第六十一話 騎士の流儀
髭面のおっさんの突然の号令にも、盗人どもの動きに迷いはなかった。
何に火を付けたのかはわからねぇが、相当ヒートアップしているらしい。
どいつも逃亡している時とは顔つきが違う。
フリントとかいう下級騎士には大槌の大男とガリガリの水魔法使い。
クライにはミリアの大事なネックレスを盗んでくれやがった短剣使い。
それぞれが一目散に戦う相手に走っていく。
下級騎士は腐っても騎士だ。
魔法と闘技の同時使用といい危なげなく勝つだろう。
短剣使いはここにくる道中も厄介で面倒な奴だったが……まあ大丈夫だろ。
(お前にしては楽観視しているんだな。一匹狼のはずのお前が仲間を信用し始めている……)
(ゲイン! お前何を言い出すかと思ったら変なことを言いやがって!)
(いやはや、私は嬉しいだけだよ。あのウルフリックが少しだけど成長している姿を見れてね)
普段はオレのすることに口出ししてこないゲインが、珍しく嬉しそうに念話で話し掛けてくる。
仲間ぁ?
違う、そもそも下級騎士とは出会ったばかりで少し共闘しただけの関係だ。
確かに危険な場面では助かった所もあるが……まあ、あれはオレ一人でも突破できた。
短剣使いは確かに小賢しい奴だが、クライにはそんなもの通用しないだろう。
オレの魔法を弾き飛ばしたんだぞ。
しかも、質量のない乱気流魔法をいとも簡単に。
(これは当たり前の戦力分析の話だ。アイツらは盗人どもには負けない)
(ふふ、それを信じていると言うんだ)
ゲインがまた余計なことをいう。
まったく何がそんなに面白いんだか、久々に笑い声を聞いた気がする。
「百面相も面白れぇがそろそろ俺らも始めようか」
「ちっ」
ゲインのせいで変な所を見られちまった。
ニヤニヤと事更に笑うおっさんに頭にくるが……それはいまは取り敢えず置いておく。
空気がまた一段と重苦しくなる。
髭面のおっさんが構えたのは針のように鋭利な先端が直角に曲がった片手剣。
片刃の刃は一mぐらいか、斬撃は言わずもがな、先端を槍の柄に引っ掛けられると面倒なことになるのは予想できる。
それに、土魔法も強力だった。
魔法を遥か上空で二度方向転換させ垂直に射出する《バーティカル》。
これは予め魔法で狙う場所を定めるから動き回ってる分にはまず当たらない。
さっきはしてやられたが警戒していれば隠れる場所のないこの場所なら避けるのは難しくねぇはずだ。
「いくぜ!」
おいおい、当然のように闘気で身体強化してくるんじゃねぇよ。
オレはまだ魔力での身体強化は覚えちゃいねぇ。
模擬戦の時といい、これだから身体強化できる奴は厄介だ。
おっさんは脇目も振らずに一直線に突進してきやがった。
舐められたもんだ。
「【タービュランスボール3】」
動きを制限し、少しでも削りをいれるため、広い範囲に影響を与える形成魔法を一度に放つ。
「【闘技:二厳進柱】」
クソっ、闘技まで余裕の表情で使いやがる。
おっさんが天成器の鉤剣を地面すれすれから切り上げるとそこに闘気の柱がたった。
それは、恐らく触れれば斬られる闘気の斬撃波の柱。
さらにおっさんはその場で一回転してもう一本斬撃波の柱を立てた。
「いきなり魔法とはやってくれるじゃねぇか!」
笑ってんじゃねぇよ。
《タービュランスボール》が斬撃波の柱に触れた途端に斬られて炸裂しちまった。
なのに斬撃波の柱は無傷のまま。
それどころかこっちに向かって前進してくる。
(あれは迎撃しないと不味いな)
(言われなくてもわかってる!)
