第九十話 荒唐無稽な噂
「あれが噂の……? 弓使いのくせに瘴気獣のリーダーを倒した奴か」
「あいつ瘴気獣を一発で倒したんだろ? 人は見かけによらないよな」
「なんか思ってたのと違う……もっとムキムキな人だと思ったのに〜〜」
学園に登校する途中でどこかおかしいとは感じていた。
道行く人々、特に学園の学生たちの注目がなぜか集まっている気がする。
俺が通り過ぎる度に後ろから聞こえるコソコソとした話し声。
遠巻きに様子を窺っては個人個人で色々な反応をみせる。
……これはまさか、ミノタウロスの瘴気獣を倒したときと同、じ………?
背中に集まる視線を感じながらもなんとか教室まで辿り着いた。
ホッとしたのも束の間、教室のドアを開けた瞬間、一斉にクラスメイトたちの視線が俺に集中する。
(視線が矢のように飛んでくるな)
ミストレアの喩えは的確だった。
あまりの注目ぶりに迂闊に動けないでいると、俺を見つけた途端、面白いものを見つけたと言わんばかりにウルフリックが近づいてくる。
「よう! いまや学園の話題を掻っ攫う御使いと並ぶ有名人、“孤高の英雄”君じゃないか! ようやく退院できたんだな。久し振りに会えて嬉しいぜ!」
お前誰だ。
やたらと馴れ馴れしくニヤケ面で挨拶してくるウルフリック。
お前そんな奴だったか?
それより気になるのは“孤高の英雄”という聞き慣れない言葉。
……それって俺のことなのか。
思考が混乱する中、俺は哀れみの視線を向けてきていたセロに事の真相を尋ねる。
「セ、セロこれは一体……」
「その……プリエルザさんがクライくんの噂を広めてるみたいなんだ……」
「は?」
プリエルザがなぜそんなことを?
お見舞いにきてくれたときは妙に大人しかったけど、まさかこの妙な状況のことを考えていたのか?
「プリエルザ様は兄貴の瘴気獣との戦いぶりにいたく感動したみたいでな。学年を跨いで噂を広めてるみたいだぜ。おれのところにもその情報が入ってる」
エリオンの変な呼び方も最早気にしている余裕がなかった。
噂を……広めてる?
(う〜ん、プリエルザもクライの価値に気づいてしまったか……なかなかやるな)
「……ちなみにどんな噂なんだ? それと“孤高の英雄”ってなんだ?」
「それはワタクシの口からご説明いたしますわ!! クライ様の英雄譚はワタクシが語り部となって王都に広めさせていただいている最中ですの!! “孤高の英雄”のご活躍をお話するのはワタクシの使命ですわ!!」
うわ、ビックリした。
凄い勢いで教室の扉が開かれ、金の巻き髪を振り乱したプリエルザが目の前に唐突に現れた。
彼女は褒めてほしいと言わんばかりの自信満々な態度で語りだす。
というか、クライ……様?
