第九十九話 調査結果その二
「結論から言おう。オーベルシュタイン、天成器ペグメイトという人物については詳細はまったく判らなかった」
「え? そ、そうなんですか?」
ケイゼ先生がはっきりと断言するからつい聞き返してしまった。
「この結果は調査の糸口が見つけられなかったからでもある」
ケイゼ先生は悔しそうに拳を握る。
「まず彼らの会話の内容、君から聞いた中で気になったのは『始原の魔法使い』、『世界樹』、『《エクセス》の魔法因子』この三つだ。これだけキーワードがあれば簡単に見つけられる。私にもそう思っていた時期があった」
三つの指を立ててキーワードを強調するケイゼ先生からは、よほど調査に自信があったのだと窺わせた。
しかし、その声は途中で勢いを失い、彼女はそのときを振り返ったのか、弱々しい口調になってしまう。
「『始原の魔法使い』。これについては『始原』という言葉にどこかの資料で読んだような違和感を覚えていた。それで改めて蔵書を見直していたんだが……
全然見つからない。唯一『始原』の記述を見つけたのはこの本だけだ」
そういって机の引き出しから一冊の本を取りだしたケイゼ先生。
「無名の人物の魔法指南書。これには衝撃魔法の習得のための術式と鍛錬法、そして、本人の自伝的なものが載っている。それでえ〜と、ああこれだ、ここの最後の記述。『かの御高名な魔法使いの祖たる始原の魔法使いには遠く及ばずとも、ここに我が魔法の極致を記さん。数多の魔法使いにとってこの魔法書が深淵を目指す指針の一つになることを我は望む』。この結びの一句にだけ恐らくオーベルシュタインを指す記述を発見できた」
ケイゼ先生の細い指の先には確かに同様の記述が刻まれていた。
だけど本を見れば見るほど思う。
「この本……綺麗すぎないですか?」
表紙も使われている紙もどことなく新しい。
まるで数年前に作られたかのような目新しさを感じる。
「はぁ……そうなんだ。残念ながらこの本は写本なんだよ。しかも、大元の本の発行された年月日も記載されていない。肝心の中身から推察しようにも魔法に関する記述が殆どを占めていて、自伝部分も年代が判るものは皆無だ。いくつか帝国の地名が出てくるが……それは恐らく著者が帝国出身なだけでオーベルシュタインとは関係ない可能性も高い」
ケイゼ先生は写本に写本が重ねられた結果手掛かりとなるべき部分が削ぎ落とされてしまったかもしれないと嘆いていた。
どうやら、王都国立図書館にも問い合わせてみたものの大元の本は保管されておらず、結局いつの時代の本かは判明しなかったそうだ。
「他にも書籍を保管している場所はあるんだが……閲覧申請をだすのは難しいかもしれない。持ち出しも不可能だろうし。そもそもそこにあるかどうかすら判らない。う〜ん、王国王城の禁書保管庫は……無理だよな? あとは帝国の大図書館。う〜、どちらも難しいな」
今後も継続して調べてみるとケイゼ先生はいってくれたものの、古書の類であるだろう大元の本の発見は望みが薄く、さらにはそれにすら発行年月日が記されていない場合も大いにあると語っていた。
それと他の本に記述がないか調べる方が早いかもしれないとも。
「さて、次のキーワードは『世界樹』だが。これはエルフの女王が束ねる封鎖国家、リィーンガード森林王国に存在する巨大な大樹だろう。だが世界樹に関しては情報が少な過ぎる。なにより他の国々との交流を殆ど絶っている国だからな。前にチラッと話したが判明していることは少ない」
「そうですか……」
「ただ……」
手掛かりのなさに落胆する俺に、ケイゼ先生は話の中には僅かばかりのヒントはあったと答える。
「君の話ではオーベルシュタインは世界樹の元を訪れて、療養していた。そうだね?」
「はい」
《リーディング》で見た記憶の中で、オーベルシュタインさんに話しかけていたニンナさんは、確かに世界樹の元に帰っているといっていた。
「森林王国は長年、それこそ何百年も封鎖され国交のない国だ。そこにエルフでもないと思わしき人物が入るのは至難の技。……もしかしたら君の見た過去の光景では森林王国が封鎖される前だったのかもしれない。そうなればオーベルシュタインは何百年も前の人物。なんて仮説も成り立つ。なんたって少なくとも私が生きている間はずっと森林王国は他国との国交を封鎖していた筈だからな。……勿論私が何百年も生きてるって訳じゃないぞ」
「それを勘違いなさる人はいらっしゃらないと思いますが……」
「う、うるさいぞ、エルドラド!」
世界樹といい、他国との交流を閉ざした森林王国は調べることすら難しそうだ。
果たしてアレクシアさんのようにオーベルシュタインさんも何百年も前の人物なのか……謎は深まるばかりだ。
「そして、最後の『《エクセス》の魔法因子』。はっきり言ってこれが一番情報がない。今回改めて調べてもまったく詳細は判らなかった」
以前ケイゼ先生の教えてくれた英雄の魔法因子。
誰もが誰も使うことができないと彼女はいっていたな。
「それで私の知っていた《エクセス》の魔法因子を用いて紺碧の氷結竜を倒した冒険譚。これだけが唯一無二の手掛かりだった訳だが……判ったのは恐らく冒険譚の主人公は剣士だということだ」
「剣士……ですか? 魔法使いでなく?」
「ああ、調べる過程で判ったんだがあの冒険譚には絵本がある。そこに記されていた絵には特大の剣を使って氷結竜の首を切り落とした記述があるんだ。ほら、これさ」
机に広げられた絵本には、特大の剣を担いだ剣士らしき主人公が斬撃でもって竜の首を落とす場面が描かれていた。
「これには主人公の名前は出てこないが、一応ある剣士とだけ紹介されている。……少なくとも天成器の形態の一つはこの特大剣だった可能性はある。もっとも絵本が事実を描いているとは限らないが……」
「うむ、しかし、わからないことだらけだな。過去のことを調べるのがこんなにも難しいこととは……流石に神の研究をするケイゼでも明確な手掛かりがなくては真実はわからない、か」
ミストレアの嘆きともとれる独り言に、ケイゼ先生はニヤリと笑う。
そしてゆっくりと口を開く。
「だが、私も何もかも判らなかった訳ではない。君から聞いた不意に起きたクラスメイトの魔力の認識、そして魔力の補充、いや供給か。その二つの出来事から判明したことがある」
「え……?」
「無属性純魔魔法。無属性魔法の一つ。恐らく無属性衝撃魔法よりもさらに使い手の皆無な古の魔法。これが君のステータスに記された無属性魔法レベル92の正体だと私は睨んでいる」
驚きと共に言葉を失う。
そんな俺をケイゼ先生は彼女に似合う不敵な笑みで眺めていた。




