず湯船に顔をつける。

 泊まる旅館は予めインターネットで調べておいた。

 各部屋に露天風呂が付いている旅館だとわかったら、鹿乃子に言われた。

 一緒にお風呂に入って、胸を武器に攻めて攻めて攻めまくれ、と。


『日菜子のお胸は最強だと私は思うよ』


 そうね、大きさだけはあるからね。

 自分の胸元を見つめ、ふに、と揉んでみる。

 手の中で柔らかく沈み、形を変える。

 ふに、ふに、ふに。

 触ったら、気持ちいい、とか。思ってくれるのかな……サトちゃん。


『他に特に無いしね、武器』


 鹿乃子の言葉を思い出し、ぐ……と拳を握る。


『まぁ、貧乳好きだったらそれも駄目なんだろうけど』

「貧乳好きか……」


 貧乳好きかは知らないけど、少なくともサトちゃんは巨乳に興味が無いと思う。

 亜季おねえちゃんみたいな、セクシー路線の人を毛嫌いしてるし。

 わかってるんだよ。サトちゃんの好みは、奥ゆかしい清楚な子。

 一河さんみたいな。

 ほっそりした一河さんに胸はあまり無かったと思う。目分量だけど、あってもBカップ。

 でも、彼女には異様な色気があったから。

『ご……ごめんね、小さくて。こんなのじゃ満足させてあげられないよね』とか言って上目遣いで恥じらうだけで、男の人は滑落するんじゃないのかな。


 想像しただけで凹む。

 正直、今でも一河さんには女子として勝てる気がしない。

 もう付き合って三年も経つのに。

 未だに何かにつけて一河さんと比べちゃう自分が嫌。

 サトちゃんも、その辺は十二分に気を遣ってくれていて、同窓会のハガキは不参加に丸をつけて出していた。

『行かないの?』って私が訊いたら『忙しいからな』って笑って答えた。

 内心、行って欲しくないからホッとしたけど、いつまでもこんなんじゃ駄目。

 サトちゃんだって、私が桐生先生と仕事するのは嫌。それでも『頑張れ』って背中を押してくれるのに。

 サトちゃんは自分の感情をコントロールしてるのに、私だけがサトちゃんに気を遣わせて、行動を狭めさせてしまっている。


 ものすごく大切にされている。

 これ以上何かを求めたらバチが当たりそう。そう思うのに。

 それでも私も、もっと、心の奥底から求められてみたい。女の子として。



 足音が近づいてきて、現実に引き戻された。

 心臓が痛いくらい緊張し始めて、せっかく誘いに乗って来てくれたのに、今度こそサトちゃんの方を向けなかった。

 肩をすくめて浴槽の隅で小さくなっている私に、サトちゃんは声をかけるのを躊躇う。

 少ししてからシャワーの音。

 サトちゃんが体を洗い始めたようだ。

 横目で髪を洗っていることを確認し、サトちゃんが目を閉じているのをいいことに、まじまじとサトちゃんの体を観察する。

 着痩せするタイプかな。

 肩と胸は思ったより厚みがあって、腰にかけてのラインが綺麗だと思った。

 スケベでごめん。でも今免疫つけておかないと、間近で見たら卒倒するかもしれないし。


 サトちゃんが洗い終える頃、私はまた素知らぬ顔でそっぽ向く。

 お湯が波立って、湯船に浸かるサトちゃんの気配を間近に感じて顔が熱くなる。

 縁ギリギリまで体を寄せても、せいぜい3人入れるかどうかの浴槽に逃げ場はない。

 ドキドキとうるさい心臓を、胸ごと腕と手で押し潰した。

 私唯一の武器だとしても、恥ずかしいものは恥ずかしい。


「……さ、サトちゃんはさ。お胸……大きいのと小さいの、どっちが好き?」

「は!?」


 気まずさに耐えかねて会話を試みたものの、頭の中は胸のことばかり考えていたから、口から出たのも胸の話題だった。

 とんでもないことを口走ったと、サトちゃんの困惑した表情を見て気づく。

 サトちゃんの好みなんてわかりきっていたけど、サトちゃんは私の胸元に視線を落とし「お……大きい方がいいんじゃね……?」と遠慮がちに言った。

 完全に気を遣われている。


「違う! 違うんだよ! 日菜子のお胸は、こんなことになる筈じゃ無かったんだよ! 成長期にね。牛乳をたくさん飲んだの。早く身長伸ばしてサトちゃんとお似合いになりたかったから。でも全っ然伸びなかった。全部栄養がお胸にいっちゃった。しかも太るし。私は、サトちゃん好みのスレンダーになる予定だったんだよ!」