「クソっ! 【タービュランスシクル・サーキュラー3】!!」
《サーキュラー》の魔法因子は魔法を円状に高速回転させる。
《サテライト》との違いは中心に対象が存在しなくても回転させられることにある。
魔法展開の際に何もない空中を指定しても、そこを中心に円形に高速回転させられる。
そして、最大の違いは高速回転させた魔法を射出することが可能なことだ。
この魔法因子は斬撃魔法や武器魔法と相性がいい。
オレの《タービュランスシクル》の威力を引き上げてくれる。
撃ち出した三つの高速回転する乱気流の鎌が、斬撃波の柱に接触する。
互いが斬り合い相殺された。
「おお、やるな坊主」
本当にムカつくおっさんだ。
「今度はこっちの番だ! 【タービュランスアロー4】!!」
「魔法と同時に突っ込んでくるか……悪くない」
身体強化持ちにただ突っ立ってたら翻弄されるだけだ。
それなら、こっちから攻めてやる。
「【アースボール3】」
おっさんの放った《アースボール》を潜り抜けるように躱してゲインの三日月の刃で水平に薙ぐ。
振り終わりの隙を埋める乱気流魔法。
「【タービュランスアロー2】」
「おっとと」
躱して体勢が崩れた所にもう一撃。
今度は斜めにおっさんの左から切り上げる。
くっ……簡単に受け止めやがって……。
右から袈裟斬り、左から薙ぎ払い、一度柄を引いて連続突き。
槍の方がリーチが長いはずなのに、どの攻撃も掠りもしない。
「【アースシールド】」
しかも、時折使ってくる《アースシールド》でゲインを振る範囲を制限してきやがる。
「【タービュランスボール】」
仕切り直しの一発をおっさんの足元に放って一旦距離を取った。
コイツ、わかっちゃいたが……強い。
そういえば、下級騎士はCランク冒険者級とか言ってたな。
オレがDランクだから格上って訳だ。
「威勢がいいだけじゃないな。実力もなかなかある」
上から目線で評価しやがって……。
感心した様子で髭をさすってやがる。
ふと、両隣で起きている戦闘音が気になったのか、視線が明後日の方を向いた。
「お〜お〜、あっちも白熱してるな」
下級騎士と盗人コンビは、下級騎士の圧倒的な優勢だった。
大男が接近戦を仕掛けても高速の剣技で尽く翻弄し、斬り伏せ、援護しようとする水魔法使いには、蒸気魔法を連続で浴びせかける。
なんだあれ、蒸気魔法で物体を押し飛ばしてるのか?
オレも知らない魔法因子だろう。
落ちていたタルを蒸気魔法で押し飛ばして直接盗人たちにぶつけていた。
「ニクラは……倒されたか」
おっさんの視線が固定されたから何だと思って見ていたら、丁度短剣使いとの決着がつくところだった。
……なんなんだアイツは。
弓矢で飛んでくるナイフを打ち落とすんじゃねぇよ!
あんな細いワイヤーにどうやって狙いをつけてんだよ!
おっさんが解説してくれなきゃワイヤーがあることすら分からねぇんだぞ。
そんな技量の持ち主なんて冒険者にもいねぇんだよ!!
そもそもアイツは弓使いだろ。
どんだけ早く矢を放てるんだ!!
オレとの模擬戦で使っていた盾も持ってる様子がねぇし、盾使えよ!!
なんで盾無しで勝ってんだよ!!
(末恐ろしい少年だな。まあ、模擬戦の時には分かっていたことだが)
おっさんと二人して衝撃的な光景に思わず固まってしまった。
恐る恐るといった様子でおっさんが話し掛けてくる。
「ニ、ニクラが満足しているようなら俺には文句はねぇよ。ただ……アイツはヤバいな」
ハッ、今頃アイツのヤバさを知ったのか。
あれでオレの時に使ってた盾の技量を見たらこのおっさん腰を抜かすんじゃないか。
慣れたとか言って、いとも簡単に魔法を弾くからな。
魔法攻撃に慣れとかねぇからな!
