第八十五話 策
本当に遅くてすみません。
「レリウス先生ッ!!」
戦場のど真ん中。
カオティックガルムの瘴気獣と決死の表情で戦うレリウス先生に俺は背後から話しかける。
「お前……クライ、何故お前がこんなところにいる!?」
愕然としたレリウス先生は次の瞬間に烈火の如く怒りをあらわにした。
「馬鹿野郎! この惨状が見えない訳じゃないだろ! そんな傷だらけの身体で、何故こんな危険な場所に来た!」
俺の身体はカオティックガルムの攻撃の余波で大分傷を負ってしまっていた。
盾で防いでいても黒白のオーラの攻撃は余波だけでダメージを負う。
むしろ軽い方だったかな。
「先生たちを助けに」
「な!?」
「【ウォーターランパート】!!」
俺たちをカオティックガルムの視線から隠すように水の壁が配置される。
それは、《ウォーターウォール》で作り出す壁とは違い、強固さと分厚さを兼ね備えた王都の城壁のような魔法。
確か上級障壁魔法、《ランパート》。
これは、サラウさんの水魔法か。
「こんなところで隙を見せてはいけませんよ。例え予想外の人物がそこにいたとしても……」
「サラウさん」
「フフッ、驚きました。さっきまで探しに行こうとしていたのにクライ君の方から来てくれるなんて、こんなこともあるんですね」
戦場にあって柔和な笑みを浮かべるサラウさんだか、その表情には疲労の色が見える。
やはりカオティックガルムは彼女たちにとってもかなりの強敵だと改めて認識する
「どうしてここに、とは無用な質問ですね。……ですが、ここは最早いつ命を失ってもおかしくない場所。瘴気獣は次々と空間を裂き現れ、何よりあのカオティックガルムの瘴気獣は私たちですら倒せるか怪しい。……貴方はここから立ち去るべきです」
「そうだ。教師として生徒が命を落とすなど考えられないことだ。……お前は逃げろ。こんな状況だ、誰も責めたりしない」
二人の覚悟は重かった。
ここで何としてでも被害を食い止めるという強固な意思をもって立っていた。
そこに、舞い降りる人物がいる。
光輝く大剣を携えた彼女はさも当然のような口調でいう。
「無駄だな」
「カルラさん!」
「クライは父親を助けるために武装したミノタウロスの瘴気獣に突っ込んでいくような奴だぞ。ここで追い返そうったってそりゃ無理な相談だ」
「でも、カルラ……」
「サラウ……お前だってわかってるだろ。お前だってその力を認めている男だぞ。クライの力が必要だ。それにコイツの眼を見ろ。あのカオティックガルムを見ても諦めていない。そうだろ」
「まさか……何か策があるんですか?」
俺は縋るような眼差しのサラウさんの質問に頷く。
策はある。
そのためにここに伝えにきた。
俺たちはまだ戦えることを示すために……。
残してきてしまったマルヴィラたちのためにも。
「言っておくがお前ら頭おかしいからな。何であんな見るからにヤベー瘴気獣と戦おうとするわけ? レリウスせんせーたちに任せる方が無難だろ。下手にちょっかいをだしたら状況の悪化を招くってわからないのかよ」
悪態をつくエリオンの言葉が胸に刺さる。
確かに俺たちは無謀なことをしようとしている。
カオティックガルムは強い。
それなのに、足手纏いになるかもしれないのに強大な敵に挑もうとしている。
本来不必要なことを率先してやろうとするなんて、商人を目指す彼には信じられないことなのかもしれない。
それでも、エリオンの続く言葉には後悔と無念の感情が籠もっているように感じた。
「くそっ、おれも怪我がなければな、こんな時に身体が動かないなんて情けねぇよ」
「エリオン……」
「無理だけはするなよ。死んだら……何も残らないんだ」
「ごめんね。たとえクライ君に魔力を回復してもらっても、私の魔法じゃあの瘴気獣には敵わない。……トールマンティス相手にだって何度も避けられて、皆に迷惑をかけて……レリウス先生たちが苦戦する相手になんて敵わないよ」
マルヴィラは震えていた。
「本当は皆の手助けをしたいのに、出来ることはないかって思っているのに……私諦めちゃってる」
彼女は顔を伏せ嘆く。
「弱いって辛いんだね。……私ずっと戦うことが苦手だった。魔法について勉強するのは楽しい。でも、誰かを傷つけるのは嫌いだった。この課外授業はサラウさんたちに出会えて、色んなことを教えてもらえて大変だけど楽しかった。でもこんな、こんな状況になってわかったよ。私には覚悟が足りなかったんだって」
彼女の頬から零れ落ちるものがあった。
「私は逃げてただけなんだって気づいた。皆と一緒に戦いたい。助けになりたい。でも……戦えないよぉ……」
「マルヴィラ……」
「ごめん、私もっと強くなって皆に追いつくから、だから……」
「ここに残る三人のことは私に任せるにゃ。責任持って守って見せるにゃ」