 大きい方が好きだと言ったのに、私の怒濤の言い訳が始まって、サトちゃんはポカンとしている。

 ずっと聞いて欲しかった長年の後悔を口にしたら、止まらなかった。


「だからこのお胸は、サトちゃんへの愛で育った、って言っても過言じゃないんだよ」


 無理矢理な理屈をこねくり回し出して、恩着せがましいにも程がある。

 そう思うのに、私の減らず口は止まらない。


「そう思うと、ホラ。日菜子のお胸が何だか可愛く、愛しくなってこない? なぁんて……あはは……」

「…………」


 再び訪れるのは、沈黙。

 くっ。ここは笑うとこだったんだよ、サトちゃん。

 もう私の胸をフォローしなくていいから。

『ばかピヨ』でいいから、なんか言って……。ツッコんで。

 恥ずかしくて死にそう。

 和ませるつもりだったのに、勢いに任せて更に変な空気上乗せしちゃった。

 ふたり黙りこくった後で、サトちゃんが言った。


「……触っても、いい?」

「えっ!? あっ?」


 そこだ! 攻めろ! と脳内で鹿乃子が叫んだ。

 さ……さわる……。

 想定外の言葉に、鼓動がさらに早くなり、胸を守る腕に力が入る。

 で……でででででも……。

 これは理想的な展開になったのかもしれない。

 重くて面倒くさい胸も、サトちゃんに愛してもらえたら好きになれる筈。


「ど……どうぞ……」


 蚊の鳴くような声で応える。

 ガチガチにホールドした腕を緩めると、圧迫された胸が解放されて、たぷんと湯船に浮いた。

 サトちゃんの骨張った長い指が伸びてくる。

 ツン、と軽く触れただけなのに、ピリッと電気が走ったような衝撃を感じた。


「ひゃぅ!」


 びっくりして体が後ろに飛び退く。

 木風呂の浴槽はぬめる。

 着地に失敗した私の足は滑って、体は水飛沫をあげなから派手に湯船にダイブした。


「大丈夫かよ!?」


 すぐにサトちゃんに抱き起こされるけど、鼻から水を飲んでだ私は、涙目になりながらゲホゲホむせた。

 背中をさすってもらって、ひとしきり咳き込んだ後で顔を上げる。

 サトちゃんも水をかぶって、前髪からは水が滴っていた。


「…………」


 ゴクッと喉の奥が鳴る。

 サトちゃんの素肌が目の前にあって、ちょっとでも動くと体が触れあう。

 眼鏡が無くても分かる。

 濡れていつもより長くなった前髪の隙間から、熱っぽく私を見つめているサトちゃんに腰が抜けそうになった。

 サトちゃんの手が私の頬に触れる。

 水滴が私のおでこに落ちてきて、柔らかくて温かい感触が唇を覆った。


「ふ……」


 頭の奥が痺れる。

 甘いキスに浸る余裕もなく、閉じた唇をほぐすように舌が入って、思わず声が漏れた。

 どうしたらいいかわからなかったけど、私も必死に舌を突き出して応じる。

 背中にサトちゃんの腕がまわって、さっきまでこっそり見ていた体躯に抱きしめられる。

 お互いの素肌が吸い寄せられるような未知の感触に、頭がキャパオーバーだった。

 

「ごめん……」


 サトちゃんが唇を離して気まずそうに腰を引く。

 お腹にツンと何かが触れて、私は「ううん! ううん!」と必死にかぶりを振った。

 気を取り直して、また舌を絡め合う。

 サトちゃんから伝わってくる熱は、きっとお風呂の温度と同じくらい。

 体の中も外もとっても熱くて、お湯になって溶けてしまいそうだった。

 

 え……えっち……。

 これは私の人生で一番……すごい、えっち。

 これからもっとすごいことするのに、耐えきれるんだろうか。


 息の吸い方がよくわからないから、呼吸が苦しい。

 何度も繰り返す未経験のキスに、段々意識が遠のいて現実との境が曖昧になっていく。


「……ふぁ……」

「……日菜子?」


 サトちゃんが何か言った気がする。

 どぷん! という水音と共に温かい世界に迎え入れられて、サトちゃんの声が遠い場所から響いてくる。

 視界は揺らいで、まるで水の中を漂っているみたいだなぁと思った。

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