「瘴気獣たちを統率していたかのようなカオティックガルムの瘴気獣に、たった一人立ち向かう“孤高の英雄”クライ・ペンテシア様。複数の瘴気獣が互いに争いつつも襲ってくる異常な状況の中、生徒たちを束ね臆することなく戦い抜き、遂には黒と白の波動纏う四足の獣と相対する。歴戦の冒険者の中に混じり戦う姿はまさに英雄の中の英雄ですわ。一人また一人と倒れていく激戦にあって、たった一人立ち上がり、弓と盾という異なる武器を持ちながらも、その胸に同じ学園で学ぶ生徒たちを、王都で安寧に暮らす民たちを守る、崇高で揺るぎない信念を宿した“孤高の英雄”。たとえ自らの身を蝕む傷にも一切怯むことなく、一撃でもって瘴気獣を撃滅する。ああ、貴方こそワタクシの英雄ですわ」
ヤバい。
なにがヤバいのか説明できないけど、急に語り始めたプリエルザの豹変ぶりは尋常じゃない。
「プリエルにゃは、エクレにゃのお兄さんの……その、大ファンなだけにゃ。多目に見てあげて欲しいにゃ」
「その……プリエルザさんに悪気はないんです。ただ、エクレアさんのお兄さんのことを皆に、知っていただきたい一心でこんなことに」
ミケランジェとフィーネが熱弁するプリエルザを可哀想なものを見る目で擁護しているけど、それにしてはなんだか俺の活躍が誇張されているような……。
いうほど生徒たちを束ねてないし、レリウス先生やカルラさんたちと一緒には戦ったけど盾で防ぐ援護だけしかできなかった。
それに、最後の一騎打ちのような状況で勝てたのはそれまでカオティックガルムに蓄積していたダメージが大きかったからだ。
すでに相手が満身創痍だったからこそ、ミストレアの杭を当てることができた。
なにより無我夢中で戦ってたから崇高な意思なんてなかったぞ。
「お前の噂は王都の民の間でも有名だぞ。王都にほど近い迷わずの森で起こった異常事態を解決に導いた弓使いの少年。自らの身体が傷つくのを恐れず、近年稀に見る強大な瘴気獣を学生の身でありながらたった一人で倒したってな。そのせいで、ミリアが、ミリアがな……なぜ自分をお前のお見舞いに行かせてくれなかったのかとオレを責めて……クソ、オレはただ命に別状がないならあとでいいだろうと軽い気持ちだったのに……。一体オレはどうすれば良かったんだ」
なぜかウルフリックが勝手に落ち込んでいる。
いや、俺の方がこの誇張された噂が広まっていることに愕然としてるんだが……。
言葉なく俺が佇んでいるところに恐る恐るプリエルザが話しかけてくる。
「その……それでよろしければワタクシの実家であるヴィンヤード家でお食事でも如何でしょうか? 両親にも紹介しなければなりませんし、ぜひ来ていただきたいのですけど……お嫌ですか?」
さっきまでの熱狂とは一変してしおらしい態度のプリエルザ。
そのあまりの落差に思わず教室の席に座っていたエクレアに助け舟を求めてしまう。
「エ、エクレア……」
「…………ふん」
「うっ……」
俺の懇願の眼差しに顔を横に振るエクレア。
自業自得とはいえ心が痛い。
実をいうとエクレアとは病院を退院してから一言も会話できていない。
原因はわかっている。
俺がエクレアが止めるのを無視してレリウス先生に戦況を変える一手を伝えるために一人で連絡しにいったからだ。
危険は承知だった。
とはいえ、あの場面でエクレアは一緒に行くことを提案してくれた。
それでも、一人の方が危険は少ないと強硬したのは俺だ。
プリエルザの護衛は多いほうがいいと思ったのも事実だ。
だが、本当はカオティックガルムの攻撃の余波をエクレアの分まで防げるか自信がなかった。
エクレアの強さを知っていながら、それでも彼女を危険な状況に付き合わせることはできなかったからだ。
(なんとか妹様と以前のような関係に戻れればな……暫くは時間がかかるかもな)
そのとき再び教室の扉が開く。
中に入ってきたのは長身の女性。
「皆さん静かにして下さい」
入るなり、冷徹にも聞こえる澄んだ声でいまだ騒がしかったクラスメイトたちを鎮める。
(誰だ? 見たことはない……先生だよな)
ミストレアの言葉通り学園では見かけたことのない人物だった。
そろそろ授業の始まる時間だ。
教員なのは間違いないと思う。
長身でスラッとした体型のエクレアのように眼鏡をかけた女性。
クラスメイトたちが疑問に思う中、彼女はクイッと片手で眼鏡の位置を直すと、教室を見渡しよく通る声で驚きの事実を語る。
その眼差しはどことなく不機嫌そうにも見えた。
「不甲斐ない兄に代わってこのクラスの副担任に任命されました。アシュリー・シャントラーです。以後お見知りおきを」
レリウス先生の……妹!?