「ごめんなさい。ミケランジェさん、私が戦う力がないばかりに……」
フィーネは殊更戦う力がないことを気にしていた。
しきりにミケランジェに謝っている。
「いいんだにゃ。エにゃオンも怪我のせいで完全に動ける訳じゃにゃいし、マルヴィにゃも今は落ち込んじゃってるからにゃ。いつ瘴気獣が襲ってくるかわからないにゃ。誰かはここに残る必要があるにゃ」
優しい眼差しだった。
だが、それが一変する。
彼女はそっと俺に近づくと周囲には聞こえないように小声で話す。
「……エクレにゃのお兄さん。あのルインとかいう胡散臭い奴には気をつけるにゃ」
「それは……」
「知り合いなのは聞いたにゃ。だからって全てを信用はできないにゃ。私たちを助けてくれたのは事実にゃ。でもこの異常な状況で、たった一人森を彷徨っていたはずにゃのに、アイツは怪我一つしてなかったにゃ」
確かにそうだ。
あのときのルインは特に体力も魔力もそれほど消耗している様子ではなかった。
「……私が警戒しすぎなのはわかってるにゃ。怪我はポーションでも治せるし、本当に瘴気獣から逃げつづけて偶然出会った可能性も否定できないにゃ。誰だって隠し事の一つはあるものにゃから余計な詮索をしてるだけかもしれないにゃ。……でも注意だけはしておいて欲しいにゃ」
真剣なミケランジェの忠告に思わずルインを見る。
彼は俺の視線に気づくと笑顔で返す。
俺には彼が純粋に助けてくれたようにしか思えなかった。
マルヴィラたちと別れ、この場には俺とエクレア、セロ、プリエルザ、そしてルインの五人が揃っていた。
ここからはレリウス先生たちがカオティックガルムの瘴気獣と死闘を繰り広げている姿が鮮明に見える。
それを見ながらプリエルザが重い口を開く。
「他にも瘴気獣はいますけど、やはりあのカオティックガルムだけは別格ですわね。あの瘴気獣は広範囲に影響を及ぼせるせいか他の冒険者の方々も戦いづらそうですわ。狙うならやはりレリウス先生たちの戦うあのカオティックガルムにするべきですわね」
プリエルザの提案に皆が頷いた。
「しかし、いくらエクレアさんのお兄さんのお陰で魔力を回復できたといっても、あのカオティックガルムの瘴気獣はあまりにも危険過ぎます。……一撃、一撃にすべてを賭けるべきですわ」
カオティックガルムの瘴気獣はアラクネウィッチとときとは違い、その討伐難度通りの強さを持っていると推測できる。
大地に大穴を穿った黒白のブレスはそれを確信させるだけの威力を有していた。
「《バリスタ》の魔法因子は遠距離に魔法の威力を保持したまま届かせるもの。一撃離脱の戦法には持ってこいとも言えますわ」
上級魔法因子、《バリスタ》。
魔法を都市に配備されるような大型弩砲に装填する巨大な矢の形状に変化させる魔法因子。
プリエルザの説明では巨大矢の形状に変化した魔法は、山なりに長距離を飛び、標的に深く突き刺さるとその場で魔法を展開、内部から攻撃するそうだ。
トールマンティスには軌道を逸らされたものの、今度こそ決めてみせると意気込んでいる。
「魔法の発射までプリエルザさんを護衛する。それが僕たちの役目だね」
「ボクも魔力はまだ余っているからね。護衛なら任せて欲しい」
エクレアと視線が合う。
彼女もまた、決意の籠もった眼差しで俺を見ている。
そこに神妙な面持ちのルインがこの奇襲作戦の不安点を指摘した。
「……問題はどうやってカオティックガルムに魔法を当てるかだね。的は巨大だとしても動き自体は素早い。かといって明確な隙も見当たらない」
「ワタクシの《バリスタ》の魔法因子は山なりの軌道を描くために、直線の最短軌道と言う訳には参りませんわ。カオティックガルムが動きを止めてくれるタイミングでないと当てること自体難しいですわ」
「で、でもレリウス先生たちも動き回ってるから万が一当たったら大変なことになっちゃうよ」
「そうですわね。どういたしましょうか……」
皆が悩んでいた。
カオティックガルムに痛打を与える。
その目標を達成するためにどうするべきか。
「……俺に一つ案がある」
それはあまりに単純な答え。
「なるほど、それでクライが俺たちにその隙を作れと言いに来たんだな」
「はい」
隙が自分たちで作れないなら、作れる人に相談するしかない。
危険だがこの方法しか思いつかなかった。
……エクレアにはすごい睨まれてしまったけど、あとで謝るしかないな。
「無茶をしましたね。その傷はここに来るまでについた傷だったのですね」
「クライ、後でお前には話がある。覚悟しとけよ」
レリウス先生はニッと笑って俺の頭を撫でる。
その笑みはいつもの悪戯を思いついたときの笑みだった。
「ここから反撃開始だ! 全員気合いを入れろ!!」
暴虐を振るう混沌の獣に俺たちは逆らう。




