第九十六話 錬成と先輩
「それにしても無事にアイカの相棒のナハトが第二階梯に到達できて良かったな。あの後もカルラたちと一緒に訓練やらなにやら忙しかったようだが、レベル上げと同時に資金稼ぎも進んでいるようだし、アイカの王都より外の世界を見るという目的を果たすのも近そうだな」
「そうだな。イザベラさんはアイカの高い身体能力と、その割に拙い戦闘力のちぐはぐさにやきもきしていたみたいだから、暫く特訓させるといっていたけど、コボルト相手でもかなり戦えていたからな。アレが才能があるってことかもしれない。なにせアイカは俺たちと狩り場にいったあの戦闘が初戦だったらしいから……いってくれれば良かったのに……」
イザベラさんがいうにはアイカの身体能力と戦闘力のちぐはぐさには、王都への旅路で見えてきた俺の扱う盾術と同じような基本を疎かにした稚拙さを感じたようだ。
まるで突然与えられた力に振り回されているような……そんな印象を受けたらしい。
俺の場合はまさにイザベラさんの指摘通りだ。
アレクシアさんの盾術に大いに助けられていたが、その実、扱いきれないでいた。
しかし、アイカの場合は少し違うようにも感じる。
天界ではどうだったかまではわからないけど、いままで使ってこなかった才能が開花した、そんな印象を受けた。
アイカ自身も戦いに戸惑いながらも、途中からは強くなることにさらに積極的になってきていたと、そう思う。
「ただ、結局助力を頼まれたのに、俺は魔物討伐にはほとんど同行できなかったのがな……」
「なにを言うんだ。冒険者ギルドの訓練場で行われたアイカの特訓には何度か参加していたじゃないか。アイカ自身も遠距離武器相手のいい経験ができたと感謝を述べていたぞ」
「それはそうなんだが……」
「学園もあるからな。時間が取れないのは仕方ないことだ。だが……気になるなら今度はこちらから冒険に誘えばいいじゃないか。アイカはいまサラウのところで世話になっているんだろう」
かなり所持金の減っていたアイカが宿のことをイザベラさん経由でサラウさんに相談したところ、カルラさんの後押しもあって暫くサラウさんの両親が営むバオニスト商会の宿屋に世話になることになったそうだ。
俺はまだ出会えていないサラウさんの両親とも会い、持ち前の明るさからかすぐに気に入られたようで、破格の安さで宿を借りられたと喜んでいた。
こうアイカのことばかり考えているとあのときのことを思いだす。
あれは学園の放課後、アイカの特訓に途中参加したときのこと。
「【ステータスオープン】」
冒険者ギルドの訓練場、その広場でアイカは自らのステータスを確認していた。
そして、この場にはアイカ以外にも〈赤の燕〉の四人とエクレア、イクスムさんが揃っていた。
「レベル13、か。カルラさんたちとかなり魔物を倒したのにまだそんなもんか〜〜。中々簡単には上がらないもんなんだね」
一週間も経たない内によくそこまでレベルが上がったなと驚いてしまうくらいなんだが、アイカには不満だったらしい。
俺には見えないステータスの表示を見て溜め息を吐いている。
「それは仕方ないな。レベルの上昇は魔物に少しでも傷を与えそれを倒すことで起こるが、戦闘に参加した人数にも多少左右されるらしいしな。一説には戦闘の貢献度で違うなんてのも囁かれたが、真実はわからん」
「ですが、アイカさんのレベルアップは平均よりは早いように思いますよ」
「え〜〜、サラウさん、ホントぉ?」
「ええ、それに王都周辺の強力な魔物たち相手にも貴女は問題なく戦えるようになってきている。この分だと目的である王都から外の世界へ飛び立つこともそう遠くないことかもしれません」
「う、う〜ん、そっか〜〜」
サラウさんの励ましになぜか気もそぞろに返事をするアイカ。
どうしたんだ?
