01【日菜子視点】二人の剣豪
シャッと、小気味よい音が空間を裂き、指先が綺麗な弧を描いた。
目の前に広がるのは、まっさらな空に、荒廃した砂漠の大地。
空と地を分かつように対峙している二人の男。
剣を携え、向かい合う二人から伝わるのは、負けたくないという強い意志。
「ふぅ~」
ここでひとつ、気合を入れる為に私は小さく深呼吸した。
二人から目を離すことなく腕をまくり、鼻から落ちかけた眼鏡をクイッと元に戻す。
男のひとり、細身で長身な彼はこの物語の主人公。
生まれ育った国を滅ぼされ、各地を転々としながら生きてきた苦労人。
名前はクルーク。私の大好きな人。
チャームポイントは艶々ベタ塗りの黒髪。これは私の自信作。
戦闘服はシンプルで、最低限の甲冑にキャラ立ちと動きを見せるためのストールを巻いている。
対峙するもうひとりは、クルークとは対照的な筋肉の付き方をしている大柄な男。
ファー付きの王様マントに、宝石付きの鎧っていう豪華な衣装は、クルークの倍時間がかかる。
宝石は所々失われた箇所があって、どこか古めかしさを感じさせる設定だから尚のこと。
彼はクルークの国を襲った敵国の王。
略奪と殺戮に愉悦を覚えてしまった狂人で、その狂気に側近も恐れ、反乱が起こった挙句、皮肉にも自分が衰退させたこの地へと追いやられた。
今はもう王としての風格はまったく感じられないけれど、瞳には捨てきれないプライドと、粗野な荒々しさがある。
名前はガシュレイ。とっても強いクルークの宿敵。
交錯する剣と剣。
二人共、互角の強さ。
隙を見せれば負けてしまう。
シャッ。
もう一度、美しく伸びやかな弧を描く。
二人がかなりの剣豪だとわかる、滑らかで力強い、そんな線を。
シャッ……シャッ……シャッ……。
それが幾重にも重なれば、ほら。
美しい曲線という名の芸術になる。
「はぁ~……ふー」
今度のため息は安堵のため息。
満足のいく結果が出せて、やっと肩の力が抜けた。
やっぱり生原稿に手を入れるのは、いつだってドキドキする!
「サトちゃん、このコマ、スピード線が引き終わったよ」
私の名前は愛里日菜子。
ここで漫画家さんのアシスタントをしている高校二年生。
「ん、じゃあ、それも。背景とスピード線」
集中していて気がつかなかったけど、私の前にはいつの間にか次の原稿が置かれている。
私と、私が描いた絵に目をくれることもなく、一心不乱にペンを走らせているこの人は、サトちゃんこと川内悟史さん、新人の漫画家さん。
ペンネーム水谷結城で、月刊誌の少年ホップで短期連載をしている。
私より6つ年上で23歳。
私が物心つく頃からずっと一緒にいる幼なじみであり、私が人生をかけて支えていきたい恋人でもある。
……って言えたら最高だったんだけど、今はまだ片思い。
物心つく頃から、10年以上になる。年季の入った片思い。