(ウルフリック、そろそろ落ち落ち着いたらどうだ)
(あ、ああ、そうだな)
いまはあの時のことを考えても仕方ねえ。
……そろそろこっちも決着をつけないとな。
「おっさん、本気で来いよ」
「いいのか?」
「いいも何もねぇよ、戦うって決めたんだろ」
「……それはそうだ。俺たちはお前たちと正々堂々と戦いたいと思ってる」
ムカつく。
「ならなんで本気で来ない」
「……本気だ」
気に入らない顔をしやがる。
あれはオレを弱いと決めつけてる顔だ。
「いいや本気なんかじゃない。ここで終わってもいいような表情しやがって、手加減なんてするんじゃねぇ! ミリアのネックレスを狙ったのは論外だが、やると決めたなら最後までやり通しやがれ!!」
「っ!?」
今更ハッとしたような顔しやがって。
「オレはおっさんを倒すと決めた。盗賊だろうと流儀はあるだろうよ。オレにそれを見せてみろ」
「流儀……か」
やっとこっちを向きやがった。
「ふぅ……我が名はグレゴール盗賊団を束ねる長! 騎士崩れのグレゴール・タイラム!! ウルフリック・アンバーリール! 貴殿に正々堂々の勝負を挑む!!」
ハッ、カッコつけても名乗り慣れてねぇぞ。
「おう、とっととかかってこい」
おっさんは右手で握っていた片手剣の天成器を左手に持ち替える。
切り札を切るか?
「リーロイ、【変形分離:鏢釘短剣+尖鋭鎌】」
特異な形状はそのままに、右手で刃のない峰を鷲づかみにする。
引き抜いた。
変形分離。
天成器が二つの武器に姿を変える。
右手に先端の尖った鎌、左手に刃が斜めに欠けた短剣。
「やるぞ、ゲイン! 【変形:反撥棘槍斧】!!」
三日月の刃がくるりと廻り柄に密着する。
半月の如き様相は柄の長い斧を思わせるが違う。
さらに、刃を串刺すように柄から伸びた棘が放射状に広がった。
それは、斬り裂くと突くを同時に行う武器。
強敵を打ち倒すための武器。
「面白い形態だな。まるで罪人の首を跳ねるかのような禍々しさすら感じる。……勿論褒め言葉だ」
「あんたもな、おっさん。まさか分離する天成器とは思わなかった。だが、短剣と鎌の組み合わせじゃあリーチは短くなっちまったな」
「ふっ、そうでもない」
ここからは言葉はいらない。
互いの呼吸の音だけが支配する世界。
「【アースボール3】」
初手はおっさんの土魔法。
いままでなら、その質量のある重い攻撃は躱した方が楽だった。
だが……。
「らあぁぁぁぁっーーー!!」
この形態なら話は違う!
《アースボール》を一発一振りで粉砕する。
か細く見えても棘も天成器の一部、強度はそれなりにある。
初級魔法なら断ち切れる。
「【アースボール・バーティカル4】」
次の一手の布石か。
「【タービュランスボール・サーキュラー3】」
なら吹き飛ばす。
三つの《タービュランスボール》を横に高速回転させ撃ち出す。
「射出」
「はあ?」
《タービュランスボール》が空中で撃ち落とされた?
おっさんが左手の短剣の切っ先をこちらに向ける。
「射出」
「ぐぅっ!?」
左足が熱い。
よく見れば釘のような細い棒状の刃が刺さっている。
これを飛ばしたのか!?
「リーロイの第二の形態では短剣から細く鋭い刃を飛ばすことが可能だ。高速で飛翔する刃を躱すのは極めて困難なこと。加えて……」
そういっておっさんは短剣を前に突きだす。
「矢弾錬成」
「ちっ」
「任意で刃の補充も可能だ。これには消費は殆どない。弾切れはないと思ってくれ……」
「わざわざ天成器の機構を説明してくれるとはな。わかってるぞ、それが時間稼ぎだってな!」
そろそろだな。
「【タービュランスアロー4】、《バーティカル》で上空に撃ち出した土魔法をオレは忘れてねぇぞ!」
「ふっ、そうこなくちゃな」
まずは弾速の早い《アロー》でおっさんの気を逸らす。
「おらぁっ!!」
上空から降ってくる《アースボール》はゲインで叩き斬る。
(ウルフリック、もう少しだ)
「射出」
「【タービュランスシールド】、ぐあっ」
あの野郎、射出した刃に闘気を纏わせて強化しやがった。
《タービュランスシールド》じゃ防げねぇ。
どこぞの弓使いみたいなことをしやがって。
右手と右肩に刺さった刃から血が流れ出す。
「【アースシリンダー・ダイブ】!!」
ここにきて新しい魔法因子の攻撃。
一度上空で滞空した《アースシリンダー》が方向転換して斜めに降ってくる。
(まさしく大質量の攻撃。まるで破城槌のようだな。……だが逃げる気はないんだろ)
(ああ、アレをぶっ壊す!!)