俺がアイカの態度にちょっとした不審感を感じているとき、カルラさんがアイカの右手の刻印を指差しいう。
「アイカ、そのためにもそろそろまた魔石を天成器に錬成してみろ。王都から出るには少なくとも第二階梯以上は必須だぞ」
「あ〜、そうだった。階梯を上昇させるには錬成が必要なんだっけ……」
アイカが腰ベルトに備えつけられた小物入れから取りだしたのは、カルラさんたちと一緒に狩り場で倒した魔物たちの魔石だった。
ちなみにあの小物入れはバオニスト商会のお店で安く譲ってもらったものらしい。
驚いたことにアイカは初対面のとき強引に詰め寄っていた従業員の方に、あのときのことを謝りにいったらしい。
それを聞いたサラウさんのお父さんが、アイカの律儀なところを大層気に入り、半ば無理矢理安く譲ってもらったそうだ。
「コレ前にもやったけどな〜んか緊張するんだよね〜。わたしだけかなぁ?」
アイカは左手に魔石をもったまま右手の刻印を見詰めると、自身の天成器を起動させる。
「起動」
そして、現れた白銀の小刀の上に魔石を左手で掴みながら重ねるようにして置く。
「ふぅ〜〜、ナハト、準備はいい。…………錬成」
「…………んぅ」
白光が一瞬辺りに広がる。
次の瞬間魔石はその姿を消していた。
「さ、もう一コ! 錬成!」
「ちょ……そんな連続で……」
アイカの天成器ナハトさんが悲鳴のような声をあげていた気がするが……気のせいだろう。
「お、重。急に――――」
再び一瞬放たれた光のあとにアイカの右手に握られていたのは一本の剣だった。
「これ……わたしのブロードソードよりおっきい……」
全長が80cmほどあったブロードソードより一回り、いや二回りも大きい両刃の剣。
丁度ニールの影の護衛であるゼクシオさんの天成器アルタイルさんに近い形状。
ただそれよりもほんの少し剣身の幅が広いように見える。
「おお、第二階梯ッスね」
「おめでとうございます」
皆が口々にお祝いの言葉をかける。
そんな中、アイカは新たな姿となった相棒に魅入っているようだった。
「これがナハトの新しい姿。……わたしの、わたしだけの天成器」
「第二階梯からは個々でその姿が大きく変わる。それによって戦い方も変化を余儀なくされるが、天成器はその変化を許容してなお余りある力を私たちに与えてくれる。ここからまた新たな形態に慣れるための訓練の日々が続くことになるが……ついてこれそうか?」
イザベラさんの問いかけは少しだけ不安が滲んでいた。
大きく形状の変化したナハトさんを見ても、強くなるための訓練を続けてくれるのか。
立ち竦むアイカにその意志があるのか。
「モチロンッ!! ナハトに見合うくらいわたしも強くならないと! これからもよろしくお願いします!!」
返答は完璧だった。
両手でしっかりと握りしめた白銀の天成器が、その道程を祝福するように輝きを放っていた。
「そういえば最初に牙獣草原に行って屋敷に帰って来たとき、イクスムにこっ酷く怒られたんだったな」
「ああ、それも思いだしたよ」
原因は明白だが俺にある。
そもそもエクレアとの関係修復のために二人での王都散策だったのに、気がつけば王都の外にでて初対面の御使いと魔物討伐だ。
イクスムさんはあまりの妙な展開に完全に合流するタイミングを失ったらしい。
牙獣草原には馬車を借り受けて向かったわけだが、イクスムさんは距離をとって走って移動していたそうだ。
あの……ほんとすみませんでした。
「イクスムには……悪いことをしたな。私もすっかり存在を忘れていた」
「俺もだよ」
幸い機嫌悪そうに怒っていたが、イザベラさんとサラウさんの意見のお陰か、エクレアの幾分か和らいだ雰囲気を察してくれたようで、多少の叱責でなんとか矛を収めてくれた。
ただ、あの日以降エクレアがムスッとした表情をとらなくなってアーリアも以前の態度に戻ってくれると思っていたのに、変わらず冷たい対応のままだった。
アーリアのああなった原因は、エクレアを怒らせてしまったことではなかったのか?
いまだ彼女の真意はわからない。
それは学園の授業の終わり。
エクレアとイクスムさんを伴ってケイゼ先生の研究棟へと歩いている最中だった。
「おい、お前」
(ん? なんだ? 生命反応三つが近づいて来るぞ)
ミストレアの注意を促す念話と背後からの呼び止める声に、歩みを止め振り返る。
そこに立っていたのは学園の制服に身を包んだ三人の男性。
こちらを見る目つきは鋭く、なぜかその瞳には敵意を滲ませているようにもみえる。
彼らの内の中央で一際こちらを睨みつける男性が、他の二人を押し退けるように俺の前に躍りでる。
「俺は二年のザックだ。お前が噂の一年坊主か?」
「噂……ですか?」
「惚けるな! お前が“孤高の英雄”とか呼ばれて調子にノッてる『外れ野郎』だろうが! 弓使いのクセに学園のルールも知らねぇで目立つようなことをしやがって! 何様のつもりだ!!」
外れ野郎か……久々に聞いたな。
確かウルフリックは授かる天成器を間違えたとかいっていたな。
まあ、ウルフリックは溺愛するミリアの行動に、徐々に追い詰められて授業中に挑発してくるような真似をしてきたわけだが、あのあとしっかりと謝ってくれた。
俺がいったミストレアは家族だという言葉。
それがミリアという最愛の家族と同じ存在だと理解してくれたからこそ、素直にウルフリックは謝ってくれた。
事情を知ったいまならあの行動の理由はわかっている。
で、この俺の前で騒がしいコイツはなんだ?