「【タービュランスシリンダー】!!」
乱気流の円柱と土くれの円柱。
巨大な土の塊を荒れ狂う乱気流が削るが止められはしない。
だが、これで勢いは弱まった!
「だらあぁぁぁっーーー!!」
真正面から《アースシリンダー》に斬りかかる。
壊す。
一念とともに振り抜いた。
ガラガラと音をたてて土の円柱が崩れていく。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
(ウルフリック、これで溜まったぞ)
「アレを壊すのか……なんて奴だ」
おっさんが信じられないものを見たように驚いている。
壊されると思ってなかったのか?
残念だったな。
オレとゲインで壊せないものなんてねぇ。
「はぁ、はぁ、……ワケねぇよ」
「容赦はしないぞ」
「確認なんて要らねぇよ、分かってんだろ」
「ああ、冗談だ」
決着が近いのは互いに分かってる。
こっちはすでに満身創痍。
身体の至る所に刃が刺さり、刺さったまま無理をしているからか出血も増している。
対してあっちは戦闘開始時と同じ無傷のまま。
消耗も殆どなく、唯一減っているのは魔力だけ。
それでもこの勝負はオレとゲインが勝つ。
「行くぞ、ゲイン!」
「リーロイ! 射出!」
牽制の刃はこの際無視する。
致命傷になる部分だけ守れればいい。
「【アースボール・ダイブ2】」
意外と魔力もないのか数が少ない。
……いや、最後の一撃は残しているはずだ。
「【タービュランスツイスター】」
「《アースボール》の真横から放ったのか……軌道をズラすために」
「隠している手を持ってるのはおっさんだけじゃねぇぞ!」
魔力支配域を操作して《アースボール》の横っ面を引っぱたいた。
これで最後の壁は突破した。
おっさんまでの距離は後、数m。
「らあぁぁぁっーー!!」
棘槍斧をおっさんを真横に両断する軌道で全力で振るう。
(ウルフリック!)
(やはり最後は闘技か!)
攻撃が当たる一瞬前に、おっさんは右手の鎌を大きく振りかぶり、同時に短剣を手前に構える。
あれは……二本の斬撃武器を使った二刀流の闘技。
「【闘技:交差襲鎌刃】!!」
鎌を左下の低空から斜めに切り上げ斬撃波を放つ。
それに重ねるもう一撃。
いや二撃。
切り上げの動きそのままに両手の武器を左上から斜めに振り下ろす。
ゲインの刃と闘技の刃が激突する。
ここだ!
「開放っ!!」
爆発したかと錯覚するほどの衝撃が辺りに飛び散る。
力と力のぶつかり合い。
雌雄を決する最後の一撃。
その軍配は……オレにあがった。
「ぐあっ……なぜ……」
ゲインの一撃を喰らった割には元気だな。
流石に格上の相手の闘技とだとかなり威力が殺されたらしい。
まあオレもおっさんを殺そうとまで思ってはいねぇから、怪我が大したことがねぇのはいいんだが……。
「はぁ、はぁ……。……ついでだ。教えてやる。ゲインの第二階梯は受けた衝撃を吸収し、蓄える力がある」
「た、蓄える?」
「そうだ、だがそれは相手の攻撃を防いだ時だけじゃない」
「……まさか、俺の魔法を積極的に破壊していたのは……」
「ああ、わざと壊して衝撃を溜めた。あんたを倒す一撃を放つために」
「ふっ、……完敗だな。お前には負けたよ」
「……最後なんで躱さなかったんだ。おっさんの身体強化なら闘技が打ち破られた段階でも離脱できただろ。わざわざあの後斬りかかってくる必要までなかったはずだ」
オレとゲインの開放した衝撃は闘技の威力を吹き飛ばすぐらいまでしかなかった。
本当の最後の一撃はすでに威力の大分殺された横薙ぎの一撃。
おっさんならあの時、身体強化で離脱もできた。
だが、実際は離脱せず横薙ぎの一撃と打ち合う選択をした。
なんでだ?
その問いに今にも気絶しそうなおっさんがオレたちを見上げながらいう。
「お前と同じさ」
「ん?」
「――――これが俺の流儀だ」
「カッコつけんなよ、おっさん」
おっさんはそれで気絶した。
真っ正面からぶつかり合うのが流儀なのか?
だがまあ……悪くはない。