「ルール……ですか?」
「そうだっ!! この学園で『外れ』の天成器を持つ奴は必要以上に目立つんじゃねえ! 地面を這いつくばるように目立たず、媚を売って生きていればいいんだ! それが何だ! 英雄だとぉ? 英雄に相応しいお方は他にいる。お前なんかが自称するなど烏滸がましいんだよ。とっととこの気色悪りぃ噂を取り消してこい! 『外れ野郎』には嘘をつくなんかお手の物だろうが、俺の目は誤魔化せねぇぞ!!」
唾の飛びそうな勢いで顔面を真っ赤に染め大声をだし威嚇するザックとかいう先輩。
咄嗟にイクスムさんが動こうとしてくれているのがわかった。
俺はそれを目で制した、貴方が動く必要はないと。
そんな刹那の時間、ふと視線を横に移すとエクレアが俺のために怒ってくれているのがわかって、嬉しくて少しだけ笑ってしまう。
「何が可笑しい!!」
物凄い剣幕で胸倉を掴もうと接近してくるザックとかいうナニカ。
その手を――――俺は避けた。
あまりにも鈍かったから。
「チッ……何だその目は……」
「ザック……先輩……」
「く……ぅ…………」
なにをそんなに後ずさりする必要があるのか?
さっきまでの掴みかかってくる勢いはどこにいったのか?
俺の家族を馬鹿にした口先の上手さはなんだったのか?
嘘、コイツは嘘といった。
そうだ、噂は誇張されている部分も確かにあった。
俺もこれ以上歪に拡散しないよう静観していた。
だが、俺は知っている。
噂に惑わされても、俺自身の言葉を聞いて考えを改めてくれた人がいたことを。
俺には分不相応な噂でもそれを肯定してくれた人がいたことを。
オマエはなんだ。
ただ一方的に決めつけて自らの主張だけを声高に叫んで、俺の家族を侮辱しただけだ。
学園のルールだと?
そんなもの知ったことじゃない。
「あ……ぅ……」
「情けない奴だ。何故クライの目を見返さない。私のクライを侮辱してただで済むとでも思っているのか?」
ミストレアの言葉にもザックとかいうナニカは震えて声もでない。
なんのためにここにきたんだオマエは?
「ぐ……このっ……」
やっとこのよくわからない先輩のようなナニカが反論しようとしたそのとき、遠目から騒動を見物していた学生の群れを割いて、一人の女性が現れた。
「ザック君……ここで何をしているのかしら?」
「チッ、優等生か……」
「一年生に絡んで何をしているのかと聞いているの。答えてくれないかしら?」
女性はバツの悪そうに目を伏せる三人組を厳しく詰問する。
それが単に学生が集まる騒動を見かねて止めにきただけなのか、学園の秩序を乱した生徒を罰するためからなのかは俺にはわからない。
ただ少なくとも彼女が俺たちを見詰めるその瞳には、欠片も害意は感じられなかった。
……むしろ悲しんでいるような。
「クソッ、何でもねぇよ!!」
「…………命拾いしたな」
「ひっ……」
なにしにきたんだアイツは?
怯えて帰るくらいなら初めから突っかかってこなければいいものを……。
逃げ去るザックとかいうナニカ。
その背中を眺めていると先程の女性が話しかけてくる。
「どうやら私の助けは要らなかったようね」
「そんなことはありません。事態を穏便に収められたのは貴方のお陰です」
「でも、彼のこと許してなさそうだけど……」
「ええ、謝ってもらってませんから」
俺の返事に苦笑する女性。
彼女はすっとその場で居直すと俺の目を見詰め、真っ直ぐに言葉を紡ぐ。
「私は学園二年のセハリア・スロス。貴方は学園でいま話題のクライ君よね。先程の出来事について話したいことがあるの。……お時間を貰えるかしら?」
遠巻きに騒がしく俺たちを包む学生たちの集団の只中にあって、その女性はぶれることなくそこに立っていた。




